第10話 スクールカウンセラー
「コーヒー紅茶スポーツドリンクココア抹茶ミルクティーブランデー牛乳コーラ。色々あるけどどれがいい?」
「コーヒーでお願いします」
普通は精々二種類ぐらいじゃないかとか、途中さり気無く酒が混じってないかとか、言いたいことは色々あるけど敢えて全てをスルーした。
先生に連れられて入った相談室。正式名所は『青空相談室』は、どの学校にもありふれたカウンセラー室だ。恋愛友情、家庭問題や勉強。学生の抱える様々な問題を聞き、少しでも心を安らげてくれる。そんな所。
絵本と漫画が何冊か置いてあり、ちょっとしたゲーム機や玩具まで置いてある。私が座っているソファーはふかふかで、クッションを枕代わりにしたら直ぐに眠りそうだ。
「はいコーヒー。砂糖は何個?」
「あ、二個で」
砂糖を入れて貰ったコーヒーを飲み、先生が向かいのソファーに座るのを見る。
相談室の先生は、二十代後半の女性だ。長い髪の後頭部を簪で上にあげている髪型で、のほほんとした雰囲気を出している。服装はゆるやかな服で、胸の大きさが意図的にかどうかは知らないが、強調されている。
「…………」
自分の胸を見下ろしてから、先生の胸を見る。……くっ。
「コーヒーはやっぱり、砂糖入れた方が良いわね」
「ええ、ですね……」
コップを両手で持って、先生は微笑む。
「そう言えば自己紹介がまだだったね、私は藤崎由美子。由美先生って呼んでもいいわよ。この高校でスクールカウンセラーをやってるの」
私も自己紹介をして、そして尋ねる。
「あの、さっき哀歌がここに来てたのって――」
「ああ、哀歌さんね。何てことはないわ、ただお話してただけ」
「そうですか……」
微笑む由美先生を見て、これ以上は聞いても無駄だと思った。
コーヒーを飲んで、先生が私に話しかける。
「川瀬さんはどう? 何か高校生活とかで苦しいこととか無いかしら?」
苦しいこと――今は特に何も無いはず。友情も、恋愛も、勉学も、何も。
そう答えようとした時、先生が口を開く。
「例えば、殺人とか」
体が強張った。
先生はどんな意図でその言葉を口にしたのだろうか。何故私にそれを聞くのだろうか。
激しく脈動する心臓を、必死で隠しながら答える。
「いえ、今のところは何も」
「そう……それは素晴らしいことね、これからも頑張って。――ほら、最近の殺人事件、生徒の親戚が殺されたりもしてるのよ。それで精神的にショックを受ける人がいたら大変だからね……でも案外、誰も悲しんだりしてないのよ。むしろ清々しい顔をしてる人も多いわ」
ああ、そうか。そういう意味で……。
なるべく表情が変わらないように、ほっと息を吐いた。
「――カウンセラーはね、人の心を癒す為にやっているの」
ポツリと先生が呟く。
「私の叔父は、精神科医だったの。色んな人の悩みを聞いて、解決したり安らげたり。私はよく叔父の治療した患者さん達の清々しい顔を見て、『ああ、叔父は凄い。神様みたいだ』なんて思ったりしてね」
コーヒーの黒い水面を眺め、先生は俯く。けれど落ち込んでいるわけではなく、静かに何かを考えているようだった。
「……でも、叔父は数年前に亡くなった。自殺だった。原因は分からずじまいで、でもきっと精神科医という仕事に参ってしまったんだろうって皆言ってた。当時中学生だった私はそのことにショックを受けたと同時に、こう考えた。『なら私が叔父の意思を受け継げば良いじゃない!』」
「…………」
私は黙って先生の話を聞いていた。
「それから私は、家族の反対を押し切って勉強した。苦労して、大学でもやっていけなくてね。でも数年間勉強してたら、精神科医には行かなくても、この学校のスクールカウンセラーになることが出来た。いつかは色んな人達を助ける精神科医になりたいけれど、今はこの学校で生徒を助けたい。皆を助けたい」
そして由美先生は、満面の笑みで言い切る。
「私は、この学校の生徒を助ける為に、ここにいるの」
「――話を聞いてくれてありがとう、楽しかったわ。またいつでも来てね」
「はい、さようなら」
相談室から出て、扉を閉める。廊下を歩いて階段を下り、一階の廊下に辿り着いて、少し歩いて玄関に着く。
「おっ、川瀬じゃん」
「ん、一宮か」
下駄箱から靴を取り出そうとしていた一宮に会う。一宮は一度靴を取り出すのを止め、喋りだす。
「お前部活決めた? 俺はバスケ一週間体験して入ろうと思ってる」
「図書部にした、もう用紙も出したよ。茜とかはどうなんだろ」
「三上もバトにするらしいぞ。同じ体育館でやるやつだから俺は結構会いそうだな」
「あは、藍川は何だろ」
「何だろうなー……あっと、もう帰らなきゃ。家の用事あるんだよな」
「そうなんだ、じゃあね」
「また明日な!」
外靴を履き、爽やかな笑顔で手を振り去って行く。今度こそ私も帰ろうと、靴を履いて外に出た。
綺麗な夕日が私の顔を照らす。
それが何故だかさっきの由美先生の言葉に重なって。
私には、眩しかった。




