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Γanthanoid Graffiti  作者: 次野/うずらの


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7/15

case 5



 止まない雨に車で送ってもらうも、マウロはだんまりを決め込んだまま。

 鉢合わせさせた義行に腹が立てば、ツユを診るタイミングとしてはベストで、自分との折り合いがついたのは帰宅してからのことだった。


「どーだった?」


 ぷすーん、と鼻息荒く問診の様子を尋ねれば、ソファーに座るツユの表情がほろこんだ。


「似てるね、先生とマウロくん」

「ぬ!?」


 なにがどうなって、その感想なのか。

 世間話をするような人でも、相手の気持ちを汲むようなこともしないのに、だ。

 でもマウロが聞きたいのは、そこじゃない。


「じ、字が変に見えることは言ったかッ? 気持ちわるいって!」

「うん。しばらくしたら落ち着くだろうって」


 目が覚めて、まだ3日。

 この状況下についていくのが精一杯で、知らないところでストレスを感じているやも。が、影津氏の見解だ。


「――精密検査はしないってことでいいのかしら」


 温かいココア片手に、カアナも会話に加わった。


「た、ぶん? とくになにも――……」


 ありがとうございます、と受け取って、ツユはふーふーっと ひとくち。


「めまいとか、吐き気とかするときがあるから、たぶんしなかったんだぞ」

「それなら、そう言ってほしいんだけど」

「あいつが言うと思うか?」

「言わないわね」


 そんな影津氏の、呟いた言葉をふと思い出して『とくになにも言われなかった』ことを打ち消した。

 どういう意味なのか、頭の中で単語をかき集めようとすると、刺すような痛みに襲われる。


「ツユ?」

「ツユさんっ?」

「さくい、てき――が、なんとかって……」


 できるかぎり伝えて意味を丸投げすれば、一瞬の出来事に。

 なんとか無事だったココアをローテーブルに避難させて、「はっきり……言われた、わけじゃ……ないんだ、けど……」と、しどろもどろになりながら言い切る頃には、もう痛くなかった。


「ツユが仏頂面ぶっちょなのはもともとだろッ」

「その『乏しい(さくい)』じゃなくて、誰かがなにかの目的をもって今のツユさんを作り上げた作為的(ほう)なんじゃない?」

「おまえも15点だぞ」

「アンタの推測ハコイリで言うなら、大切だから生きてほしかった、よ。『外の世界に触れさせなければ、白砂病にはならない』なんて、今時の教団でも言わないけど」

「こんなゴジセーだ。ちょっとでも効果こーかがあるってなると信じたくなるだろ」



 “改名、家族知人との縁切り、世俗をも捨てて、新しい自分に生まれ変わりましょう。そうすれば、白い悪魔から解放されるのです”



 そんな文言に惹かれ、行方不明者が続出したのは、2、3年前の話になる。

 実際はただの誘い文句なだけで、低賃金の労働や献金を強いる団体がほとんど。運営側も信者も皆、白砂病で散った、というのが結末だ。



 ツユもそのひとり――――なのかは分からない。



 マウロはツユを作り上げたのは環境だと主張し、カアナは暗に『ケイ』を模している、と。

 まだまだ断定するには至らない。

 ただ、ツユの中には漠然とした疑問が生まれた。


「……そうまでして生きたい理由が、『わたし』にもあったのかな」


 すべてを擲ったその先は、きっと独りだ。


「死ぬのが怖い、じゃダメなの?」

「――誰もいないのに?」

「ツユさん……?」



 重なる疑問に、交わる視線…………のはずが、ツユはどこか遠くにいた。



『キミは唯一の――――』



 そう説く男も露と消え、積もる雪にひとりを嘆く。

 なぜ。

 どうして。

 共に逝かせてくれなかったのかと――……。



 ただでさえ青白いツユの顔色が、より一層悪くなっていく。



「ダメよっ!!」



 カアナは声を張り上げて、ツユをこちらに引き戻した。

 目をぱちくりさせて、視界いっぱいにカアナを捉えて、膝の上に乗ってきたマウロにも気づいて。今度は……大丈夫そうだ。


「無理はキンモツだぞ」

「今日はもう休みましょう、ね?」



 ふたりに言われるがままベッドに横たわれば、睡魔はあっという間にツユを拐っていった。



     ・

     ・

     ・



 寝入ってしまえば、朝まで起きない。

 マウロは影津氏の真似して手首から脈を取った。「せいじょーちだ」なんて、いっちょ前にカッコつけて、徐々に青みが抜けていくツユの顔色に安堵する。



 ――……だから、ツユさんのそばにいるの?



 カアナがした昼間の問いかけに、マウロが出した答えは『NO』だった。

 彼女の状態を知ったのは、出会ってまもなく。

 立ち往生していた時はまだ『今から入院する人』で、


 ――玄関につっ立ってるツユがサクラに見えた。ぜんぜん似てないのにな。


 一度重なってしまった面影を放っておくほど、達観していなかっただけのこと。

 そこに打算はない。

 あるのは、少しでもツユが笑えますようにと思う甲斐甲斐しさと、潔白の証明(こーいうこと)は篠岡義行を使うに限ると目論むふてぶてしさだった。




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