唯一、君だけが
「ねぇヴィラ、ヴィラには特別に、私のとっておきの場所を教えてあげる」
翌日、ヴィラの服を買いに村に出ていたレベッカは、戻るなりそう誘った。彼女が買ってきた服に袖を通し、ヴィラは森の奥に足を踏み入れる。朝の内にセドに墜落現場へ案内してもらっていたが、それでもこの森は入り組んでいて、ヴィラの記録能力を持ってしても迷ってしまいそうだった。そんな森を、前を行くレベッカはどんどん進んでいく。迷いのないその足取りに、ヴィラは素直に驚いた。
黙って歩くヴィラを時々レベッカは振り返り、ふふ、と嬉しそうに笑った。
一方のヴィラの顔はやや硬い。ヴィラは森の中に、複数の人間の足跡を見つけていた。森の奥の方へ行けば足跡は無くなったが、それでも警戒は怠らないほうが良いだろう。
やって来たのは、ひっそりと息づく泉だった。透明度の高い水を湛えた泉は美しく、森のオアシスのようだとヴィラは思った。
「綺麗でしょ?」
得意げなレベッカに頷いてみせると、彼女は「えへへ」と少し照れたように笑った。
「ここはね、多分私とおじいちゃん位しか知ってる人がいないような、秘密の場所なの。見つけたのは私でね、とっても綺麗で空気も澄んでいるから、歌の練習で良く来るの」
クルリと、踊るようにレベッカはその場で回った。
黄金色の髪が宙を舞い、陽の光を受けて宝石のように輝く。舞い上がるスカートなど気にもせず、レベッカは回る。笑いながら、クルクル回る。
ヴィラは眩しいものを見るように、目を細めた。
美しいと、その姿を追う。
レベッカはまるでこの森に住む妖精のようだった。
自然の中に溶け込み、一つの風景として完成されていた。
「ここに誰かを連れて来たのは、ヴィラが初めてよ」
歌うように紡がれた言葉。その言葉に疑問を感じて、ヴィラはペンを走らせる。
[セドさんも、知っているって]
さっきレベッカは確かにそう言ったはずだ。そう聞くと、レベッカは「ああ!」と自分で驚いたようだった。
「そう言えば、おじいちゃんも連れてきてた!あぁ~、なんだ、そっかぁ、おじいちゃんが最初かぁ……」
酷く落胆するレベッカ。理由が分からず、どうすればと悩んでいたヴィラだったが、レベッカがもの凄い勢いで独り言を呟き出したため、そんな悩みなど吹き飛んでしまった。
「ううん、でもあれは……ったし、カウント……なくても良い?不可抗力?そうよ、そうよね!あれは仕方がなかった!事故よ!人命救助よ!」
最後の方は最早呟きではなく雄叫びだった。女の子としてちょっとどうなのか、という常識的見解も、レベッカの輝く笑顔の前に無情にも霧散してしまう。
「おじいちゃんはね、ヴィラが倒れてたから、仕方なく呼んだの!だって、私じゃヴィラを担いで家まで帰るなんて無理でしょう?だから、仕方なく呼んだの!不可抗力だったの!連れてこようと思っての行動じゃなかったから、だから、私が、連れてきたいなって思って連れてきたのは、ヴィラが初めてなの!」
「ね?」とその迫力に押されて、ヴィラは何度も頷く。ここで頷かなかったら、大変なことになると本能で察した。
それにしてもセドが可哀想だ、とヴィラは思う。きっと彼はヴィラと関わりたくなかっただろうに、可愛い孫にお願いされて、それこそ仕方なく家に連れ帰ったに違いない。それなのに、この言われよう……そんなに「仕方なく」を強調して、ヴィラを〝初めて〟にして、一体何の得があるのか、ヴィラには良く分からなかった。
いや、それよりもヴィラには確認しなければいけないことがあった。
[僕は、ここで倒れていたの?]
「え?あ、うん。そうよね、覚えてないよね。えっとね、あの辺りに倒れていたの」
レベッカが指差したのは、泉の反対側だった。
ちなみに、朝セドとここには来ていない。その理由をヴィラはこの時悟った。
(……僕、軽く数百メートルは吹っ飛んでるな……)
色々故障していて当たり前であった。
むしろ、良くこれだけの被害で済んだものだ、と自分の体を作り上げた者に感謝した。
ヴィラには防御機能も備わっているが、それはヴィラが目覚めていないと機能しないものだった。〝ゆりかご〟から出されることを前提にしていないので、ヴィラ本体はさほど頑丈に出来ていない。
打ち所が悪かったら二度と目覚めなかったのでは、と薄ら寒い思いに耽っていると、レベッカが心配そうにヴィラを覗きこんできた。
「大丈夫?」
その問いに、ヴィラは微笑んで答える。
[うん。じゃあ、ここがレベッカとの出逢いの場所だね]
なぜか、その言葉にレベッカは頬を染める。
「そ、そうだね。出逢いの場所だね……綺麗な泉が出逢いの場所……な、何か、小説でありそう……」
最後の方は声が小さくて聞こえなかったため、ヴィラは首を傾げるが、レベッカは「な、何でもないよ!」と慌てて誤魔化してしまう。
「わ、私ね、ずっと、仲の良い人が出来たら、ここに連れてきたいなって思ってたの。だからね、今日ヴィラを連れて来られて、すごく嬉しい」
そう言って笑ったレベッカの顔は、本当に幸せそうだった。この顔のためなら何でもしたいと思わせる、そんな笑顔だった。しかし、ふとヴィラは不思議に思う。
[学校の人は、仲良くないの?]
途端にレベッカの顔が曇る。
「……うん。仲良くない……昔は、一緒に遊んだりしてたんだけど……今は、友達も、いない、な……へへ」
無理に作った笑顔が痛々しかった。
ヴィラは顔を顰めた。一体なぜ、とヴィラは思う。レベッカは見た目もとても可愛らしいし、性格だって明るくて優しい。誰からも好かれそうなのに、仲の良い人がいないなど信じられなかった。何より、彼女にこんな寂しい顔をさせる学校の人達の神経が、ヴィラには信じられなかった。
[僕は、友達]
だからそれはヴィラの中では自然と出てきたものだった。しかし向けられたノートの文面を、レベッカは穴が開くほど見つめていた。問いかけられるように向けられた瞳に、ヴィラは頷く。
「ほ、本当に?本当に、友達になってくれる?」
[勿論。仲が良いと思ったから連れてきてくれたんでしょう?]
「そ、そうだけど、でも、私と友達になっても、良いことなんかないよ?ヴィラも、きっと嫌がらせされちゃうよ?仲間外れにされちゃうよ?」
嫌がらせを受けているのかと、怒りが湧く。しかし同時に、呆れてもいた。
(僕は村に行くことなんかないのに……)
する必要もない心配をしてしまうのは、レベッカの優しさなのだろう。
守ってあげたい、とヴィラは思った。この、呆れてしまうほど優しい女の子を、守ってやりたいと、願った。
[僕は、レベッカさえ居てくれれば、それで良い]
君さえ傍に居てくれるのなら、他の友達なんかいらないよ。
レベッカの大きな目から涙が零れた。それは、葉から落ちる朝露のように清らかな滴だった。綺麗だった。けれど、彼女には笑った顔のほうが似合うと思ったから、ヴィラはそっとその涙を指で拭った。
[ねぇ、歌を聞かせて]
そう願えば、彼女は虚を突かれたような顔をする。
[練習してるって、言ってたから。レベッカの歌、聞きたい]
レベッカは花が咲くように笑った。そして、お辞儀を一つすると、ヴィラの為に歌い出す。唯一の友達の為に、歌う。ありったけの喜びと感謝を込めて、歌う。
それは彼女の涙と同じくらい清らかで、彼女の笑顔と同じくらい喜びに溢れた、美しい歌声だった。
ヴィラはそっと目を閉じて、その美しい歌声を一人で堪能したのだった。
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