case 12.5 続・探偵マウロ
配給室を出て、次は正面。
下り階段の横にある部屋を調べにかかれば、壁一面にずらりと並ぶ、小瓶、小瓶、小瓶。
白砂はあったりなかったりだが、IDタグは全部に入っている。
『PaWN』や『BisHOP』など、大文字小文字が入り交じったチェスの配役がコルクの蓋に彫られていた。
「――1年間の保管後、処分あるいは遺族に郵送、か」
小さな作業台に置かれた書類はマニュアルで、男の探し求めているものではなく。
もう1つの部屋もハズレだった。
こっちはモニタールームとなっており、経過観察をまとめたレポートが、書きかけ含めて大量にあっただけ。配給室や小瓶の部屋よりも広く、盛り砂も目に見えて多かった。
「『末期患者を昏睡状態にさせたのち、臓器交換、記憶の抹消の処置が一番有効、と。先駆けたケイには本当に頭が上がらない』」
「ケイ!?」
「アルファベットの大文字でKとある。前の部屋から考えればキングとでも言うべきか」
「つ……つづき!!」
「ああ――――『記憶の抹消、思考の停止、等。海馬に負荷をかければかけるほど生存率は上がるが、完治には至らない』」
男は手当たり次第、レポートを読み上げた。
『食事は決められた時間に3食。
なんの抵抗もなく口に運び、あとは1日中、壁に映写された窓を見ているだけ。
観察する側の気ばかりが滅入るが、なにかしようものなら砂を吐く。
この状態では親族に返せない』
『夢さえ視なければいい。
記憶の抹消だけに留めることはできないものか』
『Qから昇華者が出た。
施術に施術を重ねたクラスが次々に散っていく』
『再発する被験者が増え、スタッフにも白砂の兆候有り。
睡眠導入剤によってノンレムの我々が夢を視るはずがない。
まさか別の薬が混入したのか』
『大半が散った。
被験者もスタッフも。
誰もいない部屋から声がする』
『なんで恭也が。いや、私がギリギリで連れてき――――独白に近い内容に、男は思い当たる節しかなかった。
――今週に入って、もう3人目ですよ。
部屋の外から聞こえる声は幻聴か。
「一度、昏睡状態に戻した方が……」
「薬待ちだ。今のは危険すぎて使えない」
廊下に出た男は、こちらに向かって歩いてくる白衣姿の2人組を視認する。が、すでに消えかかっている彼らに銃を向けることはしなかった。
ゆくゆくは同じ末路をたどる。
幻覚かそうでないかの判別が曖昧になればなるほど見舞われる吐き気に、男も喉元を押さえた。
「おっちゃん!」
マウロからしてみれば、ただの挙動不審――――レポートを読み進めていたかと思えば、いきなり廊下に飛び出して、遠くを眺めて、悶え苦しんで。
「問題ない……」と、返す男は上の空。
彼が視ているものを共有することができなくても、このままではまずいことをマウロは知っている。
男の冷たい手を握って、移動を促した。
階段を下れば、踏み外さないよう意識がそこに向く。
「気をつけろよ」
二重の意味で。
「禁止区域でそうなると、ボクだってむずむずしたからなッ」
吸収されていく音に自分の鼓動がやけに聞こえて、手のひらから白砂が溢れ出す――――そんな感覚に陥りそうになったのは、マウロだけの秘密だ。
「……キミは」
「キミじゃない、マウロだ」
おっちゃんは? と、今さら問うが、2人の関係は利害が一致した者同士――現在進行形だ。
馴れ合いなど不要だと分かっていても塩ばかり送るマウロに、男は「藤堂だ」と名乗った。




