case 6
捜索願に該当者なし。
家族が白砂病で天涯孤独――なんてのも珍しくなく、当てにこそしていなかったが、ここまで身元が分からないとなると、いよいよツユの記憶頼りになってくる。
しかし、全くと言っていいほど既視感はやってこず。
読み書きもままならないまま、これからを考えていたところに、ケイが戻ってこられない連絡が入ってきた。
なんでも、前日の雨で滞在先の集落が孤立。
復旧に数日を要する――と。
「ケイと博士に怪我がないなら、それでいいの」
「そうですね」
タイチはちょっと寂しそうだった。
「窓はオレが拭くので、ツユさんはテーブルをお願いします」
「はいっ……」
とりあえず、ケイが帰ってくるまで。
ツユは臨時のお手伝いさんになった。
雲の切れ目から射し込む朝日に目を細めて、日常を積み重ねていく。
掃除1つとっても、ツユには学びだ。
左右にスライドさせて、次は上下、拭きもらしのないように、もう1度左右に。テーブル、カウンター、小物が並べてある棚をきっちり拭き上げる。
ツユは几帳面なほうかもしれない。
靴紐に関してはまだまだ甘いが、どんなに固く結んだところで解けるときはある。
「シバさん、終わりま――――」
それに気づかないまま歩み出したツユは、壮大にバランスを崩した。
とっさに突き出るはずの手は微動だにしない。
「っと……」
たくましい左腕が、ツユの腰に回される。
名前を呼ばれて振り向けば、あわや。タイチの持ち前の反射神経で、ツユの顔面は守られた。
「あ、ありがとっ……ございますっ……」
「いえ、無事でなによりです」
どきどきが止まらないツユを椅子に座らせて、タイチは靴紐を結ぼうとした。が、中2階から檄が飛ぶ。
「手伝っちゃダメだろッ!」
マウロの世話焼きは止まらない。
「転けるのは、さすがに……」
「くつひもはちゃんと結べるんだ! シバがやんなくてもいいことだぞ!」
――――と、逐一チェックが入るから上の事務所に待機させているのに、あまり意味がなかった。
吹き抜けを覗き込むマウロを、義行もソファーに座らせる。「まあまあ」となだめれば、有り余るパワーは義行に。
「ボスが調べれば、ツユのホントなんてすぐだろッ」
「俺だってノーヒントで探せってなると、時間はかかる」
「イリューヒンソーサカンなのに?」
「ある程度、情報があるから探せるんだ」
「でも、してない……」
ケイにカアナやタイチ、博士こと卯月という友人がいたように、ツユにもツユを知る人物がいたら、もっと生きやすいはずだ。
「ツユさんに至っては警察からの要請であずかっているだけ、だからな」
「……ケーサツ?」
よくよく考えれば、マウロは彼女が保護された経緯を知らなかった。
初耳だ。
目をぱちくりさせて続きを待てば、義行はしまった、と苦笑う。
変に隠せば質問攻め。
大人の事情で納得する子でもない。と、いうのを自覚しているから厄介なのだ。
「『禁止区域のような場所に人が倒れている』――突入を躊躇った警察が、俺の上司を通じて保護するように言ってきたんだ」
踏み入れば即散る魔境…………でこそなかったが、結果的に生き残った彼女が研究機関に送られないようにはしていた。
「……医療機関にかかってなかったツユさんを責めるわけじゃないんだが、一応決まりは決まり。他の仕事を後回しにしてまで優先することじゃないってのが、上からのお達し、なんだな」
義行は敢えてさらけ出し、切に願った。
「俺としては、過去に生きないでくれたら……ってね」
中途半端に教えたばっかりに、ケイが思い悩んだことがあっての、動かない。
その鉄壁すぎる口実で、マウロの出端を挫くことに成功する。




