千年後に
レベッカは夢を見ていた。
それが夢だと分かったのは、その空間が真っ白でつるつるした壁で覆われていたからだ。こんな空間を見た事がなかったから、これは夢だとレベッカにはすぐに分かった。
静かだった空間に、男の子の泣き声が響き渡る。とっても悲しそうで辛そうで、聞いてるレベッカまで悲しくてなって涙ぐんでしまう。泣きやませてあげたくて、でも姿が見えなくて、レベッカは誰も居ない空間にむけて話しかけた。
「ねぇ、どこにいるの?」
「……グス、……誰?」
すぐ近くで声がして、レベッカは吃驚して振り返った。そこには、誰かがいた。何故か輪郭がぼやけていて、はっきりとは分からなかったが、髪は多分白だ。
「吃驚した。いつ来たの?」
「僕は、ずっとここに居た」
さっき見た時はいなかったのに、とレベッカは疑問に思ったが、これは夢なのだから突然誰かが出てきてもおかしくないと思い直して、優しく彼に聞く。
「どうして泣いているの?」
「……泣いてない」
不貞腐れたような言い方に、レベッカは少し笑ってしまった。村の小さな男の子達を思い出したのだ。皆、泣いてると言われること「泣いてない!」とムキになって言い返してきた。
「じゃあ、何が悲しいの?」
だからそう聞き直したレベッカに、男の子はしばらく口を閉ざしていたが、やがてポツリと零した。
「……何って……全部……」
「全部?」
「うん。全部。全部、悲しくて、辛いし、嫌だ」
男の子の言葉が、レベッカには分からない。もう少し優しい夢でもいいのに、と誰かに文句を言いたい気分になった。
「分からないわ。全部って、何?」
「…………例えば、皆に置いていかれること。知らない人達の中に放り込まれること。皆と違くなっちゃうこと。記憶がなくなっちゃうこと」
やっぱりレベッカには分からない。少年の言葉は足りないのだ。でもこれ以上聞いても進展しない気がして、レベッカは困ってしまう。
「う~ん。良く分からないわ。嫌なら嫌って、皆に言えば良いんじゃない?」
「どうやって?だって、もう決定しちゃったんだ。覆すことは出来ないし、父さんも母さんも、賛成なんだ。どうしようもないよ……」
「そう……何だか難しいのね……ねぇじゃあ、嫌な事は今全部吐き出しましょう?大声で叫ぶと気持ちいいわよ」
そう言って、レベッカは大きく息を吸った。
「テッド何かぁぁぁ、大っっっ嫌いぃぃぃぃ!」
レベッカの声に、少年は吃驚したように口を空いていた。それが可笑しくて、レベッカは「ほら、貴方も!」と促す。少年はおずおずと、自分の不満を漏らした。
「……自分の事なのに、詳しく説明してもらえないのが、嫌だ」
「うんうん!それ嫌だよね!……他には?」
「あ、と、責任が重くて嫌だ」
「うんうん!……まだあるよね?」
「一人なのが嫌だ」
「うんうん!まだまだ!」
「記憶を消されちゃうのが嫌だし、感情を消されるのも嫌だ」
「うんうん!もう一声!」
「僕の意思を全く聞いてくれないのが嫌だ。自分の体が勝手に変えられるのが嫌だ。人でなくなるのが嫌だ。……っ、庇ってくれない父さんと母さんが嫌だ!大人達が嫌だ!嫌だ、嫌だ!何で、何で僕なんだ!僕は、……僕は、贄になんてなりたくないッ!!」
不満を零すごとに輪郭がはっきりしていき、最後にそう言って顔を上げた少年の中に、レベッカは空色の瞳を見た。そこから流れる涙を見た。怖いと、全身から悲鳴を上げる少年を見た。
これは――
(まだ、人間だった時の、貴方?)
空を舞い、敵を蹂躙していた彼。そんな彼の前に立つのはレベッカにとってとても恐ろしいことだったのに、今のレベッカに恐怖心はなかった。夢だから?いや違う、とレベッカは思う。
(だって、だって、こんなに苦しそうなのに……)
きっと、彼が一番怖いのだとレベッカは思った。もし、自分の体が改造されて、記憶も奪われて、長い眠りに就かされて、たった一人で目覚めろと言われたら――想像するだけで、レベッカは恐怖に身が竦んだ。
(耐えてたの?ずっと、一人で、独りぼっちで……)
彼の抱える孤独に比べたら、自分の感じていた孤独なんて、玩具みたいで……
レベッカの頬を、熱い涙が伝う。
「どうして、君が泣くの?」
驚く少年の体を、レベッカは力いっぱい抱きしめた。「ごめんね」と「ありがとう」を込めて、力いっぱい抱きしめた。最初は戸惑っていた少年も、そのうち同じ様に抱き返してくれる。
ぴったりと寄り添う体は、ようやく居場所を見つけたというように歓喜に満ち溢れ、充足感にレベッカは酔いしれた。
「……ねぇ、何か、やりたかったけど出来なかった事って、ある?」
もしあれば叶えてあげたい、と思ってレベッカが聞くと、少年は「あるよ」と答える。
「恋が、したかった」
予想外の答えにレベッカが体を離して驚くと、少年は「今、初恋もまだなのかとか、考えただろ」と拗ねてしまう。夢の中の彼は、随分と子どもっぽくって、レベッカは悪いと思いつつ笑ってしまう。
「……君は、恋、したことある?」
憮然とした彼の問いに、レベッカは満面の笑みで答える。
「あるわ」
少年は眩しそうにレベッカを見て「どんな人?」と聞く。
「また今度――千年後に、必ず伝えるわ」
額と額をくっつけて、レベッカは彼に誓う。
「千年後?」
「そう、千年後――」
帰ろう、とレベッカは思った。今も、きっと泣いている彼の元へ、帰ろう。
「帰って来い!レベッカ!」
滝のような汗を滴らせながら、キキはずっと心臓マッサージを繰り返していた。囮部隊で生き残ったササに「もう止めろ」と止めても、キキは止めなかった。必ず助けると、キキは約束したのだ。
憐れむような視線を無視してマッサージを続けるキキは、ある手ごたえを感じて手を止める。同時にグン、とレベッカの体が弓なりになって、彼女が数分ぶりに息を吹き返した。
湧き起こる歓声の中、せき込むレベッカの背中を撫でながら、キキは目に涙が浮かぶのを止められない。もう、遅いかもしれない。間に合わなかったかもしれない。意味なんてなかったのかもしれない。彼女を、二度殺すだけかもしれない。それでも、助けられたことが嬉しかった。
「……ヴィラは、どこ?」
まだ血の巡りが悪いのか、土気色をしたレベッカが聞いてくる。
「それが」
分からない、と言おうとしたキキの言葉を、男の声が遮った。
「彼なら、近くの街で暴れ回っているらしいよ……」
声の方を向けば、眼鏡に肩を借りながら立っている〝無敗将軍〟と目があった。宿敵とも言える男の登場に、〝使徒〟たちは反射的に皆武器を構えたが、同時に息を飲んだ。レベッカよりもさらに悪い顔色。額には大量の汗が吹き出し、眼鏡が支えるのとは逆の右腕の二の腕から下がなかった。〝無敗将軍〟の無残な姿に、皆声を出すことが出来なかった。
将軍は、弱弱しく微笑み、レベッカに聞いた。
「ヴィラに、会いたいかい?」
レベッカは強く頷いた。迷いのないその姿を、将軍は眩しそうに眺める。
「近付いたら、死んでしまうかもしれないよ?」
怖くないか、と聞く将軍を、レベッカは見据えた。その目には先程までの儚さはなく、あぁ覚悟を決めたのか、とレイモンドは思った。
絶望と諦念が蔓延する地獄で、少女の凛とした声が響く。
「将軍。私と取引をしませんか?」
読んでいただきありがとうございました!
まぁ、やっぱり主人公が死んじゃいけないですよね笑




