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最後のチャイムまで、僕は嘘をつく  作者: 水前寺鯉太郎
第一章

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第四話:沈黙という名の祈り

濡れた髪から滴る水滴が、床に落ちて小さな染みを作ります。

加藤は、妻の手の中にある「答え」を、ただ呆然と見つめていました。

(終わった……)

心臓が喉の奥で暴れていて。言い訳を探そうとする脳が、酸素不足で熱を帯びます。

しかし、真由美は声を荒らげることも、泣き叫ぶこともしませんでした。

彼女はただ、震える指先でその領収書を丁寧に畳み直すと、加藤のコートのポケットに、そっと戻します。まるで、最初から何も見ていなかったかのように。

「……お風呂、冷めないうちに入ってきちゃうわね」

真由美は顔を上げないまま、加藤の脇をすり抜けて浴室へ向かいました。

すれ違いざま、彼女の肩が微かに震えているのを、加藤は見逃しませんでした。

バタン、と閉まったドアの向こうで、すぐにシャワーの音が響き始める。それは、彼女の忍び泣きを隠すための音であることを、加藤は痛いほどに理解しました。

翌朝:いつも通りの食卓

食卓には、昨日と変わらない朝食が並んでいます。

焼き魚の匂い、味噌汁の湯気。テレビから流れる軽快なニュース。

「渉さん、ネクタイ曲がってるわよ」

真由美は、いつものように夫の襟元を整えます。その指先が、加藤の喉元に触れました。

加藤は彼女の目を見た。そこには深い悲しみと、それ以上に強い「決意」が宿っていたかのようでした。

(彼女は、僕の嘘を信じることに決めたんだ)

「……ああ、ありがとう。行ってくるよ」

「ええ、気をつけて。……無理、しないでね」

「無理しないで」という言葉に込められた、万感の思い。

加藤は玄関を出て、一人になった瞬間に、堪えていた涙が溢れそうになるのを必死に堪えます。

学校:高橋の視線

学校に着いても、加藤の心は昨夜の沈黙に支配されていました。

「隠し通せている」のではない。真由美が「隠させてくれている」のだ。その事実が、加藤の心にさらなる使命感を与えます。

(彼女が知らないふりをしてくれるなら、僕は最後まで、最高の夫で、最高の教師でいなきゃいけない)

一時間目のチャイムが鳴ります。

教室に入ると、一番後ろの席で頬杖をついた高橋が、昨日よりも鋭い視線で加藤を見ています。

加藤は教壇に手をつき、生徒たちに向かって告げた。

「今日は予定を変更して、一冊の本について話をしたい。……『生きる』ということについてだ」

教科書にはない、加藤自身の「命の記録」が、ついに授業として語られようとしていました。

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