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Γanthanoid Graffiti  作者: 次野/うずらの


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18/19

case 14



 調べ尽くした零〈ゼロ〉の施設に、もう用はない。

 影津氏の関与も、ツユの詳細も。彼女自身も見当たらない。


 難解な字が読めない彼女に誘い込みは通じなかった。

 もしかしたら自力でFOCUSに戻っているかも――――と来た道を戻ろうとしたときだった。



 燃えカスが沸き立てば、スライドした部屋の壁から最奥の間が現れた。

 独房よりも広い、真っ白な小部屋だった。



「ツユ!」



 部屋の中央でぺたんと座る彼女は、マウロの呼び声に振り向いた。


「……ここが、私の部屋だった、みたい」


 ツユが夢に視た、あの食器も近くに転がっている。


「思い出した、のか?」


 彼女は首を横に振る。


「なんにもっ……」



 藤堂と同じように残滓に触れても、記憶は戻ってこなかった。



『三浦さんは?』

『キングのところだ。新しい施術を試してるらしい』

『また、ですか』

『おい』

『キングって、意識不明の末期患者なんですよね。やりたい放題じゃないですか、実際』



 スタッフルームの会話に、無慈悲な実験を繰り返す彼の存在を知る。



『今週に入ってもう3人目ですよ。一度、昏睡状態に戻した方が……』

『薬待ちだ。今のは危険すぎて使えない』

『待てませんよ!! 俺たちの薬でもあるんですよっ!?』

『落ち着け。現実を視ろ』

『……っ』



 狼狽えた研究員が砂を吐く様に、先輩の研究員は冷ややかに言った。



『これで分かっただろ、三浦の言ってたことが。おまえがちゃんと報告してたら弟はまだ生きてたんだぞ』



 集団心理でとち狂ってるのか、陶酔しているのか。

 “三浦”に絶大な信頼を寄せている研究員たちがいて。



 ――いいのかい? 氏のレポートも、彼女の日記も非常に抽象的だ。

 ――効果がなければ他にやらなければいいだろ。



 ツユがいた小部屋を覗く2つの影は、藤堂が視たものとは違っていた。焦げてもいないし、燃えカスも散乱しておらず、心なしか若い気がした。



『意識がないからって、なにをしてもいいことにはならないんだよ』

『身内だったらいいのか? このご時世に』

『三浦くん』

『……アンタが施術する理由は? 頼まれてるからか? 人の腹開くのが好きなのか?』



 そう問うだけ問うて、彼がツユとの関係を語ることはなかった。



 夢を介して視る願望は、まるで現実だ。

 その境が曖昧になったとき、人は白砂に飲まれてしまう。

 わたしの論文を読んだ教授たちが次々と散っていっても、認めてもらえなかった。

 夢は人だけが視るものではないから。

 そことの整合性がとれず、けれど散る事実に、卒業だけはさせてもらえて。

 塞ぎ込む日々に夢を視た。

 学生の頃に戻った気分だった。

 ひとときの思い出に浸った代償は分かってる。

 次、■■と逢ったときに――――



 一部塗りつぶしてある日記も、三浦以外の人間がここに入ったのも、それっきり。

 ずっとひとりでツユの監視をしていた。


 ツユの意識がないときに あのぶよぶよした食事を持ってきたり、タオルケットを掛けたり。

 死んだように眠るツユの頬に触れることもあった。



 起こさないように、そっと。

 彼女の輪郭に合わせて、手のひら全体で。



 即物的な冷たさは感じない。

 不機嫌な顔が和らぐその一瞬は、彼女にだけ見せる特別なもの。

 幻影からでも伝わるやわらかな雰囲気に、自ずと知る。



 大切に想われていたことを。



 形を保っているのがやっとだったツユが、1度症状がおさまるまでに回復するには、何度も負荷をかける必要があった。

 自我が芽生えないように、なにも考えなくていいように。

 徹底的に抹消した彼は、未だ知らない人。

 けれど、涙が止まらなかった。



「忘れたくない、こと……だったっ……」



 おまえの研究をこんな風に使った俺を許してくれ。

 これからなにも知らず生きていく上で、きっと足枷になる。

 これは俺のエゴなんだ。

 おまえだけは生きてほしいと思った、俺の非人道的な人体実験の犠牲者であってくれ。



 彼の残した走り書きと共に、ツユも砂に還っていく。



 探しようのない過去を願った代償であっても、後悔なんてなかった。

 彼を知らないで散っていくことのほうがよっぽどだった。



 ただ、付き合ってくれたマウロや皆に、ありがとうを言えないのが気がかりで。でも、凛々しい顔つきで送り出してくれるマウロに最期まで甘えることにした。



 ――ここに置いていってほしい、と。



 少量の砂と、焦げ付いたIDタグだけが部屋に残される。


 三浦のものか、ツユの本当の名前が刻まれているのか。

 全く判別のできない代物が故人の証明にならないことを教えた覚えはないけれど、それが彼女の遺志ならば。


 ひとり佇むマウロは踵を返した。


 その瞳に涙を溜め、気丈に振る舞う小さなARは、義行の代わりに迎えにきた影津氏の懐におもいっきり飛び込み、鼻水をぬたくりつけて故人を偲ぶことしかできなかった。



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