あなたは私の〝ヴィラ〟
いつもなら数秒でやって来る眠気が、ベッドに潜り込んで一時間しても一向にやってこなくて、レベッカは少し困っていた。
(あぁ~どうしよう!嬉しすぎて眠れない!)
綺麗な泉をバックに、これ以上ないというほどの優しい笑みを湛えた美少年。
――レベッカさえ居てくれれば、それで良い
頭の中で繰り返し繰り返し再生される彼の文字に、レベッカは悶絶する。
(だって、だって、ヴィラが友達になってくれるなんて、思わなかったんだもの!わ、私だけでいいなんて、そ、そんなこと、言ってもらえるなんて……きゃああああぁぁぁ)
蝋燭の明りもない室内では良く分からないが、今レベッカの顔はリンゴさながらに真っ赤であった。
(ヴィラは、〝ヴィラ〟だったのね!)
レベッカは大好きな小説『女海賊ヴィラの大冒険』の主人公〝ヴィラ〟を思い浮かべる。〝ヴィラ〟は女性であるし、髪は燃えるような赤で瞳は大海原の深い青だったから、見た目はまるで違う。さらに言うのであれば、〝ヴィラ〟は大胆不敵、ニヒルな笑みを絶やさない男前な性格をしているが、ヴィラは声が出ないこともあってか、どこか儚い印象を与える少年である。ではどこが似ているのかというと、レベッカにとっての認識の問題だった。
友達のいないレベッカにとって、本は慰めであり、心の拠り所であった。その中でも、誰もが見惚れるほどの美貌を持ちながら、仲間の為なら危険を厭わず、どんな強大な敵にも立ち向かっていく〝ヴィラ〟は、レベッカのヒーローだった。
そして今日、ヴィラはレベッカのヒーローになった。友達になっただけで大袈裟な、と思われるかもしれないが、これはレベッカにとって奇跡のような出来事だった。狭い村では、一度落ちてしまえば這い上がることは不可能に近い。都市部に比べて結束力が強いのだ。だから、レベッカは仲間外れにされた時すぐに諦めてしまった。絶望して、外に逃げた。祖父と森だけが自分の味方。そう思って生きてきたレベッカにとって、今日の出来事は夢のようだった。
今日は特別な日だ、とレベッカは満たされた心で思う。
初めて(祖父には悪いと思うが、ここだけは譲れない)泉に人を連れてって、友達も出来た。これ以上の幸せなどないだろう、とレベッカは幸せそうに笑う。
(皆に紹介してやりたいわ)
もっと幼い頃、共に村中を駆け回ったかつての友人達に。掌を返すように、レベッカに嫌がらせをするようになったクラスメイト達に。
私だけで良いと、そう言ってくれる友達がいるんだと、そう言って回りたかった。
それを想像して、レベッカは小さく声を出して笑った。
(皆、ビックリするだろうな~、羨ましがるだろうな~)
だって、ヴィラはとても綺麗だった。少なくともこの村の人達では到底敵わないほど、ヴィラは美しく、神々しさすら纏っていた。そんな人が、唯一と言ってくれたのだ。
レベッカは学校と言わず村中に自慢したかった。私だけが彼と友達になれるのだと、そう大声で叫びたかった。……それが叶わないと、レベッカにも分かっていたけれど。
何者であるか分からないヴィラは、レベッカの家で匿うことになった。誰にも言ってはならないと、言ったらヴィラが酷い目にあうかもしれないと、祖父からきつく言われていた。ヴィラが傷つくことをレベッカも望んではいなかったから、そんな事になるくらいなら、レベッカの下らない優越感など森の動物にでも食べさせてしまえと思った。
明日からも、レベッカは独りだ。友達がいることすら、誰にも言えない。きっと、学校で過ごす時間は何も変わらないだろう。でも、希望はあった。「家に帰ればヴィラがいる」という希望――それがあれば、レベッカはどんなに陰湿な嫌がらせも耐えられるような気がした。
ふ、と意識に靄がかかる。
ああ、眠るんだ、とレベッカはどこか他人事のようにそれを感じた。
(明日からは、きっと今までより辛くない。だって、私には秘密の友達がいるんだもの)
その日、レベッカはいつもより深い眠りに就くことが出来た。
ヴィラは夜の闇に紛れて、セドの部屋へと向かった。部屋に鍵は付いておらず、すんなりとドアが開く。内を覗けば、セドはまだ起きていて、本を読んでいるようだった。
このまま入るのもどうかと思い、ドアを小さくノックする。それでセドがヴィラの存在に気付き、慌ててドアを開けようとするので、ヴィラは手で制して内に入った。
『如何なさいましたか?』
ヴィラは持参したノートにペンを走らせる。
[調べて欲しいことがある]
『何でございましょう?』
[森に誰か入って来ている]
セドの目つきが鋭くなった。
『どのような連中です?』
[分からない。複数の足跡を見ただけだ]
森の浅い所にちらほらと見受けられた、複数の足跡。あの森はあまり人が入らないと聞いていたので、ヴィラは警戒していた。
『〝使徒〟という可能性は?』
[分からない]
何か考え込むような仕草の後、セドは頷いた。
『畏まりました。出来る限り探ってみましょう』
[頼む。私は森に入り、調べてみる]
頷くセドを確認し、ヴィラは部屋を後にする。
もし敵だとすれば、行動がかなり早い。優秀な指揮官がいるということか、とヴィラの眉間に皺が寄る。
(レベッカが巻き込まれないよう、気を付けなければな)
森の中で出会えば、質問くらいはされるだろう。レベッカは見るからに嘘が苦手そうなので、誤魔化すなんて出来そうにない。
華奢な彼女の腕では、抵抗すら出来ずに連れ去られてしまうかもしれない。
彼女の涙を思い出す。彼女の笑顔を思い出す。彼女の歌を思い出す。――全て、失いたくなかった。
守らなければ、とヴィラは暗い廊下を歩きながら、一人決意していた。
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