第9話 部活動
「――――桜、そろそろ咲くのかなぁ」
窓の外を見ながら、片手に一枚のプリントを持つ茜がそう言った。
教室の窓の枠に手をかけ、外の大きな一本の木を見上げる。一階の教室のここからは、桜の太い幹が目の前にあるだけだ。
「どうだろうな、入学してから一週間経ったし……そろそろじゃないか?」
「早いよねー、一週間。あっと言う間だったよ」
同じく窓の外を眺めながら一宮、藍川が言った。
私も隣の窓から、桜の蕾が膨らみ始めている木を見上げる。
風が吹いた。
私達が入学してから、早くも一週間が経った。
一週間もすると皆が新しい環境に慣れ始め、服装なども緩まり始める頃。この一年三組も例外ではなかった。女子はスカートを捲り短くする人が増え、男子は逆にズボンを下げ始める人も出る。そして男女共に、上に着る指定のセーターを指定外の色に変えたり、改造したりしていた。
私は規則に縛られたくもないが、強いて破りたいわけでもないので、黒いセーター、スカートの長さなどはそのままだ。藍川もそれは同じで、特に服装に変わりは無い。一宮はセーターの色だけを変え、ベージュ。そして茜は、
「にしてもお前、そのスカートの短さいいのかよ」
一宮が頬をかきながら言ったように、茜のスカートはかなり短い。
指定基準が膝上数センチのところを、茜は股下ギリギリ。軽く風が靡いただけで下が見えてしまう。だが、
「いいじゃん。下にジャージ穿いてるし」
「……何でジャージ?」
茜はスカートの下に、落ち着いた青色で白いラインが入っている指定ジャージの下を穿いていた。どんな強風が来ても絶対に大丈夫なスカートと言えばそれまでだ。
スカートの端を持ち、ちらっと上げながら言う。
「だって……」
「だって?」
「……寒いもん」
「スカート下ろせよ」
そんなの可愛くないー! 知るか! などとちょっとしたコントを繰り広げている茜と一宮を見ながら、私は手元にある一枚のプリントを見つめた。
そして呟く。
「部活動かー」
今日から一週間、部活動体験入部がある。
その部活に入るかは今日決めても、最終日に決めてもいいらしいが、まずは全員が何かしら部活に入らなければいけない。だがこの高校は部活動の種類も多く、その中には奇妙な部活も数多く存在する。どうやら一定の人数がいれば即部活動として成り立つようで、活動内容がどんなにおかしなものでも、学校に悪影響を与えないようなものであれば成立するらしい。……全く、制服の改造を黙認する程に、この学校は規則が緩いんだな。
「圭介は何入る?」
「そうだな……中学校でバスケやってたし、また入ろうかな」
プリントを一目して答えると、一宮は藍川に同じような質問をした。
「僕? まだ決まって無いけど……出来るだけ楽なのがいいな」
「あたしはテニスにしよっかなー。何かカッコイイし。凪は?」
プリントの部活動一覧に目を通す。 バトミントンに卓球に将棋に……
「……まだ決まってない」
入りたかった文芸部は、昨年部員不足で廃部したらしい。
私も藍川と同じように、楽で楽しい『楽』に満ち溢れたような部活に入りたいから、じっくり考えることにしよう。
「そっかー。じゃ、とりあえず今日からバラバラに帰ることになるね。頑張ろうねっ!」
茜はニッコリと笑い、両手でガッツポーズをした。
そして放課後、
「じゃあねー! また明日!」「じゃあなー」「ばいばーい」
茜と一宮、藍川と別れ、私は取りあえず校舎をうろつき回ることにした。
体験入部初日なだけあって、そこらかしこで二、三年生が勧誘をしている。旗を持っていたりポスターを渡してきたりと、方法は様々だ。
「そこの君っ! 演劇部に入らない?」
「あー……すいません」
演劇部の誘いを苦笑して断りつつ、二階の廊下を歩く。『青空相談室』と書かれた、カウンセラー室を通り過ぎて数メートル。廊下の隅にある図書室の前の階段を下りようとした時に、図書室の扉が内側から開かれた。勢い良く、激しく音を立てて。
廊下にいた殆どの人が驚き、一瞬動きを止める。私もだ。そして図書室の扉を勢い良く開いた子に目を向けた。
「えっと……あれ、強く開けすぎた?」
少し苦笑いした顔で廊下の人々を見やるその子。ふんわりとしたロングヘアーと大きな目。黒いタートルネックの上にベージュのカーディガンを羽織っている。そしてその子は私に目を向け、尋ねてきた。
「っと、あなた! 本とか好き?」
「え? あ、ああまあ、好きですけど?」
「そう! それは良かった! じゃあこっちに来て!」
腕を引っ張られ、図書室に引きずり込まれる。あー小さくて可愛い手だな……っておい。
「な、ちょ!?」
最後に閉まりかける扉の向こうに見えたのは、唖然としている人達の顔だった。
「あなた図書部に入らない?」
「…………は?」
図書室に引きずり込まれ、近くにあった椅子に座らせられた。そして次に聞かれた言葉がこれだった。
図書室の中は当然ながら本が多い。古く歴史のありそうな本から、新しく表紙の綺麗な本まで様々。椅子とテーブルが数個あったり部屋の隅には大きな画面のテレビがあったりと、設備は整っている。
取りあえず今は、聞きたいことを聞くとしよう。
「あの、図書部って……部活動一覧には乗ってませんでしたけど」
「それはね、この部活が今年に出来るばかりだからよ! ドギャーン!! ――わたしも一年なんだから、敬語じゃなくていいよー」
効果音を自分で言って何故かドヤ顔。……そう言われれば、学年によって色分けされている上履きのラインが青色だし、一年生なんだね。
にしても、『出来るばかり』?
そんな私の意図を汲み取ったのか、その子は少し困った顔で笑う。
「部活動の成立は、『部員が三人以上いること』なのよ。――でね、この図書部はわたしともう一人が入部してるけど、部活としては成り立たない。『出来たばかり』にさえなりゃしない。あと一人必要なの」
「……その一人に、私がなれと?」
その子は頷き、左手と右手を打ち合わせる。そして頭を下げた。
「お願いっ! 図書部員になってくださいっ!!」
「…………」
目を瞑り、真剣な表情で私に向かうその子。
――まあ、楽そうだし、
「いいよ」
「本当!?」
「うん、本当」
「っ……! やったあ!!」
本当に嬉しそうにそう言って跳ねる。数回飛び跳ねて落ち着き、私に顔を近づけた。
「わたし、二組の冴村ひな! よろしく!」
「じゃあ隣のクラスだね。私は三組の川瀬凪。よろしく」
ふふうふふー、だなんて二人で微笑み合い、ついでに時計を見ると四時半だった。
「そろそろ帰ろうか。あ、この部員届に名前書いてくれる?」
「うん。……はい、じゃあ帰ろう」
そして図書室を出て職員室に寄り、担任の熊本先生に用紙を出す。そのままUターンをして図書室の前の階段を降りようとし、
相談室の扉が開いた。
「ありがとう……ござい、ました……」
「またいつでも来てね、ばいばい」
相談室から出てきたのは一人の女子生徒。そしてその子を見送る女性教師。
出てきた子は黒いセミロングの髪で、前髪は目を覆い隠す程に伸びている。少し猫背でうつむきがち、どこか暗い印象のその子は私の隣に立っていたひなを見て、少し目を見開いた。
「あ……ひな」
「…………哀歌」
その時私は、ひなの横顔が一瞬だけ、とても悲しそうになったのを見た。
けれど本当に一瞬でひなは笑顔を取り戻し、哀歌と呼んだその子に駆け寄った。
「凪、この子はわたしの友達で、もう一人の図書部員」
そうか、この子がもう一人の。
「三組の川瀬凪です。よろしくね」
「ぅ、あ……哀歌、僕です。……よろしくお願いします」
「え、僕……?」
「あっ、その、名前は嫌いなの、で……名字で、呼んでくれませんか……すみません」
おどおどと、私の顔色を窺うように見てくる、しも……哀歌。人にも色々あるんだろう。
「うん、分かった。――じゃあまたね、ひな、哀歌」
ひなが大きく、哀歌が小さく手を振って立ち去るのを見届けてから、振り向いた。相談室の先生が立っていた。
「うわ、驚いた」
「の割には反応薄くないかしら?」
くくっと可笑しそうに笑う先生。そして私に手招きをして、言った。
「ちょっと寄って行かない?」




