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Γanthanoid Graffiti  作者: 次野/うずらの


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9/13

case 7



 ツユがFOCUSを手伝って、3日が経った。

 担当は掃除や皿洗い。

 接客は……、注文はひたすら暗記でなんとかなったが、いかんせん表情筋が芳しくないので不向き、と。


「それじゃ、ちょっと出てくる」

「はいはーい、いってらっしゃいまーせ」


 義行はケイたちを迎えに行くか行かないか、上司と話し合うらしい。カアナの見送りとはまた違う圧を背にして、本社へ赴いた。


「ぬぅ……!!」


 発信源は、椅子に深々と腰掛け、腕組みをしたマウロだ。

 はち切れんばかりのふくれっ面はいつもの3倍増し。

 最っっっ高に不機嫌だった。


「しょうがないでしょ。こればっかりは」


 カアナはため息混じりに、神に触れる。


「ぷす」とほっぺの空気が抜ければ、「ボスらしくない!!」と祟られて。


「サクラのときはボクをこっそり連れてったくせに!!」

「禁止区域とじゃ事情が違うでしょ」

「ちがわない!! いつもならこっそりする!!」


 最早、ただの駄々っ子だ。


「変に動いて、義行さんの上司って人が責任を問われることになれば、巡り巡ってFOCUS閉店の可能性だってあるのよ?」


 厨房からやってきたタイチも可能性を示唆する。


「義行さんはARのスポンサーでもあるので、俺たちも廃棄ってことになりかねませんしね」

「そうよ。ケイもアタシたちも路頭に迷うかもしれないのよ」

「ボスなら足つかない!!」

「極悪人みたいな言い方しないの」

「ツユが自分から教団に行ったとは かぎらないだろ!! だまされたかもだろ!!」

「ちょっと!!」



 “医療機関にかからず教団に救済を求めた、はぐれ者”



 本人にはまだ伝えていないことだ。

 褒められた選択ではないが、義行の言うとおり、責めなくてもいいこと。


 これ以上、生きづらくしないよう配慮していたのに――――


「ツユさんなら、ゴミ捨てに」


 彼女の不在にほっと胸をなで下ろすが、


「…………遅く、ない?」


 時計の針がカチッ、カチッと進む。

 集積所は勝手口を出て、ちょっと行った先だ。細めの裏路地で左右に入る道もあるが、FOCUSからはまっすぐ行って、まっすぐ帰ってくればいいだけだ。




 そう。


 ゴミ捨てに関しては、なんの問題もなかった。「マミヤくん」と、呼ぶ声に足が止まるまでは。



「すまない。遅くなって」



 このご時世には珍しい壮年の、眉間に深いしわが刻まれたジャケットの男は、見知らぬ人。FOCUSのお客さんでもない。


 ――父? と、一瞬頭に過るが、家族なら名字で呼ばれることはないだろう。


 ツユにとっては不審者でしかない男に、戸惑いを隠せない。


「覚えていないのも無理はない。噂は本当だった。キミは潜入捜査官として零〈ゼロ〉に入信後、記憶を消す施術をされ、生まれ変わったんだ」

「せんにゅう、そうさ? ぜろ……?」

「“生まれ変わる(そうする)”ことで白砂病が治ると謳う集団に、末期状態だったキミは率先して――……。なのに、すぐ駆けつけられなくて、不便な思いをさせてしまった。上司としてあるまじき行為だ。許してくれ」

「いえ……あの、」

「キミは休むべきだ。療養する場所は確保できている。さあ、行こう」


 焦っているのは、これ以上の失敗を重ねないため、か。

 あまりにも突然すぎて、一方的で。

 名乗りもしない男の印象は変わらない。



 ――知らない人には着いていっちゃダメだぞッ。



 マウロならきっとこう言うだろうと、想像できるぐらいツユの頭は凪いでいた。

 けれど、逃げる術はない。

 後ろはゴミの山。

 助けて、と叫んだところで、囲うビルたちは背を向けている。

 男の脇をすり抜けて、FOCUSまでたどり着けるのか。

 何気なく過ごしてきて、少しずつ考えられるようになった頭で、先を考える。


 どうする。

 どう、切り抜ける。


「詳細なことは車の中で。今はキミの身体が心配だ。吐き気は? 砂はどれくらい? いつ吐いた?」


 ひんやりした男の手が、ツユの腕を掴んだ。

 従うふりして、途中で逃げ出す?

 ふりほどけるタイミングが訪れるのかは――……、分からない。


「おい」


 強引に連れていこうとする男に声をかけたのは、タイチだった。

 でも、少し様子が変だ。

 不機嫌そうな面持ちを隠しもしないで、声もうんと低く、物腰の柔らかさも、お客さん受けの良い爽やかさも皆無。バンダナも外して、野良感が半端ない。

 さながらチンピラ風情の出で立ちで、タイチは男に詰め寄った。


「キミはARだろうっ……」


 長身の彼からの圧は、なかなかだ。


「ARが人に対して敵意を向けてはっ」

「不審者にはカンケーねえだろ」

「だ、誰がっ」

「証人ならツユがいる」


 分が悪いと思った男は、そそくさと逃げていった。

 物陰にいたカアナに気づきもしない

 路地を曲がる背はどこまでも不審者だった。


「捕まれば壁の向こう側送りにされるんだから、もっと慎重にならないとねぇ」


 そう哀れんで、カアナは2人の前に立った。手にはボールペンとタイチのバンダナが握られている。


「2体で詰め寄ると、さすがにまずいから」

「早く結べ」

「マウロがゴム手袋探してるから、もうちょっと待って」

「こいつが怖がるだろうが……」


 粗暴なところも、バンダナを巻いている首回りの火傷の痕も。人払いするにはうってつけでも、安心感はない。

 タイチは距離をとろうとするが、ツユはそっと彼の腕に触れた。

 強がりでもなんでもないことを伝えたくて。


「怖くない。助けて、くれて……ほんとにありがとう」

「……ん」


 彼のバンダナは性格を矯正する特注品らしい。

 ARが外すことはできないが、結び目にボールペンを刺して、くるんとひねれば解けてしまう代物で。


「遅ぇな」

「トイレ掃除のやつじゃイヤでしょ?」

「買いに行かせてんのか?」

「予備があるはずなんだけどねぇ」


 万が一、暴発した時の救済設計――……にしては、火傷の痕は多数におよび、程度もひどく。「見世物じゃねえ」と、カッターシャツの襟を掴んでも隠しきれていなかった。


「……こんな性格じゃあARに向かねーからな」


 腹が立てば怒り散らすし、手加減もできた試しがない。

 元が動物であってもヒトの形である以上、理性が働く。が、タイチはそれを装置に頼らなければならなかった。


「それでもいいって、ケイはそばにおいてくれてんだ。多少の電流なんて屁でもねえ」


 カアナからバンダナをぶんどり、素手で結び直せば、バチンッ!! と手のひらが焼けただれていく。


「――……っふー……」

「アンタねぇ」

「お騒がせ、しましたっ……、戻りましょう、か」


 そう爽やかに微笑む世間体シバの姿に、ツユは一瞬だけ別人が過った。



『こんな物言いじゃあ、社会人失格だろ』



 外では素を出さない――――ちょっとぶっきらぼうな彼もまた、世間体とを使い分ける人だった。




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