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Γanthanoid Graffiti  作者: 次野/うずらの


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3/13

case 1.5



 世の中、日常、白砂病。

 電車に揺られながら聞く話は、比べる『以前』がないツユにとって、どれも新鮮だった。


 本州を分断する壁の先には、かつての首都があり、今や見る影もないらしい。

 首都圏の崩壊、混乱の最中に発見された白砂病によって、人々の生活は一変どころじゃなくなって。

 急激に鈍化する老いに、人としての最期を迎えられなくなった。


 ある日突然、なんの前触れもなく散って逝く。

 盛り塩のような、小さな砂の山が1つ。

 身につけていた衣服ごと、骨すら残らない。


 だから、特殊加工されたIDタグが必須というわけだ。が、「えーあーる、の子がしなくていい理由が分からない」と、ツユは自分の言葉で疑問をぶつけた。


「ヒトだけに起こり得ること、だ」

「人、だけ?」

「ボクたちはもともと猫や犬だ」

「えっ!?」

「しーッ」


 大きな声でのお喋りはよろしくないんだぞッ、とマウロから声を潜めるよう注意される。


 小さなへの字口に、添えられる小さな人差し指。

 ぷくっと膨れるほっぺまで、可愛らしい。


「猫……ネコちゃん……」


 初めてマウロを目にした時の感覚は間違っていなかったようだ。


 けれど、彼らは国――臨時政府には認められていないらしい。

 非公式と言えば聞こえは悪いが、白砂病で手一杯の政府がこれ以上の責任を負えないだけで、人々の生活には大いに貢献している。

 だからといって無闇に数を増やすつもりはなく――――――旧関西圏の3都市にまたがる、新首都と呼び声高い区域限定で運用されているのだと。


 電車を降りると、それを目の当たりにする。


 ツユと同じくらいのARが、ちらほら。

 たれ耳の子はワンちゃんだろうか。単色の髪の子もいれば、まだらの子だったり。千差万別であっても、獣耳けもみみ以外は人となんら変わらなかった。




     *




〈現在、出国は認められていません〉

〈白砂病は飛沫、接触感染はしませんが、兆候のある方は最寄りの病院へ受診をお願いします〉

〈ヒト以外に白砂病は発症しません。ペットの廃棄は――――〉



 物々しい街頭モニターを尻目に、マウロは迷い無く進む。

 もちろん、ツユの手をとって。


 小さな歩幅はあたりをきょろきょろするツユにはちょうど良く、速くも遅くも、急かされている気持ちにもならなかった。


 高層ビルが空を反射する。


 どこまでも蒼茫な大通りから少し入ると、今度はモザイク調の遊歩道が広がった。お弁当屋さんや雑貨屋さん、スープだけ売っていたりと、いろんなお店が向かい合っていて。

 その中に、1軒。

 控えめな看板が内側のノブに引っかけられているお店があった。が、ツユは自分の認識に待ったをかけた。


『貅門y荳ュ』の文字列は他のお店にも。


 正面がガラス張りの店内には誰もいない。=まだ開いていないのでは?

 けれど、読めるはずのマウロは扉を押していく。


「は、入っていいのっ?」

「ん? 鍵がかかってないから、だれかいるだろ。おーい!」


 4人がけのテーブルが1つ、カウンター席が4つ。

 向こう正面には壁から生えたような、手すりのない階段が上に延びていて、「マウロか?」と中2階から声がした。


「お客さんだぞ、ボス!」

「あぁ、今降りる」


 目鼻立ちのくっきりした、ミディアムヘアの男性が階段を下りてくる。

 Yシャツにスラックスときっちりめの格好で、ツユより年を重ねているように見えるが、やはり若い。

 第2ボタンまで開けた胸元には小瓶のペンダントが揺れていた。


「立ち話もなんだ、かけてくれ」


 テーブル席に座るツユの横で、マウロは手際よくお冷やを用意する。


「ボスをたよれって、うちを追い出されたらしいぞ」


 ここに来た事情まで説明してくれて、同時に彼が“篠岡しのおか義行よしゆき”なのだと。


「なかなかのハコイリでな、ARも白砂病も知らなくて、ムイチモン!」

「そういうところ気遣えないの、元貴もときさんらしいよ」

「なあ、ケイは?」

卯月うづきと泊まりがけで出かけてる」


 続く会話に、知らない人物。

 とりあえずツユの『義行を訪ねる』は達成できたので、聞くことに徹する。


 マウロの目的は、ここの『ケイさん』に用があるみたいだ。


「泊まりがけ? ケイが?」

「話せば長くなるんだが」

「やぼよーってことにしてやるよ」

「わるいな」


「貸し1な!」と、謎の恩を売って、マウロは本題に写った。


「とーぶん、ツユんとこにいるから」

「なんだってっ!?」

「ちょーどいいだろ? せーかつりょく皆無のツユにボクがいればオンノジまちがいなし!」


 マウロの提案に驚きこそしたが、彼の言い分はごもっともだ。


「……元貴さんと喧嘩でもしたのか?」


 そう問う義行に、マウロは鼻息荒く「まあな」と。


「リンジイドーの連絡、よろしくな」

「そのことなんだが。彼女はちょっと、な」

相性あいしょーなら悪くないぞ! な、ツユ!」


「う、ん」と頷いてみせるものの、よく分からない。

 義行もどこから説明しようか、頭を抱えていた。


「とりあえず、マウロ」

「なんだ」

「書類上では俺のところであずかっていることにする。彼女は――――『マミヤツユ』さんは仮の存在なんだ」

「かり? ツユはツユじゃないってことか?」

「そうだよ」


 義行はマウロからツユに視線を移した。


「キミを保護したとき、なにも持っていなかったんだ。IDタグも、なぜそこにいたのかも。心当たりは、ある?」


 ツユは首を横に振る。

 心当たりどころか、なにも。

 そことは、どこなのか。

 名前すら、マミヤツユでもないらしい。


 これのどこが――……


「いたって問題なくないぞ!」


 隣に座っていたマウロが、自分のことのように憤慨する。


「あいつ、ほんっとイジワルだなッ。こんな状態じょーたいのツユをほっぽり出すなんて、ジョシュとしてどーかと思うぞッ!!」


「まあまあ。身体的には問題ないってことなんだろう」


 喧嘩の要因は別にあるようだが、義行は今、ツユについて話を進めていきたかった。

 目元こそ動くものの、ツユの口は閉じたまま。

 表情も、感情さえも乏しく見えていた。


 ぷくーっと頬を膨らませるマウロとは正反対で、


「ツユ、遠慮することないぞッ。あいつのカタモチなら、とことん世話になってやろう!!」


 着地こそ上手くいく。


「そういうことだからマウロ共々よろしくね、ツユさん」

「は、はいっ……」


 多少の語弊はあるが、彼女の身の回りを義行がサポートすることに抵抗感さえなければ、なんでも良かった。



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