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Γanthanoid Graffiti  作者: 次野/うずらの


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4/13

case 2



 義行のサポートはツユの身元が分かるまで。

 目覚めて間もないだけで徐々に思い出してくるかもしれないし、時間を要するものかもしれない。



 どちらに転んでも、その後を生きやすくするために日常生活をまず送ろう。


 それが当面のツユの目標となった。



 用意してもらった1LDKの一室は、誰かが住んでいたところをそのまま貸してもらったのではないかと思うくらい。ローテーブルにソファー、隣の部屋には広めのベッドが、キッチンの棚には食器や調理器具など、一通り揃っていた。


「学んだな、ボス」


 マウロ曰く、以前は部屋を提供するだけして、はい生活してください状態だったらしい。

 その功労者とも呼べる人物が2人を訪ねてくる。



「はじめましてー、カアナでーす」



 茶髪ベースで黒と白のメッシュを入れた、右手だけ皮の手袋をしている、ちょっと派手めな女性は義行の秘書でもあった。

 ロングのTシャツに、ゆるっとしたニットのベストを重ねたパンツスタイルで、格好だけ見るとシックなのだが、とにかく美人が際立つ。


「2人だとなにかと不便でしょ? ちょうど今フリーだし」


 飲み物を用意しようと立ち上がるマウロを、自分でするわ、と制す所作まで綺麗だ。


「ケイはすどーと野暮用中やぼよーちゅーだってな」

「えぇ、そうよ」

「でも大丈夫だぞ。今回はごはんくらいだ」

「アンタ、真っ裸で過ごすつもりかしら」


 大きなボストンバッグから、マウロの着替えが出てくる。


「家出するなら計画的になさいよ」

「ケイんちなら持ってくる必要ないだろ」

「だからって義行さんに持ってこさせない。あの人だって、それなりに忙しいんだから」

「ボスはハコイリのツユをむげにするせんせーに味方したんだぞ」と、マウロは一息で言いのけた。

「――ハコイリ……娘のこと?」

「そうだ! ツユは白砂病も、ボクたちのことも知らなかったからな!」

「なるほど? アンタ的には外の世界を知らないまま育ったお嬢様だと」

「それがイヤで家を飛び出したけど、ノッピキなジジョーによって記憶があいまいになったんだッ」


 マウロは自分の推測に胸を張った。


「探偵マウロくんとしては15点ってとこかしら」

「ぬ」

「『のっぴきならない事情』ってのが重要でしょうが」


 ね? とカアナはツユに話を振った。が、ツユはその前からびっくりした様子で、目だけ忙しなく動かしていた。


「……あ、のっ」

「慌てなくていいわ。ゆっくり、教えて?」


 カアナはそう言って、ソファーに腰掛けるツユの隣に失礼した。


「マウロくんが、その、ボクたちのことも知らなかったって……。カアナさん、も?」

「も♪」


 ご名答と言わんばかりの声色だが、ARの特徴である、頭上の耳がカアナにはない。


「耳自体はあるのよ、人と同じとこに。不細工だから隠してあるの」

「カアナはプロトタイプってやつだからな。なかなかのベテランだぞ」


 ボストンバッグをあさりながら、マウロも会話に参加する。


「あら、褒めてくれるなんて珍しいじゃない」

「ボクの大好きなごはん、買ってきてるからなッ」

「アンタはそれじゃなきゃダメなんでしょ」


 ほくほくな顔で抱えている袋は猫のカリカリ。

 ARの食事は動物寄りで、猫がNGなものはネコ型のARももれなくだ。


「カアナがなんでも食べ過ぎなんだぞ」

「猫缶なら、なんでもいいの」


 なら、を強調するカアナは、どうやら本当にARらしい。

 打ち解けやすいように、ちょっとした冗談とばかり思っていたツユは彼女をARとして見た――――ところで、とくになにかが変わるわけでもないが。


 カアナはのぞき込むように、少しだけツユとの距離を詰めた。


「おっきな猫は嫌い?」


 ツユは正直に答えた。


「……よく、分からない」


 好きでも、嫌いでも。

 無関心でもない。


「じゃあ、アタシがいないほうがいい?」


 そんなこと、微塵も思ったことない。

 懸命に首を横に、何度も振る。


「ちょっと意地悪な質問だったわ。でも、ありがと」


「せんせーなみにイジワルだな」と、マウロがぼそり。「あの人と一緒にしないで」と小突いて、カアナは再びツユと向き合った。



「まずは好き嫌いを取り戻しましょ? 少しずつ考えるくせをつけて、あれが好き、これが美味しいって思えるように」




 ――しかし、ことはそれ以前の問題かもしれない。




 買い出しは明日にして、今日の夕食はカアナが持参したレトルトで済ませることに。

 退院してすぐと聞いていたため、おかゆや豆腐、ゼリーなど噛む力が弱まっていても食べられる物を見繕ってきた。


 なんの躊躇いもなく食べてはくれる……のだが、


『ツユ、スプーンはこうやって持ったほうが安定するぞ』

『ちょっとは噛めッ。のど つっかえちゃうだろ!』


 とにかく拙いの一言。


『服は脱いでお風呂に入るんだぞッ』

『シャンプー……は、そっちじゃない! 一緒に使っちゃダメだッ、1回流さないとッ!!』

『カアナ、そのまま出て行った! ツユを拭いてくれッッ!!』


 ツユをベッドに寝かせ、隣に潜り込むマウロはくったくた。


 あっという間に眠ってしまった彼に、ツユはあまりの不甲斐なさを反省する。

 知らないレベルでは済まされない。


 思い出せない、では片付けられないほどに、いろんなことが欠落している、と。



「――アタシたちも最初はそんなもんだったわ」



 暗がりの中、布団をかけなおしに来たカアナは囁いた。


「猫のときには当たり前だったことも、人の形だと変に見えちゃうし。服は着なきゃだし」


 人間と一緒に生活していたからといって、同じことができるのかと言われれば、そうでなくて。


「ツユさんも実はARだったりして」

「――っ!?」

「ふふっ、冗談じょーだん♪」


 でも、胸は軽くなる。


「……あ、ありがと……ございます」


 カアナが首を傾げても、ありがとうなものはありがとう、なのだ。


「お礼を言われるようなことはしてないけど、ツユさんがそう思ったなら、どーいたしまして。また、明日からもよろしく、ね?」



 ゆったりな口調で言い終える頃には、ツユは微睡みの中。こてん、と眠る彼女の横顔はとてもあどけないものだった。




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