第十八話:英雄の仮面
高橋先生の葬儀は、三月の冷たい雨が降る日でした。
僕、**藤堂**は、体育館の隅で、並んだパイプ椅子の冷たさを指先に感じながら、祭壇に飾られた遺影を見つめていました。
高橋先生。
不登校だった自分を、泥沼から引きずり出してくれた人。
そして、最後まで僕たちに「ただの花粉症だ」と笑って、死の淵から授業を届けてくれた「英雄」のような人。
僕にとって、加藤先生も、高橋先生も、手が届かないほど高い場所にいる聖人のように見えていました。それに引き換え、僕は。
僕はいつだって、自分が主役になれる場所を探しては失敗し、誰かに認められたくて虚勢を張り続けてきた、空っぽの人間でした。
「藤堂くん。……これを、あなたに」
葬儀のあと、真由美さんが僕の前に立ちました。
彼女の細い手には、あの黒い、角が擦り切れた一冊のノートが握られていました。加藤先生から高橋先生へ、そして高橋先生が最期まで抱きしめていた、あの「記録」です。
「先生は、あなたならこのノートの『続き』を書けると信じていたわ。……受け取ってくれる?」
僕は震える手でそれを受け取りました。
ずっしりと重い。
そこには、二人の男が命を削って絞り出した言葉たちが詰まっていました。
英雄になりたかった僕が、本物の英雄たちの遺志を渡された瞬間でした。
第3章第1話:英雄の仮面
僕は大学へ進学し、それなりに充実した日々を過ごしていました。
サークルのリーダーを務め、SNSではキラキラした日常を発信し、後輩たちからは「藤堂さんは凄い」と慕われる。
けれど、僕の心はいつも冷めていました。
周囲に見せている僕は、入念に作り上げられた「英雄の仮面」に過ぎないことを知っていたからです。
夜、一人暮らしのアパートで、僕はあのノートを開きます。
そこには、加藤先生の「死への恐怖」と、高橋先生の「継承への覚悟」が、生々しい熱量を持って記されていました。
三月十六日。
僕は今日、先生が愛した海を見に来た。
死ぬことは、消えることじゃない。
誰かの記憶の中に、優しい嘘として生き続けることなんだ。
高橋先生の最後の一行。
それを読むたびに、僕の「英雄ごっこ」が、どれほど軽薄で、浅ましいものかが突きつけられるようでした。
「……先生。僕は、あなたたちみたいにはなれません」
僕は、一度も自分の弱さをノートに書くことができませんでした。
英雄になりたい僕は、自分の醜さや、他人からの評価に怯える臆病な心を、文字にすることさえ怖かったのです。
英雄の挫折
四年生になり、就職活動が始まりました。
僕は、誰もが知る大手企業からの内定を狙い、完璧な自己PRを作り上げました。「自分がいかに優秀か」「いかにリーダーシップがあるか」。
面接官の前で、僕はまた、最高級の仮面を被って微笑みました。
しかし、結果は惨敗でした。
最終面接で、ある面接官が僕に問いかけました。
「藤堂さん。あなたの話は完璧ですが、血が通っていないように聞こえます。……あなたは、本当は何を恐れているんですか?」
僕は答えられませんでした。
完璧な自分を演じることに必死で、中身が空っぽであることを見透かされた。
英雄になりたかった男は、ただの「偽物」として、社会の門前で立ち尽くしました。
挫折。
それは僕にとって、初めての「日常の崩壊」でした。
僕は一週間、部屋に引きこもり、誰からの連絡も無視しました。
暗い部屋で、あの黒いノートだけが、机の上で静かに僕を見つめていました。




