case 12 続・探偵マウロ
外観とは裏腹に、埃っぽさはなかった。
入ってすぐの礼拝堂にはベンチが並べられ、祭壇に十字架はない。かわりに、片腕と頭のない天使を模した偶像が高々と置かれ、地下につながっているであろう階段が丸見えだった。
「引き返すなら今だ」
「ひきかえさない。きっとツユが中にいる」
白砂散らばる階段に、うっすらと足跡があった。
「ツユー!!」と階段を下りながら彼女を呼ぶが、声が吸収され響かず。下りれば下りるほど静けさが際立ち、足音まで立たなくなってくる。
「――禁止区域みたいだ」
ぼそりと呟くマウロは いつになく真剣で。
「その口振りだと、行ったことがあるんだな」
「まあな」
「…………だから、思わないのか」
「ん?」
「禁止区域の惨状を見たのなら、薬などあったところでとな」
「もっとわかりやすく言ってくれ。よく分からない」
「キミは影津氏に、治療薬の開発に参加してもらいたくはないのかね。彼なら――」
「できないから しないんじゃないのか? それか、患者さん ゆーせんとかな」
マウロにも影津氏の真意は分からない。
けれど、怠慢でないことだけは はっきり言える。
「あいつなりに白砂病のこと勉強してるし、できるならやってる、とボクは思う」
そうして階段を下りれば、病院のロビーのような空間に出た。
電力は生きている。
照らされた床に無数の足跡が。一番形がはっきりしているものは、自分たちより半歩前。
そして右に――――『STAFF ONLY』の扉に入っていったようだが、開いてはくれない。
「ツユ、いるのか!! ボクだぞ、開けてくれ!! あ、おっちゃんもいるぞッ!!」
「……それで開けてくれるとは思わないが」
「おっちゃん、はっきんぐ、できないのかッ?」
「無茶を言うな。壊そうものなら一生開かなくなる」
カードリーダーにイスを投げつけようとしていたマウロの手が止まった。
扉がダメなら、診療室になにかあるかもしれない。
①、②、③、と。
施錠はされておらず、どの部屋もデスクとパソコン、簡易ベッドがあるだけで、よくある病院の診療室だった。カーテンで仕切られた先には手術台があって、3部屋ともここに繋がっている。
カルテはすべて電子で管理しているようだが、システム自体が破損して閲覧不可とのこと。
男が診療室を物色している傍ら、マウロは一足先にカーテンの先へ足を踏み入れた。
結晶化した内臓を取り出したり、移植するための設備だろうか。
立派な手術室だった。
「点滴バックも多いな……ん? さい……? これ眠くなるやつだよな」
豊富な薬品も揃っている。
「こっちは痛み止め……いや、ちがうな。なんだこれ」
マウロに馴染みがなくても、男は職業柄よく知るものだった。
「――ずっと起きているための薬、だろう」
しかし、脳を休ませない代償は白砂病よりも悲惨だ。そうまでして逃れたかった足掻きが、他の施設と変わらない全員昇華なんて皮肉なものだった。
診療室には戻らず、手術室から出られる廊下を見つける。
その先は『STAFF ONNY』の扉、再び。
カードリーダーはなく、こちらからは自由に出入りができるようで、
「三浦さんは」
「キングのところだ」
中から聞こえた話し声に、男は銃をかまえた。
「おいッ!!」と、マウロは声を荒らげるが……。
ロビーを監視するモニター兼、休憩室のような部屋には、誰もいなかった。
ロッカーや大きなテーブルなど、全体的にとっ散らかっていて、白砂もちらほら。
男は部屋を物色する。が、身につけていた衣類なども一緒に散るため、IDカードの類いも見当たらなかった。
ロビーに出られる側の扉は、こちらからだとすんなり開き、これで一通り見て回ったことに「あ痛ッ!?」――ならない、ようだ。
足跡をたどっていたマウロは、ごちんと壁にぶち当たった。
壁に半分飲み込まれた足跡と、縦長に掛けられているホワイトボードが不自然で。おもむろに押すマウロに、男も手を貸した。
「ちょっと動いたぞッ」
「んっ」
「もっと本気で押せよなッ」
「キミもな……!!」
「ボクが本気で押したところでビビだぞッ!!」
そうして動いた壁、もとい隠し扉の先にはさらなる奥に続く廊下が――――まっすぐ延びているわけではなく、すぐ左折を強いて、直進か右に。
手術室からでもこの廊下に出られるようで、施術した人間を右に曲がった先に安置するのだろう。
男とマウロが横並びになっても、まだまだ余裕のある廊下なのに、どこか窮屈に感じるのは安置する部屋のせいだった。
独房のような小部屋とカプセルホテルよりも狭い、人ひとりが横たわれる空間が廊下を挟み込んでいて、盛り塩ならぬ盛り砂が所構わず点在して。
「ここも開かないな」と男は独房を。
「こっちもだ」とマウロは小さな空間の扉を、がちゃがちゃと開け閉め。
こちらは透明な扉になっており、中の様子がよく見えた。
ふかふかな四方とコードがたくさん。上部にはカメラがあって、目視できる情報はこれだけで。
2人は奥へと進んだ。
下り階段と部屋が3つ。
どの扉もスチール製で、突き当たりと、左手前の階段横の部屋にはカードリーダーが。
右の部屋にはそれがなく、中がどんな風になっているのか――――おそるおそる近づいたマウロに自動ドアが反応する。
と、同時に卓上の機械が起動音を発した。
形の崩れていない盛り砂が1つ確認できるだけで、男の腰のあたりまである台は、マウロにとって見えづらいものだった。
「おっちゃん、抱っこ!」
視界が開けば、コーヒーメーカーのような機械のそばに置かれたトレーに、スプーンとIDカードが転がっていた。
「やったな!」と気を取られていると、隣の機械が水色のぶよぶよした、なにかを生成し始め、マウロは手を引っ込めた。
あらかじめセットされていたボウルにとぐろを巻くが、最後はひとつにまとまるくらい、柔らかいものとなる。
男はIDカードをマウロに、渡した手でスプーンを掴み、ぶよぶよをすくって見せた。
見た目よりも粘度はなく、さくっと千切れて、無臭だった。
「……た、食べ物、なのか?」
「おそらく」
被験者だけでなく、スタッフも、これ。
白砂病に効く成分でも入っているのだろうか。
仕方なく食べているのか、そうでないのか。
教団の全貌はまだまだ見えてこなかった。




