case 1.5
世の中、日常、白砂病。
電車に揺られながら聞く話は、比べる『以前』がないツユにとって、どれも新鮮だった。
本州を分断する壁の先には、かつての首都があり、今や見る影もないらしい。
首都圏の崩壊、混乱の最中に発見された白砂病によって、人々の生活は一変どころじゃなくなって。
急激に鈍化する老いに、人としての最期を迎えられなくなった。
ある日突然、なんの前触れもなく散って逝く。
盛り塩のような、小さな砂の山が1つ。
身につけていた衣服ごと、骨すら残らない。
だから、特殊加工されたIDタグが必須というわけだ。が、「えーあーる、の子がしなくていい理由が分からない」と、ツユは自分の言葉で疑問をぶつけた。
「ヒトだけに起こり得ること、だ」
「人、だけ?」
「ボクたちはもともと猫や犬だ」
「えっ!?」
「しーッ」
大きな声でのお喋りはよろしくないんだぞッ、とマウロから声を潜めるよう注意される。
小さなへの字口に、添えられる小さな人差し指。
ぷくっと膨れるほっぺまで、可愛らしい。
「猫……ネコちゃん……」
初めてマウロを目にした時の感覚は間違っていなかったようだ。
けれど、彼らは国――臨時政府には認められていないらしい。
非公式と言えば聞こえは悪いが、白砂病で手一杯の政府がこれ以上の責任を負えないだけで、人々の生活には大いに貢献している。
だからといって無闇に数を増やすつもりはなく――――――旧関西圏の3都市にまたがる、新首都と呼び声高い区域限定で運用されているのだと。
電車を降りると、それを目の当たりにする。
ツユと同じくらいのARが、ちらほら。
たれ耳の子はワンちゃんだろうか。単色の髪の子もいれば、まだらの子だったり。千差万別であっても、獣耳以外は人となんら変わらなかった。
*
〈現在、出国は認められていません〉
〈白砂病は飛沫、接触感染はしませんが、兆候のある方は最寄りの病院へ受診をお願いします〉
〈ヒト以外に白砂病は発症しません。ペットの廃棄は――――〉
物々しい街頭モニターを尻目に、マウロは迷い無く進む。
もちろん、ツユの手をとって。
小さな歩幅はあたりをきょろきょろするツユにはちょうど良く、速くも遅くも、急かされている気持ちにもならなかった。
高層ビルが空を反射する。
どこまでも蒼茫な大通りから少し入ると、今度はモザイク調の遊歩道が広がった。お弁当屋さんや雑貨屋さん、スープだけ売っていたりと、いろんなお店が向かい合っていて。
その中に、1軒。
控えめな看板が内側のノブに引っかけられているお店があった。が、ツユは自分の認識に待ったをかけた。
『貅門y荳ュ』の文字列は他のお店にも。
正面がガラス張りの店内には誰もいない。=まだ開いていないのでは?
けれど、読めるはずのマウロは扉を押していく。
「は、入っていいのっ?」
「ん? 鍵がかかってないから、だれかいるだろ。おーい!」
4人がけのテーブルが1つ、カウンター席が4つ。
向こう正面には壁から生えたような、手すりのない階段が上に延びていて、「マウロか?」と中2階から声がした。
「お客さんだぞ、ボス!」
「あぁ、今降りる」
目鼻立ちのくっきりした、ミディアムヘアの男性が階段を下りてくる。
Yシャツにスラックスときっちりめの格好で、ツユより年を重ねているように見えるが、やはり若い。
第2ボタンまで開けた胸元には小瓶のペンダントが揺れていた。
「立ち話もなんだ、かけてくれ」
テーブル席に座るツユの横で、マウロは手際よくお冷やを用意する。
「ボスをたよれって、うちを追い出されたらしいぞ」
ここに来た事情まで説明してくれて、同時に彼が“篠岡義行”なのだと。
「なかなかのハコイリでな、ARも白砂病も知らなくて、ムイチモン!」
「そういうところ気遣えないの、元貴さんらしいよ」
「なあ、ケイは?」
「卯月と泊まりがけで出かけてる」
続く会話に、知らない人物。
とりあえずツユの『義行を訪ねる』は達成できたので、聞くことに徹する。
マウロの目的は、ここの『ケイさん』に用があるみたいだ。
「泊まりがけ? ケイが?」
「話せば長くなるんだが」
「やぼよーってことにしてやるよ」
「わるいな」
「貸し1な!」と、謎の恩を売って、マウロは本題に写った。
「とーぶん、ツユんとこにいるから」
「なんだってっ!?」
「ちょーどいいだろ? せーかつりょく皆無のツユにボクがいればオンノジまちがいなし!」
マウロの提案に驚きこそしたが、彼の言い分はごもっともだ。
「……元貴さんと喧嘩でもしたのか?」
そう問う義行に、マウロは鼻息荒く「まあな」と。
「リンジイドーの連絡、よろしくな」
「そのことなんだが。彼女はちょっと、な」
「相性なら悪くないぞ! な、ツユ!」
「う、ん」と頷いてみせるものの、よく分からない。
義行もどこから説明しようか、頭を抱えていた。
「とりあえず、マウロ」
「なんだ」
「書類上では俺のところであずかっていることにする。彼女は――――『マミヤツユ』さんは仮の存在なんだ」
「かり? ツユはツユじゃないってことか?」
「そうだよ」
義行はマウロからツユに視線を移した。
「キミを保護したとき、なにも持っていなかったんだ。IDタグも、なぜそこにいたのかも。心当たりは、ある?」
ツユは首を横に振る。
心当たりどころか、なにも。
そことは、どこなのか。
名前すら、マミヤツユでもないらしい。
これのどこが――……
「いたって問題なくないぞ!」
隣に座っていたマウロが、自分のことのように憤慨する。
「あいつ、ほんっとイジワルだなッ。こんな状態のツユをほっぽり出すなんて、ジョシュとしてどーかと思うぞッ!!」
「まあまあ。身体的には問題ないってことなんだろう」
喧嘩の要因は別にあるようだが、義行は今、ツユについて話を進めていきたかった。
目元こそ動くものの、ツユの口は閉じたまま。
表情も、感情さえも乏しく見えていた。
ぷくーっと頬を膨らませるマウロとは正反対で、
「ツユ、遠慮することないぞッ。あいつのカタモチなら、とことん世話になってやろう!!」
着地こそ上手くいく。
「そういうことだからマウロ共々よろしくね、ツユさん」
「は、はいっ……」
多少の語弊はあるが、彼女の身の回りを義行がサポートすることに抵抗感さえなければ、なんでも良かった。




