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Γanthanoid Graffiti  作者: 次野/うずらの


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17/19

case 13 続々・探偵マウロ



「おっちゃん、抱っこ!」



 さきほどのやりとりに意味はあったのか。

 結局おっちゃん呼ばわりされる藤堂は、マウロを抱きかかえた。


 上の階と違って、地下2階は独房のみ。


 持っているカードキーでは開かず、モニタールームも小瓶の部屋もなく。扉にある小さな窓から中を確認しながら、下り階段を目指した。


「なんも……ない、な」


 縦線2本付きそうなくらい顔を押し当てても、真っ白な部屋は盛り砂があるかないか。

 ツユの部屋だったのかも分からない。


「彼女が潜入捜査官というのは信じていないのだな」

「ん?」

「彼女も、影津氏に薬を作ってもらいたい内のひとり。私の協力者だった、とは思わないのかね」


 藤堂の問いかけに、マウロは振り返った。


「なんか、ぽくない」


 根拠はない。

『手を上げて! ケーサツよ!』と、勇ましいツユが想像できないだけの、完全な憶測だ。


「あと、おっちゃんがツユとコイナカってのもないな」

「ほう?」


 テンポよく横移動しながら、


「親子ならすぐ身元がわかるだろうし」


 藤堂は首だけを反らして、後ろの部屋を確認する。


「ツユが好きなのはシバみたいなやつだからな」


 代わり映えのしない、


「あの犬の彼か」


 部屋模様を視界に収めて、降ろした藤堂に指をさした。


「よって、ツユとの関係性はなし! ここに入りたかったためのコージツだッ」


 100点満点、とマウロは自画自賛する。


「見ていないようで見ているのだな」

「コイナカって言えばエンカツなのに、とーどーのおっちゃんにも ちまなこ になる大切な人、いるんだろうなって」


 下り階段へ歩き出す、小さな背は語る。

 譲れない部分があったこと。

 なにふり構っていられなかったこと。


「ボクはご主人の手がかりを求めてスオウに行った。まだ生きてるんだって、いろんなやつを利用して、かすかなカノウセイにかけるくらいヒッシだった」


 藤堂の振る舞いは、かつての自分だ。


「……ちまなこ、だったな」


 彼もまたそれを認めて、過去を打ち明けた。


「キミの先生にどうしても治療してもらいたくてね。刑事という立場もわきまえずにヤブ医者だと罵って……。それでも、彼は首を縦には振らず、妻は散っていったよ。呆気なかった。呆気ない、死に様だった――」


 散るのが怖いと泣く彼女が、瞬く間に白砂に変わる。

 少量の砂が指の間をすり抜けて、それを彼女と思うにはあまりにも無機物すぎて。


 追いつかない喪失感と自分の無力さ。

 そして世の中の不変さに、当時の藤堂は荒れに荒れたのだ。


「こんな思いをさせまいと、私は今日まで彼を追い回している。誰にも頼まれていないのに……ジャーナリストとしても失格さ」


 いざ口にしてみると、数十年無視していた虚しさが大きくなって、藤堂の足が止まる。

 なにをしたって、妻はもう戻ってこないのだ、と。


「よくはないが、よかった!」

「んん?」


 止まりかけたままにしておけば、影津氏の件をうやむやにできるというのに。

 どこまでも真っ直ぐなマウロは、何度も藤堂の手を引っ張った。


「おっちゃんがココの関係者じゃなくて! ほんとはツユを連れ戻しに来たやつなんじゃないかって。なきにしも、だろ!」


 影津氏のレポートが絶対ないことの、自信の表れなのか。

 マウロにとってそこさえ明確であれば、ヤブ医者呼ばわりの根源であろうが、なんの問題もなかった。


「だって、ツユは1度治ってる。事情を知るヤツならほっとかない!」

「仮にそうだとしても、ああして永らえたところで生きてるとは言わんだろう」



 ――キミとの思い出は私が覚えておく。

 ――だからキミはなにも知らずに、ただ生きてさえくれれば。



 最初はそう思うかもしれない。

 無情に散って逝くよりも、ただ生きてほしい、と。

 理解できなくもない。


 しかし、次第に欲が出てくるのが人間の性だ。


【また自分を好きになってもらいたい】

【次、症状が出るまではこのまま……】


 でも、それでは生きられない。


 ここの施術は治療ではなく緩和でしかない。その理想と現実の歪みが、スタッフを飲み込んでいったのだろう。



 1段下るごとに足跡がくっきりしてくる。



 全フロアで1番白砂にまみれていたのは、地下3階だった。



 ハザードのシンボルがでかでかと貼られた扉が奥に鎮座し、両脇にいる部屋たちが膝をつく。

 圧迫感、威圧感、不穏まで煽るこのフロアがスタッフの居住エリアだと分かったのは、カードキーで入れる場所が限られていたからだ。

 デスクとベッドくらいしかないが、プライベートは完備――――といったところか。パソコンはない。

 本が数冊と革張りの手帳は、カードキーの持ち主の所有物だろう。

 まめな性格だったのか、やることがなかったのか。

 マウロは椅子によじ登り、手帳を手に取った。


 スタッフに白砂病の症状が出始め、地下にこもるようになってからのことが書かれている。


『ジェルの味にも慣れた』

『誰ひとり逃げ出さないことに覚悟を感じる。もしくは今さら後に引けないだけか』

『三浦は願望さえなくなれば白砂にならないと、あの手この手で記憶や思考を消しているが、あの子はまだ生きているのだろうか』

『私もついに末期のようだ。「散ったはずの穂乃花ほのかの声がする」と――――また藤堂にだけ姿を視せてきた。



「独り言が増えたな」



 今度は、はっきりと。手帳の主もまた白衣を身につけており、髪も真っ白だ。文面よりも柔らかな声色で囁けば、流れるように砂を吐き出した。


「……あの扉が開くの先か、私が散るのが先か」


 ハザードの扉がある方向を見つめ、「いらんおせっかいだな」と自嘲したところで手帳は終わる。


 手帳の主も部屋を出ていき、彼に合わせて扉が開くものだから、マウロはとくに驚いた。が、一番は音。ほぼ沈黙だったこれまでと違って、雑音が施設から溢れてくる。


 ハザードの扉まで開いており、その奥から焦げ臭さを伴って水がさざめいていた。



 これまでとは打って変わっての、白砂のない廊下はここだけ見れば聖域のよう。

 部屋は左右にあり、扉のない右側が音の出どころで、焦げた大きなサーバーをスプリンクラーが今も消火し続けていた。



 それに紛れて、ジジッ……とショートする音が。

 左の部屋からだった。

 叩き壊されたパソコンの前に、白衣の男が立っている。


 手帳の主、ではない。


 不機嫌です、と顔に書いてあるような、藤堂からすれば青二才なスタッフだったが、場所が場所だけに彼が噂の『三浦』なのだろう。

 入ってきた2人を物ともしないで、スマホ片手にどこかに連絡をしていた。


「――旧アリア協会に人が倒れている」


 そう伝えるとスマホを床に叩きつけて、2人に背を向けた。肩を震わせながらキーボードを投げ捨てれば、黒いチリがあたりに舞った。


 藤堂にまさかが過る。

 三浦の手には、1枚のレポート用紙とライターが。


 止める間もなくつけられた火に、藤堂は膝から崩れ落ちた。


「……確かに。あぁ確かに」

「ん?」


 壁を背に天を仰いで、不敵に笑った。


「夢にまで視た所在は忠実だった。忠実に……焼却されたところまで……。これでは、あったことには……」

「おっちゃん! しっかりしろッ!!」

「キミの勝ちだ、マウロくん」

「おっちゃん!!」


 まったく視えないマウロには、ただ火事があった後。

 勝手に憂いて、散っていった藤堂に、最期まで理解が追いつかなかった。


 これで影津氏を脅迫する人間はいなくなった…………が、両手を上げて喜ぶには至らない。

 濃い時間を共にした。

 弔うにも、彼は不要だと言わんばかりにIDタグを身につけておらず、マウロは手を合わせることしかできなかった。



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