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鏡の中の超絶美女(中身34歳男)、政略結婚を利用して年下天才CEOと会社を攻略する  作者: ニボシ


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第二十五話 根回しと提携関係

 年が明け、新年の緊張感が街全体に漂う一月上旬の午後。

 寒風が吹き抜ける都心の高層オフィス街を見下ろす、巨大製造業グループ「JEホールディングス」本社の最上階。

 重厚な革張りのソファーと磨き抜かれたローテーブルが置かれた最高幹部用応接室には、かすかな空調の音だけが静かに響いていた。

 新年の仕事始めを迎え、数日後に迫った「JEホールディングス定例取締役会」を前に、茎一と命は極秘裏にこの場所を訪れていた。

 今日の茎一の装いは、最高幹部との交渉にふさわしい、洗練されたディープネイビーの上質なウールセットアップスーツ。

 Vネックの襟元には控えめなパールネックレスを効かせ、足元はシックな黒のパンプス。

 手元には上品で落ち着いたプラムカラーのグラデーションネイルが静かに光っていた。

 重厚な木製ドアが静かに開き、隙のない身なりのスマートなスーツ姿の人物が入ってきた。

 JEホールディングス代表取締役社長兼COO・金山(かねやま)である。


「大変お待たせいたしました、玉屋社長、石凝副社長。あけましておめでとうございます」


 金山が穏やかな笑みを浮かべて声をかけると、まずは社長である命が先にすっと立ち上がり、深々と頭を下げた。


「金山社長、あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。お忙しい新年早々にお時間をいただき、ありがとうございます」


 続いて、副社長である茎一が命の少し斜め後ろで立ち上がり、凛とした美しい所作で静かに一礼した。


「あけましておめでとうございます、金山社長。貴重なお時間を頂戴し、感謝申し上げます」


 金山は柔らかい物腰で目を細めた。


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。さあ、お二人ともお座りください」


 金山に促され、二人は革張りソファーへと腰を下ろした。

 秘書が静かに高級な煎茶を運んできて退室すると、応接室には完全な人払いの空間が作り出された。


「……さて。まずは玉屋社長、そして石凝副社長。改めて新年のご挨拶とあわせて一言申し上げたい」


 金山は温かい煎茶の湯気を前に、眼鏡の奥の鋭い瞳を少し和らげた。


「実はね……大変失礼ながら、昨年末に烏太朗会長から『我が娘をフトダマの副社長兼COOに据えた』と聞いた時、私は内心かなり頭を抱えていたのですよ。大変申し訳ないが、会長の直々によるお飾り人事、いわゆる身内人事ではないかと危惧していたのです」


 金山の直球な言葉に、命が少しヒヤリとした表情を見せる。

 だが、茎一はその口元に余裕のある微笑みを浮かべ、静かに首を横に振った。


「いえ、お気になさらないでください。外から見れば、そのように映るのが当然だと思います」

「ですがね……昨年末の動きや、今回の迅速なトップ折衝の申し入れを聞いて、私の認識は完全に覆されました」


 金山は身を乗り出し、二人を見つめた。


「玉屋社長の優れた技術的先見性と、石凝副社長の決断の速さ、そしてビジネス構造を冷静に見極める眼力……素晴らしい。烏太朗会長の娘さんという以前に、一人の極めて優秀な経営者として、心から敬服いたしましたよ」

「光栄なお言葉、恐縮です、金山社長。そう評価していただけるなら、今日のオフレコでのご相談も非常にスムーズに進みそうです」


 茎一がスマートに微笑むと、金山は苦笑いを浮かべ、一気に肩の力を抜いた。


「……ふぅ。オフレコ、と言っていただけて助かりますよ」


 金山はカップを置くと、深く大きな溜息を吐き出した。

 先ほどまでのグループトップとしての表情から、組織の苦労人としての『本音』の顔が覗く。


「単刀直入に申し上げましょう。数日後の取締役会で、我がグループの会長である石凝烏太朗がぶち上げようとしている『年間10兆円規模のフィジカルAI共同開発構想』……あれについてですね?」


 命が引き締まった表情で頷き、先に口を開いた。


「はい、金山社長。まさにその件でご相談に伺いました」

「ええ、ズバリその通りです」


 茎一が言葉を継いだ。


「父から打診されたフィジカルAIの案件ですが、私たちが直接父へお断りの返答をするのではなく、グループの正式な執行トップである金山社長に先にお話を通すべきだと判断いたしました」


 その言葉に、金山は膝を叩いて頷いた。


「素晴らしい判断です! 石凝副社長を目の前にして大変恐縮ですが、正直、あの会長には困り果てているのですよ。本来、会長職というのは取締役会の議長を務め、財界活動や対外的な名誉職に専念するのがトップ企業の鉄則です。それなのに、あの人は現場の叩き上げで成り上がってきた自負が強すぎるせいか、会長になっても事業計画や指揮系統に平然と口を挟んでくる」


(……ハッ! 言ってくれるじゃねぇか。金山も相当、あの親父の承認欲求と現場介入に業を煮やしてやがるな)


 茎一は心の中で不敵にニヤリとしつつも、表面上は親身な表情で頷いた。


「父の現場への情熱が、時に指揮系統の混乱を招いてしまっているのですね」

「混乱どころの騒ぎじゃありませんよ!」


 金山は少し声を低くしつつも、感情を込めて吐露した。


「私とて、現在の世界的なAI情勢くらいは十分に理解しています。アメリカや中国のIT巨頭が年間数兆円から十兆円規模の設備投資を投じ、汎用AIやフィジカルAIの領域で凄まじい物量戦を繰り広げている……。そこに我々のような製造業グループが今から単独で飛び込んでも、莫大な資本をドブに捨てるだけだ」

「金山社長のおっしゃる通りです」


 命が真剣な表情で言葉を重ねた。


「僕たちフトダマとしても、お義父さん……烏太朗会長のフィジカルAI構想をそのまま受けるわけにはいきません。汎用AIの物量戦ではなく、確実に成果が出る『業務特化型AI』の領域で勝負すべきと考えています」

「玉屋社長もそう思われますか! 技術トップのあなたがそう言ってくれて心強い。……ですが、会長の提案を正面から『無理です』と拒絶すれば、面目を潰された会長が激怒し、社内政治で暴れ出しかねない。それこそ私が先頭に立たざるを得なくなって、最悪の社内クーデター劇になってしまう」


 応接室に重苦しい静寂が流れる。

 烏太朗という強大な権力者のメンツを保ちつつ、いかにして無茶振りを無力化し、実利を取るか。

 茎一はそっとバッグから一冊の厚みのある提案書を取り出し、テーブルの上へと滑らせた。


「ですから……提案の『すり替え』と『着地の誘導』を金山社長にお願いしたいのです」

「提案のすり替えと、着地の誘導……ですか?」

「はい。父が掲げたフィジカルAI構想は、『将来的な市場調査および準備段階』という名目で優しく棚上げし、事実上の先送りにします。そして、今回の取締役会で推進すべき真の目玉議案として、我が社が誇るパッケージを金山社長から逆提案していただきたいと考えています」


 金山が提案書を手に取り、1ページ目をめくった。


「これは……『特化型バックオフィスAIパッケージ(フトダマ・オフィス)』……?」

「ええ。単なる夢物語ではなく、今すぐ利益を生み出す『確実な武器』です」


 茎一は身を乗り出し、元営業マンとしての鋭いロジックを滑らかな丁寧語に乗せて解き放った。


「現在、我々が提携により先行提供しているフトダマのAIモジュールですが、これをさらにパッケージ化し、JEグループの広大な販売網を通じて外部企業へ展開する『外販事業』をメイン議案として上程していただきたいのです」

「……! フトダマAIの外販事業と!?」


 金山の目が輝いた。彼は前のめりになり、熱っぽく語り始めた。


「実はね、玉屋社長、石凝副社長。我がJEグループ内で、先行してフトダマAIを試験導入した管理部門や製造子会社から、今まさに驚くべき報告が続々と上がってきているのですよ!」

「驚くべき報告……と仰いますと?」

「業務効率化の効果が、目に見えて顕著に出始めているのです! 人事労務や契約書チェック、経理処理のスピードが劇的に上がり、残業時間は削減され、人的ミスも激減した。現場からは『もうこのシステムなしの業務には戻れない』と絶賛の声が上がっている。お世辞じゃなくて本当ですよ。私はかねてより、この素晴らしいシステムをJEグループ内だけに留めておくのはあまりにももったいない、我がグループの強力な直販網とアライアンスネットワークに乗せて外販すべきだと考えていたのですよ!」


(……よし来た! 金山の方からここまで食いついてくるとは好都合だぜ!)


 茎一は心の中でガッツポーズを決めた。


(このパッケージの外販事業が正式に始まれば……大手企業や子会社への導入交渉、アライアンスの構築、販売戦略の指揮は、副社長でありCOOである俺……『石凝鏡子』の独壇場になる。泥臭い営業叩き上げとして培ってきた俺のスキルをフル活用して、マーケットを根こそぎ奪ってやれる仕事だ!)


 自らの腕が鳴る感覚に、茎一の内なる営業魂が熱くたぎる。

 金山は提案書を何度も頷きながらめくり、深く深く感嘆の息を吐き出した。


「実現性の乏しい10兆円の夢より、今すぐ我がグループの販売網を生かして莫大なストック収益を叩き出すこの実利! これこそが、JEホールディングスがフトダマ社と資本業務提携を結んだ最大の成果として、株主や市場へアピールできる最強の材料です!」

「ええ。JEグループにとっては新たな高収益ビジネスの柱が得られ、我が社フトダマにとっては巨大な販売ルートと安定したライセンス収入が得られます。これこそが、真のウィンウィンの関係ですね」

「承知しました……! 石凝副社長、玉屋社長。これで私たちの思惑は完全に一致しました。烏太朗会長に直接NOを突きつけるのではなく、私から取締役会へこの『フトダマ・オフィス外販事業』を正式議案として上程し、各役員へ事前に根回しを済ませておきます。会長のフィジカルAI構想は『長期的な調査研究課題』として穏便に棚上げし、この提案を通す形で議事を誘導してみせましょう!」

「ありがとうございます、金山社長。そこまで引き受けていただけるなら、本当に心強いです」


 命と茎一は顔を見合わせ、安堵の笑みを交わした。

 だが——盤面が完璧に整ったかに見えたその時、金山がふと顎に手を当て、難しい顔で考え込んだ。


「……ただ、ひとつだけ補強策が欲しいところですね」

「補強策……と仰いますと?」


 茎一が尋ねると、金山は苦笑交じりに眉をひそめた。


「いくら私が役員会を誘導して実利を取ったとしても、烏太朗会長のあの自尊心の強さです。『俺の鳴り物入りのフィジカルAIが後回しにされた』と察した時、後から不満を募らせて社内政治で反撃に出てくるリスクがあります。会長の顔を立てつつ、フィジカルAIも『ちゃんと準備が進んでいる』と思わせるための、クッションとなる仕掛けが欲しいのです」


(……チッ、確かにあの親父ならやりかねねぇな。『メンツを潰された』って逆恨みして、役員人事や予算配分で嫌がらせをしてくる可能性がある)


 茎一が心の中で冷や汗をかいていると、金山は何かを思いついたように、不敵な笑みを浮かべた。


「……そうだ。いいアイデアがありますよ。すでに我がJEホールディングスと通信技術で業務提携を結んでいる、あのパートナー企業を巻き込むのです」

「提携先……ですか?」

「ええ。大手通信グループである『LTC(ライトニングコミュニケーションズ)』ですよ。彼らとJEは次世代通信規格の共同開発で以前からアライアンスを組んでいます。そこにフトダマ社を加えた『JE・フトダマ・LTC』の三社連合という枠組みで、フィジカルAI基盤の共同検討を進める……という形を取るのです」

「……! LTC……! 三社連合……!?」


 茎一の胸の奥で、ドクンと強い衝撃が走った。

 脳裏に鮮烈に蘇るのは——あの昨年のビジネスレセプションの会場。

 洗練された格式と圧倒的なカリスマ性を纏い、不敵な笑みを浮かべて自分に迫ってきた、あの男の顔だった。

 LTCグループ取締役兼子会社社長——鳴神武己(なるかみたけみ)。


「LTCグループなら、全国を網羅する基地局インフラと5Gのネットワークのノウハウを持っています。JEのハードウェア、LTCの通信インフラ、そしてフトダマのAI。この『三社連合』という大型アライアンスの看板をぶち上げれば、烏太朗会長も『おお、LTCまで巻き込んだ巨大プロジェクトが動き出したか』と大満足し、フィジカルAIの本体開発や予算消化を焦らなくなります。時間を稼ぐには最高の隠れ蓑になります。……どうでしょうか?」


 金山の提案は、経営戦略としてはぐうの音も出ないほど納得のいくものだった。

 既存の提携関係を利用し、三社連合という華々しいフレームワークを作ることで、烏太朗の承認欲求を完璧に満たしつつ、実質的な開発は後回しにする。

 だが——茎一の心の中では、猛烈な警戒アラームが鳴り響いていた。


(あの鳴神武己か……! あの男、ただの俺様世襲じゃねぇ。俺の『中身』や攻防の鋭さを面白がって、喰らいつこうとしてきた危険な男だ……! そのLTCと三社連合を組むとなれば、鳴神との接触は避けられねぇぞ……!)


「鏡子さん……? どうかしたかい?」


 命が隣で、心配そうに顔を覗き込んできた。


「あ……いいえ、なんでもありません、命さん」


 茎一は素早く華ある笑みを張り直し、金山に向き直った。


「金山社長……大変素晴らしいご提案ですね。すでにJE社と提携関係にあるLTCとの『三社連合』という名目であれば、父の面目を保ちつつ、時間を稼ぐ戦略としてこれ以上のものはありません」

「気に入っていただけて良かった。では、LTC側の鳴神社長への打診と役員会への根回しは、私の方から水面下で完璧に進めておきましょう」

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 静かに頭を下げつつも、茎一の胸の奥には、新たな戦いの予感が渦巻いていた。


(石凝の親父との社内政治だけじゃなく……あの鳴神武己まで三社連合として盤面になだれ込んでくるか……!)


 だが、怯む気など微塵もない。

 左手の薬指に光る、命との絆の証明——婚約指輪をそっと握りしめた。


(面白ぇ……! 来るなら来てみろ。親父の野望も、鳴神の野心も、全部まとめて俺と命の引き立て役にしてみせるぜ……!)


 新たな強敵の出現は、茎一のビジネスへの闘争心を燃え上がらせるには十分だった。


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