case 10.5
公園に着いたのは、お昼過ぎ。
さすがのツユもへとへとだった。
「カアナさんとマウロくんもっ……通行止めに巻き込まれてる、んでしょうかっ……」
「たぶんな」
「わ、たしっ……飲み物、買ってき、ますっ……」
「俺が行く。アンタは休んでな」
「で、でもっ」
「別に順番じゃなくてもいいだろ」
ぜーぜー言いながら、ツユは頑なに自分が行く、と。タイチを使いっぱしりにさせたくない、らしい。
律儀なのか、意固地なのか。
端々にツユの本質を感じつつ、タイチは1つの提案をした。
「息が整わないまま行かれたんじゃあ、気が気じゃねえ。俺に抱えられろ。それならいい」
「……タイチさんに、抱えられる?」
「仰向けな」
幾ばくかの羞恥心に賭けて、「それじゃあタイチさんが休まらないです」と斜め上の返答をもらうが、勝ちは勝ち。
大人しくベンチで待つツユのために、公園内の自動販売機でシンプルなスポーツ飲料を購入する。
その僅かな合間に、ツユはうとうと。
タイチが戻ってきても起きず、本人が思っている以上に消耗していた。
カアナたちが来るまで寝かせてやるのが吉。
タイチはその間、ツユの脈を取ったり、顔色のチェックを。世間体の管理局でやっていることがツユにも通用するかは分からないが、目立った変化はとくになし。
じんわり、汗を掻いてくる。
顔面に垂れた髪がツユの頬に張り付いて、タイチはそれをそっとすくった。
「―― 、 」
なにか呟くツユはまだ夢の中。
ARの聴力を以てしても聞き取れず、距離を詰めて耳をすましているところに、カアナとマウロがやってきた。
「ウワキだー!!」
「……うるせえ」
マウロの声に、ツユも目が覚めた。
「どこがどう『ウワキ』なのか、説明できんのか。ニュアンスだけで叫ぶにも、もっと言葉を選べ、チビすけ」
「ツユにちゅーしようとしてた!」
「してねえ」
「みすい!」
「しようとも、したいとも思ってねえ」
マウロとカアナが到着していることに気づいて、ツユはうたた寝していたと自覚する。加えて、寝落ちした体は脱水しており、猛烈なめまいを引き起こさせた。
「――今日はもうおしまいにしましょ?」
タイチから飲み物を貰い、地図で ぱたぱたとマウロに扇がれるツユの顔色は徐々に良くなってくる。
けれど、カアナはこれ以上を勧めない。
波のある嘔吐とその量に予測が立てづらく、動ける内にというのが、ツユの頭の中にあるのかもしれないが、1日ですべて回れる件数ではないのだ。
ARの管理局がある地区は電車に乗って2駅先。
このあたりだって、まだ半分くらいだった。
「あの男と逢うのを留まってくれたツユさんを置いて、勝手に探したりしないわ」
そう念押すと、タイチも口を開いた。
「明日のほうが探しやすいっつーか、歩きやすいかもな」
彼は工事の多さにうんざりしていた。
「お! 明日も手伝ってくれるってことだなッ」
「あ?」
「あら、タイチが自分から手をあげてくれるなんて、明日は雨かしら」
「縁起でもねえ」
「じゃあ、明日のためのエーキだな! お腹すいたッ!!」
マウロはツユを引っ張って、タイチもため息をつきながら後に続こうとした、その時だった。
「キミたち、ちょっといいかな」
白衣であったり、看護師であったり。ヒトの病院と変わらない格好をしたARの管理局員が数人。
それだけならまだしも、例の男まで連れてやってきた。
「ARが単独行動をしていると連絡を受けてね」
「あ?」
タイチが素であることに、局員たちは驚愕した。
「とっととにかくっっ……いいっちど、かかか管理局に!!」
単独行動以前の問題になってくる。
「ツユさんを送り届けてからなら、いくらでも応じるわ」
カアナは大人しく従う姿勢を見せるが、「心配には及ばない」と、願ったり叶ったりの状況下に男も黙っていなかった。
「彼女は私が責任をもって連れて行く」
だから、キミたちは安心して管理局に戻ってくれたまえ――――そんな顔して、ツユに近づいた。
せっかくの英断が、また危ない橋を渡ろうと唆してくる。
しかし、ここでカアナたちが抵抗すれば、それこそ男の思う壺だ。
マウロもそれを分かって、ツユの手を離した。
「――よく調べもしないで戻れっつったこと、後悔すんなよ」
そう唸ったタイチは、ペン型の麻酔を自分の頸動脈に打ち込んだ。
動けない最大の要因が大人しくしていれば、あとはカアナとマウロがうまくやってくれる、と。膝から崩れ落ちる彼の、なんとしてでも男に渡してくれるなと言う想いと、ツユへの牽制でもあった。
全局員の意識がタイチと、彼を支えたカアナに向く。
その隙に男はツユの手を――マウロは男の脚にしがみついた。
「逃げろッ!!」
とっさに身を引いたツユに男の手は届かなかった。マウロに言われるがまま、ツユは走り出す。
「放すんだっ」
「やだッ!!」
子ども1人分の重さが男の片足に。さすがに重く、足を引きずりながらの追跡は無理に等しかった。
引きはがそうとする男と必死にしがみつくマウロの攻防は、ツユの姿が見えなくなるまで続き、次第に手荒いものとなる。
勢いよく尻餅をついたマウロの顔は苦痛に歪んだ。
ARがヒトに敵意を向けてはいけないように、ヒトもまたARに危害を加えてはいけない。
ましてや、相手はARであれ、幼子だ。
男は追撃を止め、ツユを追うことにシフトした。
「待てーッ!!」
「こら、大人しくしてなさいっ」
すぐさま後に続くマウロに、制止の言葉は届かない。
早々に諦めてしまった局員を始め、皆タイチのことで精一杯なのだ。
劇物に近い麻酔で昏睡状態であっても、彼ならすぐに目覚めてしまうのではないか、と。
「……なんで、義行さんに連絡しなかったの?」
どいつもこいつも、戦慄くだけ。
ただ囲むだけ。
タイチを背負うカアナにとって、邪魔でしかない彼らに問う。
「一時的な保護者は義行さんでしょ。彼がお世話してる人のリハビリに付き添ってただけなのに――――」
見る見る青ざめていくが、もう遅い。
「博士の不在中、なにか問題があったら自分たちの責任になるって過剰反応した挙げ句が、スポンサーの仕事ダメにしてマウロまで失踪させたなんて」
――笑えねえよなあ、と静かに不満を爆発させたカアナは、タイチよりも殺気立っていた。




