美しかったのは、
何故、とヴィラは思った。何故、自分は動きを止めてしまったのか、と。
流れ弾が彼女の方に向かって行くのが分かっていた。なのに、何故自分は止まってしまったのだろう。
レベッカが後ずさる姿に、ヴィラの頭は真っ白になった。頭が真っ白になったら、体も止まってしまって――白くからっぽになってしまった頭で、それでもヴィラは理解した。彼女は自分が何者であるか知ってしまったのだと。そして、彼女に拒絶されたということを。
世界から音が消えて、景色が止まっているようなスピードで進んでいく。ヴィラの目は、彼女の動きの細部まで見ることが出来た。彼女の瞬き、彼女の涙、彼女の呼吸――その全てを把握しておきながら、その全てが危険に晒されていると理解しながら、ヴィラは動けなかった。
流れ弾は、方向を変えることなくレベッカの元へ向かう。そして――彼女の側に着弾。
爆煙が彼女を飲みこんでいく。
彼女の瞬きも涙も呼吸も、飲みこんで。
彼女の華奢な身体を軽々と吹き飛ばした。
舞台で歌うレベッカはとても美しかった。高く結われた髪はレベッカをいつもより数段大人っぽく見せ、歌姫の衣装は彼女の為に繕われたかのように似合っていた。その髪が、爆風によって乱され、その衣装が、衝撃によって無残に散って行く――その様を、ヴィラはただ見つめていた。伸ばした手の先で、レベッカの身体が兵器に弄ばれるのを、ただ見つめていたのだ。
永遠に続くかと思われた惨劇も、レベッカの身体が地面に叩きつけられる音で通常の速度に戻る。地面を六度転がって止まったレベッカは、まるで人形のように力なく動かない。
「……レ……レベッ、カ……」
やっと出るようになった声も、口が上手く動かなくてきちんと声にならなかった。
「……レベッカ……」
ヴィラは銃弾が降りしきる中、レベッカの元へ下りて行く。これ以上レベッカの身体を傷つけたくなくて、ヴィラは圧縮した空気を自分とレベッカの周りに張り巡らせる。周りの音が小さくなって、ヴィラはもう一度彼女の名を呼んだ。
「レベッカ」
レベッカは目を覚まさない。ヴィラはレベッカの身体を抱き上げて、顔に掛かる髪の毛を避けた。
「レベッカ」
聞いて、とヴィラは願う。僕の声を聞いて。そして、いつもみたいに笑って。大好きだって言って。
「……お願い、レベッカ……お願いだから、起きて。もう君の傍を離れないから、ずっと一緒にいるから、だから……だから、ねぇ、レベッカ……レベッカ……」
レベッカの呼吸は止まっていた。心臓も、止まっていた。
そして、ヴィラの世界も、止まった。
音もなく、色もない世界。ただ、眠るように腕の中にいるレベッカだけが、美しい。
(そう、美しかったのは、君だ。君が居たから、あんなにも世界は輝いていた。美しい物で溢れていた――なのに)
ヴィラは未だ自分めがけて攻撃してくる人間たちに目を向ける。恐怖に顔を引き攣らせ、他者の命を脅かし奪うことに躊躇いを持たない、穢れた生命。
(何故、君が居ないのに、あいつらは生きている?君の命を奪っておいて、何故?何故許される?奪われるべきは、あいつらの方だ。あいつらこそ――)
滅ぶべきだ。
ヴィラの身体が、影すらも呑みこんでしまう程の眩い閃光を放つ。悲鳴を上げ目を瞑り、未知の展開に体を慄かせる人々を置いて、やがて閃光は雲を裂き、天に向かって伸びる一本の柱となった。それは、とても美しい光景だった。この瞬間だけを切り取ったなら、ヴィラは天から遣わされた使者だと言われていた事だろう。しかし、一部の者はこの美しい儀式が何なのか明確に理解し、顔を青褪めさせていた。
光りの柱は徐々に細くなり、空中に溶けて消えた。幻想的な空気に呑まれて、どこか恍惚とした表情でヴィラを眺める人間達に、ヴィラはレベッカを横たえ立ち上がると、これ以上ないという位美しく微笑んで見せた。誰もが見惚れ動けなくなった瞬間、一人だけ大声で叫んだ男がいた。
「全員、退避―――――!!!」
その声が風に乗って戦場にいる全ての者に届き渡る前に、ヴィラの放った最大出力の衝撃波が、基地全体を呑みこんでいた。
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