case 7
ツユがFOCUSを手伝って、3日が経った。
担当は掃除や皿洗い。
接客は……、注文はひたすら暗記でなんとかなったが、いかんせん表情筋が芳しくないので不向き、と。
「それじゃ、ちょっと出てくる」
「はいはーい、いってらっしゃいまーせ」
義行はケイたちを迎えに行くか行かないか、上司と話し合うらしい。カアナの見送りとはまた違う圧を背にして、本社へ赴いた。
「ぬぅ……!!」
発信源は、椅子に深々と腰掛け、腕組みをしたマウロだ。
はち切れんばかりのふくれっ面はいつもの3倍増し。
最っっっ高に不機嫌だった。
「しょうがないでしょ。こればっかりは」
カアナはため息混じりに、神に触れる。
「ぷす」とほっぺの空気が抜ければ、「ボスらしくない!!」と祟られて。
「サクラのときはボクをこっそり連れてったくせに!!」
「禁止区域とじゃ事情が違うでしょ」
「ちがわない!! いつもならこっそりする!!」
最早、ただの駄々っ子だ。
「変に動いて、義行さんの上司って人が責任を問われることになれば、巡り巡ってFOCUS閉店の可能性だってあるのよ?」
厨房からやってきたタイチも可能性を示唆する。
「義行さんはARのスポンサーでもあるので、俺たちも廃棄ってことになりかねませんしね」
「そうよ。ケイもアタシたちも路頭に迷うかもしれないのよ」
「ボスなら足つかない!!」
「極悪人みたいな言い方しないの」
「ツユが自分から教団に行ったとは かぎらないだろ!! だまされたかもだろ!!」
「ちょっと!!」
“医療機関にかからず教団に救済を求めた、はぐれ者”
本人にはまだ伝えていないことだ。
褒められた選択ではないが、義行の言うとおり、責めなくてもいいこと。
これ以上、生きづらくしないよう配慮していたのに――――
「ツユさんなら、ゴミ捨てに」
彼女の不在にほっと胸をなで下ろすが、
「…………遅く、ない?」
時計の針がカチッ、カチッと進む。
集積所は勝手口を出て、ちょっと行った先だ。細めの裏路地で左右に入る道もあるが、FOCUSからはまっすぐ行って、まっすぐ帰ってくればいいだけだ。
そう。
ゴミ捨てに関しては、なんの問題もなかった。「マミヤくん」と、呼ぶ声に足が止まるまでは。
「すまない。遅くなって」
このご時世には珍しい壮年の、眉間に深いしわが刻まれたジャケットの男は、見知らぬ人。FOCUSのお客さんでもない。
――父? と、一瞬頭に過るが、家族なら名字で呼ばれることはないだろう。
ツユにとっては不審者でしかない男に、戸惑いを隠せない。
「覚えていないのも無理はない。噂は本当だった。キミは潜入捜査官として零〈ゼロ〉に入信後、記憶を消す施術をされ、生まれ変わったんだ」
「せんにゅう、そうさ? ぜろ……?」
「“生まれ変わる”ことで白砂病が治ると謳う集団に、末期状態だったキミは率先して――……。なのに、すぐ駆けつけられなくて、不便な思いをさせてしまった。上司としてあるまじき行為だ。許してくれ」
「いえ……あの、」
「キミは休むべきだ。療養する場所は確保できている。さあ、行こう」
焦っているのは、これ以上の失敗を重ねないため、か。
あまりにも突然すぎて、一方的で。
名乗りもしない男の印象は変わらない。
――知らない人には着いていっちゃダメだぞッ。
マウロならきっとこう言うだろうと、想像できるぐらいツユの頭は凪いでいた。
けれど、逃げる術はない。
後ろはゴミの山。
助けて、と叫んだところで、囲うビルたちは背を向けている。
男の脇をすり抜けて、FOCUSまでたどり着けるのか。
何気なく過ごしてきて、少しずつ考えられるようになった頭で、先を考える。
どうする。
どう、切り抜ける。
「詳細なことは車の中で。今はキミの身体が心配だ。吐き気は? 砂はどれくらい? いつ吐いた?」
ひんやりした男の手が、ツユの腕を掴んだ。
従うふりして、途中で逃げ出す?
ふりほどけるタイミングが訪れるのかは――……、分からない。
「おい」
強引に連れていこうとする男に声をかけたのは、タイチだった。
でも、少し様子が変だ。
不機嫌そうな面持ちを隠しもしないで、声もうんと低く、物腰の柔らかさも、お客さん受けの良い爽やかさも皆無。バンダナも外して、野良感が半端ない。
さながらチンピラ風情の出で立ちで、タイチは男に詰め寄った。
「キミはARだろうっ……」
長身の彼からの圧は、なかなかだ。
「ARが人に対して敵意を向けてはっ」
「不審者にはカンケーねえだろ」
「だ、誰がっ」
「証人ならツユがいる」
分が悪いと思った男は、そそくさと逃げていった。
物陰にいたカアナに気づきもしない
路地を曲がる背はどこまでも不審者だった。
「捕まれば壁の向こう側送りにされるんだから、もっと慎重にならないとねぇ」
そう哀れんで、カアナは2人の前に立った。手にはボールペンとタイチのバンダナが握られている。
「2体で詰め寄ると、さすがにまずいから」
「早く結べ」
「マウロがゴム手袋探してるから、もうちょっと待って」
「こいつが怖がるだろうが……」
粗暴なところも、バンダナを巻いている首回りの火傷の痕も。人払いするにはうってつけでも、安心感はない。
タイチは距離をとろうとするが、ツユはそっと彼の腕に触れた。
強がりでもなんでもないことを伝えたくて。
「怖くない。助けて、くれて……ほんとにありがとう」
「……ん」
彼のバンダナは性格を矯正する特注品らしい。
ARが外すことはできないが、結び目にボールペンを刺して、くるんとひねれば解けてしまう代物で。
「遅ぇな」
「トイレ掃除のやつじゃイヤでしょ?」
「買いに行かせてんのか?」
「予備があるはずなんだけどねぇ」
万が一、暴発した時の救済設計――……にしては、火傷の痕は多数におよび、程度もひどく。「見世物じゃねえ」と、カッターシャツの襟を掴んでも隠しきれていなかった。
「……こんな性格じゃあARに向かねーからな」
腹が立てば怒り散らすし、手加減もできた試しがない。
元が動物であってもヒトの形である以上、理性が働く。が、タイチはそれを装置に頼らなければならなかった。
「それでもいいって、ケイはそばにおいてくれてんだ。多少の電流なんて屁でもねえ」
カアナからバンダナをぶんどり、素手で結び直せば、バチンッ!! と手のひらが焼けただれていく。
「――……っふー……」
「アンタねぇ」
「お騒がせ、しましたっ……、戻りましょう、か」
そう爽やかに微笑む世間体の姿に、ツユは一瞬だけ別人が過った。
『こんな物言いじゃあ、社会人失格だろ』
外では素を出さない――――ちょっとぶっきらぼうな彼もまた、世間体とを使い分ける人だった。




