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少年の事情




 「怪我人に無理をさせるもんじゃない。何か、温かいスープでも作ってあげなさい」


 そう祖父に言われて、レベッカは台所へ向かった。確かに、目覚めたばかりの人を質問攻めにするのは良くない、とレベッカは反省した。でも、


 (だって、嬉しかったんだもの)


 もう一度、綺麗な空の瞳を見ることができて。その瞳が、自分を見てくれて。レベッカは舞い上がってしまったのだ。


 (……笑った顔は、もっと綺麗だった)


 無表情な彼が見せた、ささやかな変化。少しだけ下がった目尻が、少しだけ緩んだ口元が、まるで人形のように綺麗な彼が生きている人間だと教えてくれて、レベッカは嬉しかった。また見たいと思った。


 (美味しいスープを作ろう!あの子が笑ってくれるくらい、美味しいの!)


 レベッカは鼻歌を歌いながら、台所へと歩を進めた。










 『なぜ、貴方様がこんなところに居られるのですか?』


 それは、すでに失われたはずの、絶滅したはずの種族の言葉。


 今は、〝古語〟と呼ばれる、古い言葉。


 少年と、少年を守護する〝使徒〟だけが知る言葉。


 しかし、この老人は〝使徒〟ではない。〝使徒〟は身体的特徴があるので、すぐにそれと分かる。


 黙ったままの少年に焦れたのか、老人はゴクリ、と喉を動かして、無理矢理絞り出したような掠れた声で少年に聞く。


 『…………〝審判の刻〟が、来たということですか?』


 この言葉で、少年は老人が『自分が何者であるか』を正確に理解していることを知った。


 (……〝使徒〟でもないのに、なぜ僕のことを知っている?)


 この老人が敵か否か、判断がつかなかった。信用できる要素などなかった。しかしこのまま黙っていては、少年もまた情報が得られない。ひとまず自分の置かれた状況を伝えようと、少年は自分の喉に手をやり、首を横に振る。何度か同じ動作を繰り返し、ようやく老人の目に理解の光が灯る。


 『声が出せないのですか?』


 頷けば、老人が机の引き出しからノートとペンを取り出し、『こんな物しかありませんが』と言いつつ少年に渡す。


 少年は一度ベッドに腰掛け、筆談を開始した。


 [お前は何者だ?]


 『あぁ、失礼致しました。私はセド・メーフィスと申します。以前は貴方様の一族について研究をしている学者でした』


 [研究?]


 老人は頷くと、少年の座るベッドの下から木で出来た箱を引きずり出した。古い箱につけられた大仰なダイヤル式の鍵を老人は解除し、中身を少年に見せる。少年が両の腕を広げたほどの大きさがある箱一杯に、メモやノート、痛みの激しい本が詰められていた。中身に手を伸ばせば、そのほとんどの物が、今老人が話している言葉――古語で書かれている。


 (元学者、というのは本当のようだな)


 老人がなぜこれほど巧みにこの言葉を話すのか、少年の疑問は一つ解消された。そしてもう一つ、解消された疑問がある。


 [兵器に関する研究か?]


 そう少年が書き正せば、老人は目を伏せ静かに肯定する。


 [だから私を知っているのか?]


 この問いに、老人の瞳が初めて揺れた。肯定はしにくいだろう、と少年も思う。肯定するということは、今目の前にいる自分を兵器と認識していると、そう示すようなものなのだから。けれど、これで少なくともこの老人が、面と向かって兵器と言うことに躊躇いをみせる程度には善人である、ということが少年には分かった。それだけで十分だった。


 [気にする必要はない。私は事実兵器なのだから]


 少年は既に人ではない。では何か、と聞かれれば、やはり兵器としか答えられないと少年は思う。だから、否定の言葉など求めてはいなかった。


 自らを兵器と言いきった少年に、しかし老人はゆっくりと首を横に振る。向けられた瞳には、悲しみと労りの色が浮かんでいた。


 『貴方様は、兵器ではありません。強いていうのであれば、〝指〟でございましょう』


 (僕だけで、充分兵器に成り得るのだがな……いや、そんなことはこの老人とて知っているのだろう)


 それでも、否定してやりたかったのだろう。少年のために。


 (……お人好し、というのかな)


 少年の力を知っているのであれば、普通は畏怖し、近づかないように、触れないようにするものなのに、この老人は介抱するだけでなく気遣うことすらするのだ。これをお人好しと言わずに何というのだろう、と少年は思う。


 老人への警戒レベルを下げ、少年は欲しい情報を聞き出すことにする。


 [ここはどこだ?]


 『フローレインという森の側でございます。森で倒れていた貴方様を孫のレベッカが発見し、私がここまで運びました。その、衣服がひどく汚れておりましたので、勝手ながらお取り換えいたしました』


 そう言えばずいぶん大きな服を着ていることに、少年はこの時初めて気付いた。眠りにつくときに着ていた服など覚えていなかったし、正直衣服など少年にはどうでもいいことだった。


 今着ている服は大きさからして老人のものなのだろう。麻で作られた服は着心地がいいとは言えなかったが、それでも今老人が着ている服よりは清潔で、持て成されていることが伺えた。


 [助かる。私の他に、何かなかったか?]


 『少し離れたところに、黒鉄の物体がございました。損傷が激しく、何であったかまでは分かりませんでしたが……それと、恐らくは人と思われる亡骸がございました。周りの状況から察するに、高いところから落ちたのでしょう。黒鉄は廃棄し、亡骸は簡素にですが埋葬いたしました。周りの痕跡も、消してはおきましたが……一体、何があったのですか?』


 (黒鉄……人……高いところから落ちた……)


 得られた情報が少なすぎて判断がつかなかったが、恐らく自分はどこかに輸送されるところだったのでは、と少年は推測する。誰が何の目的で自分を運ぼうとしたのかは分からないが。


 [私にも分からない。〝記録〟がないのだ]


 ひとまず老人の問いに答えてやれば、老人は怪訝な表情を浮かべる。


 『〝記録〟がない……しかし貴方様が眠っている間も、〝ゆりかご〟が記録を行なっているはずでは……?』


 少年が驚くほど、この老人は少年について知っていた。もし、先に彼のお人好しの部分をみていなければ、少年はこの時にこの老人を殺していたかもしれない。


 [〝記録〟は、〝ゆりかご〟から私に定期的に通信される。〝ゆりかご〟内部にいなければ〝記録〟は更新されない]


 〝ゆりかご〟とは、眠る少年を育み守るカプセルのことだ。少年の身体環境を整える整備機能と、傷つかないように守るシェルターの機能、そして少年に〝記録〟を渡す機能を持つ。


 〝記録〟とは、少年に内蔵された記憶機能のことだ。長い眠りにつく少年に代わって、この世界の歴史を記録し続けてきた。いつ目覚めても困らないように、与えられた機能だ。〝ゆりかご〟の内部にいないと通信できず、また通信は定期的にされるもので、恐らく通信が行なわれる前に少年は〝ゆりかご〟から出されてしまったのだろう。幾らかの空白の後、少年が目覚めた後、自身で見聞きしたものだけが記録されている。


 少年が伝えれば老人は難しい顔をして沈黙する。与えられた情報で、老人なりに何があったか推測しているのだろう。


 [この近くに、修理工場はあるか?]


 墜落現場は後で案内してもらうとして、少年は別の問題に取り掛かる。


 少年の突然の問いに戸惑いつつも『……一応、機器の修理を生業にしておりますが……』と老人は答える。


 『何かございましたか?』


 [故障部位がある。直せるか?]


 『……場所に寄るかと……どこの調子が悪いのです?』


 [動力脈が半分と燃料脈が1/3使えない。あとは声帯機能だ]


 『動力脈は確か……外に向けて力を発生させる時に、核から動力を送る脈……そして燃料脈は、外から取り込んだ力を、核に送る脈……ですね?』


 少年は頷く。


 『……さすがに、そこまでの技術力は、今の人にはないでしょう。力及ばず申し訳ないのですが、〝ゆりかご〟に戻られる以外に治す方法はないかと……声帯機能も望みは薄いですが、一度診てみましょう』


 少年が頷き、ペンを走らせる素振りをみせないことを確認してから、老人は顔を硬くして少年に問う。


 『〝審判の刻〟が、来たのですか?』


 二度も同じことを問うのは、それだけ老人にとって大切なことだからだと少年も理解している。だから、惚ける気も誤魔化す気もない。しかし、少年はこの問いに答えてやることができなかった。


 [分からない]


 少年にも、それは分からないから。そもそも、いつ、と決められているものではないのだ。『その刻になれば分かる』という情報しかない。だから少年にはこんな気休めの言葉しか伝えられない。


 [しかし、この目覚めは予期されていたものではない]


 本来なら〝ゆりかご〟の中から目覚めるはずだった。それだけは分かっていたから、これはイレギュラーな目覚めだと、少年はそう思った。


 二人の間に落ちる重い沈黙。それを破ったのは、トントントン、と軽やかな足音。


 軽いノックの返事を待たずに開かれたドアから覗く、天使のような少女。


 「スープが出来たわ。お腹すいたでしょう?ご飯にしましょ!」


 場の空気を一切気にすることなく、レベッカは満面の笑みを浮かべたのだった。








読んでいただきありがとうございました。



…サブタイトルが気にくわないので、いつか変えるかもしれません。



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