第11話 副委員長とクレープ屋
翌日の朝、教室がちょっと騒がしかった。
変だなと思い、茜に近づいて尋ねる。
「茜、何かあったの?」
「あっ凪! いや、ちょっとね……」
歯切れの悪い茜に疑問を抱きつつ、私は教室の様子を観察する。
教室内のある席に、数人の女子が集まっている。そして全員が酷く深刻そうな顔をしていた。
「ねえ、これってさ……」
「うん。佳奈美の……」
佳奈美とはクラスの副委員長の女子のことだ。フルネームは尊氏佳奈美。彼女はツンとした態度で周りに接する子で友達も少なく、あまり周囲と馴染んではいない。しかし本人はそれを気にした様子も無く、いつも澄ました態度で過ごしている。女子達が集まっているのは佳奈美の席。彼女が一体何をしたと言うのか?
男子達は女子から離れていて、現状を把握出来ていないようだ。藍川と一宮も私を向いて、首を傾げている。
と、ちょうど佳奈美が教室にやって来た。
「あっ」
佳奈美を見た一人が小さく驚き、周りの女子達も席から一歩下がる。佳奈美はそれを見て怪訝そうな顔をしたが、真っ直ぐに自分の席へ向かった。
机の上に置かれている一枚の新聞。佳奈美は不機嫌な顔のままそれを手に取り、
「…………!」
目を大きく見開いた。
私はこっそりと後ろから新聞を覗き込む。見えた内容は、
『××市の尊氏大輔さん(19歳無職)が死体となっているのが発見されました。尊氏さんは側頭部に刺された痕が見られ、後頭部には殴られたような痕が見られ、警察では最近の殺人事件と何らかの――』「見るな!!」
佳奈美が私に気づき、叫ぶ。思わず驚き軽く謝ると、佳奈美は新聞紙をくしゃくしゃに丸め、そのまま教室を出て行った。
彼女が出て行った後、教室は静寂に包まれた。だがそれも一瞬、すぐに女子達のクスクス笑いで騒がしくなる。
「『尊氏』ってさあ……」「ねえ……? 佳奈美の家族だよね」「きっとそうだよ。お兄ちゃんとか」「うわー無職だって。ニートなのかな、キモッ!」「何か佳奈美、怒ってたよねぇ」「うんうん。『見るな!!』だって! あははっ!」「凪大丈夫? いきなりキモイよね、あんな」
女子達の間で、急速に佳奈美の好感度が下がっていく。佳奈美に少しだけ話しかけたりしていた女子も、輪に入って悪口を言っていた。入学して一週間ちょっとという状況で嫌われてしまった佳奈美。残りほぼ一年のこのクラスでどうやっていくのだろうか。
「凪ー、聞いてるー?」
私に問いかけてきた女子が、返答を要求する。口調からして少しイラついていた。
私は特に彼女は嫌いではない。叫ばれたのも気にしてはいないし、仲良くなれるんならなりたい。だけど――
「ああうん。キモいよねー」
今は自分の立場を守る為に、彼女の悪口を言った。
その後の休み時間。女子トイレで茜が手を洗いながら、尋ねてきた。
「――凪、本当に佳奈美のこと嫌いなの?」
「いや、その場の空気で言っただけ」
「そっか……」
茜は顔を上げ、鏡越しに私を見て言う。
「殺された人が、佳奈美のお兄ちゃんとかだとしても何で皆馬鹿にするんだろ……佳奈美がちょっと嫌われてたから? でも何であんな……」
濡れたままの手からポタポタと水が垂れる。
私は後ろの壁に寄りかかり、鏡の中の茜の目を見て答える。
「ちょっとでも嫌いな人がいて、その人関係のちょっとした悪評とかがあったら。それは一気に広まったりするもんだよ。誰だって最初のイメージが大切なんだ。大抵はそのイメージで決まる」
茜は眉を伏せ、憂いた笑みを浮かべる。
「女子って面倒だね」
「全くだよ」
正確には私達のクラスが。
茜が振り向き、私の顔に手を振って水滴を飛ばす。
「うわ冷たっ!」
「あは、まあまあ」
笑顔で手を伸ばしている茜に一度溜息を付き、私も笑った。
放課後、今日は部活を休み、真っ直ぐに玄関へ向かう。途中背後からの足音に振り返ると、藍川がいた。
「凪ちゃんだ。今日は部活休み? 一緒に帰らない?」
承諾し、一緒に玄関を出る。目の前を女子二人が話しながら歩いて行った。
「水伯駅前の新しいクレープ屋行った?」「行った行った! 凄い美味しいよねあそこ!」「え、水伯街? 凄く遠いじゃん」「そうだけど、でも美味しいよ。種類も多いし!」
キャッキャ笑い合いながら去る二人を見て、ポツリと藍川が呟く。
「クレープか……」
「……食べたいの? 甘党?」
すると藍川はドキッとした顔で私を見る。おお、顔が真っ赤。
「いっ……いやいやいや! 別に僕甘い物が好きとかじゃないし! 普通に苦い物とか食べれるし! ゴーヤとか大好き!!」
「じゃあ今度家に押し入って、ゴーヤチャンプル作ってあげよう」
「……すいませんでした」
「私もクレープは好きだし。食べに行こうよ! 今日は時間もあることだしね」
と言うことで、私達の住んでいる市から少し離れた駅へ、電車で向かった。
「あった、あれだ」
駅前の広場にある赤いワゴン車。『クレープ』と大きく書かれた旗が風ではためいているのが見えた。
近づくと数人の人がいて、子連れやカップルや老人など、老若男女の客層だ。
列に並んで少し待ち、私達の番になる。
「いらっしゃいませ! ご注文は何になさいますか?」
明るい笑顔で店員のお姉さんが言い、私達は商品を選ぶ。
「えーっと……私は苺にしようかな」
「じゃあ僕チョコで」
畏まりました! と元気に言ったお姉さん。素早い手付きでクレープを作っていき、フルーツや生クリーム、ソースをかけて完成。
受け取って料金を払い、近くのベンチに座る。
「美味しいねこれ。苺美味い」
「うん、美味しい」
もぐもぐと食べながら空を見上げる。紋白蝶が一匹、ひらひらと飛んでいた。
ボーっとしながら蝶を眺めていると、藍川が言う。
「凪ちゃんの苺も美味しそー。一口くれない?」
「いいよ、藍川のも一口ちょうだい」
交換して一口齧る。トロリとしたチョコソースが果物と絡み合って、美味い。
藍川も一口齧って、戻す。そしてまたお互い黙々と食べる。
「………んぅ?」
今気付いたけど、間接キスだよな、これって。
まあ直接じゃないし、いいか。
そろそろ食べ終わりそうになった時、どこからか小さく鐘の音が聞こえた。お寺の鐘などではなく、教会の鐘のような音。
「そう言えばここ、近くに教会あるんだよ」
藍川が呟いた。
「へー。ここ来たこと無いからかんないや」
「小さい時ここに住んでたんだけど、その時からあったんだ。結構古いらしくて孤児院としてやってるんだって」
そこで少し困ったような顔になる。
「でも……最近経営難らしいんだ。お金が無いから子供達の世話も十分に出来ないらしくて」
「へえ……」
可哀想に、と同情はするけれど、私に出来ることは何もない。
というか今私にお金があったとしても、その金は全て自分の為だけに使うだろう。私はそんな人だ。
「その教会ではお祈りとか出来るらしいよ。一般人も普通に入って適当にお祈り出来るんだって」
そして藍川が立ち上がり、私に尋ねる。
「行ってみる?」
少し考え、答える。
「行ってようか」




