case 5
止まない雨に車で送ってもらうも、マウロはだんまりを決め込んだまま。
鉢合わせさせた義行に腹が立てば、ツユを診るタイミングとしてはベストで、自分との折り合いがついたのは帰宅してからのことだった。
「どーだった?」
ぷすーん、と鼻息荒く問診の様子を尋ねれば、ソファーに座るツユの表情がほろこんだ。
「似てるね、先生とマウロくん」
「ぬ!?」
なにがどうなって、その感想なのか。
世間話をするような人でも、相手の気持ちを汲むようなこともしないのに、だ。
でもマウロが聞きたいのは、そこじゃない。
「じ、字が変に見えることは言ったかッ? 気持ちわるいって!」
「うん。しばらくしたら落ち着くだろうって」
目が覚めて、まだ3日。
この状況下についていくのが精一杯で、知らないところでストレスを感じているやも。が、影津氏の見解だ。
「――精密検査はしないってことでいいのかしら」
温かいココア片手に、カアナも会話に加わった。
「た、ぶん? とくになにも――……」
ありがとうございます、と受け取って、ツユはふーふーっと ひとくち。
「めまいとか、吐き気とかするときがあるから、たぶんしなかったんだぞ」
「それなら、そう言ってほしいんだけど」
「あいつが言うと思うか?」
「言わないわね」
そんな影津氏の、呟いた言葉をふと思い出して『とくになにも言われなかった』ことを打ち消した。
どういう意味なのか、頭の中で単語をかき集めようとすると、刺すような痛みに襲われる。
「ツユ?」
「ツユさんっ?」
「さくい、てき――が、なんとかって……」
できるかぎり伝えて意味を丸投げすれば、一瞬の出来事に。
なんとか無事だったココアをローテーブルに避難させて、「はっきり……言われた、わけじゃ……ないんだ、けど……」と、しどろもどろになりながら言い切る頃には、もう痛くなかった。
「ツユが仏頂面なのはもともとだろッ」
「その『乏しい』じゃなくて、誰かがなにかの目的をもって今のツユさんを作り上げた作為的なんじゃない?」
「おまえも15点だぞ」
「アンタの推測で言うなら、大切だから生きてほしかった、よ。『外の世界に触れさせなければ、白砂病にはならない』なんて、今時の教団でも言わないけど」
「こんなゴジセーだ。ちょっとでも効果があるってなると信じたくなるだろ」
“改名、家族知人との縁切り、世俗をも捨てて、新しい自分に生まれ変わりましょう。そうすれば、白い悪魔から解放されるのです”
そんな文言に惹かれ、行方不明者が続出したのは、2、3年前の話になる。
実際はただの誘い文句なだけで、低賃金の労働や献金を強いる団体がほとんど。運営側も信者も皆、白砂病で散った、というのが結末だ。
ツユもそのひとり――――なのかは分からない。
マウロはツユを作り上げたのは環境だと主張し、カアナは暗に『ケイ』を模している、と。
まだまだ断定するには至らない。
ただ、ツユの中には漠然とした疑問が生まれた。
「……そうまでして生きたい理由が、『わたし』にもあったのかな」
すべてを擲ったその先は、きっと独りだ。
「死ぬのが怖い、じゃダメなの?」
「――誰もいないのに?」
「ツユさん……?」
重なる疑問に、交わる視線…………のはずが、ツユはどこか遠くにいた。
『キミは唯一の――――』
そう説く男も露と消え、積もる雪にひとりを嘆く。
なぜ。
どうして。
共に逝かせてくれなかったのかと――……。
ただでさえ青白いツユの顔色が、より一層悪くなっていく。
「ダメよっ!!」
カアナは声を張り上げて、ツユをこちらに引き戻した。
目をぱちくりさせて、視界いっぱいにカアナを捉えて、膝の上に乗ってきたマウロにも気づいて。今度は……大丈夫そうだ。
「無理はキンモツだぞ」
「今日はもう休みましょう、ね?」
ふたりに言われるがままベッドに横たわれば、睡魔はあっという間にツユを拐っていった。
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寝入ってしまえば、朝まで起きない。
マウロは影津氏の真似して手首から脈を取った。「せいじょーちだ」なんて、いっちょ前にカッコつけて、徐々に青みが抜けていくツユの顔色に安堵する。
――……だから、ツユさんのそばにいるの?
カアナがした昼間の問いかけに、マウロが出した答えは『NO』だった。
彼女の状態を知ったのは、出会ってまもなく。
立ち往生していた時はまだ『今から入院する人』で、
――玄関につっ立ってるツユがサクラに見えた。ぜんぜん似てないのにな。
一度重なってしまった面影を放っておくほど、達観していなかっただけのこと。
そこに打算はない。
あるのは、少しでもツユが笑えますようにと思う甲斐甲斐しさと、潔白の証明は篠岡義行を使うに限ると目論むふてぶてしさだった。




