表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/51

答えの出ない問題



暴力シーンが出てきます。

苦手な方は注意してください。






 ドン!と下から突き上げられるような衝撃に、レベッカはベッドから転がり落ちた。打ちつけた腰がズキズキと痛み、レベッカの目に涙が滲む。「レベッカ」と駆け寄ってくれた祖父の手を借り起き上ったレベッカは、あんなに激しい衝撃にも眉一つ動かさないレイモンドを振りかえった。


 「な、何が」


 「戦闘が始まったんだろう」


 今日の朝食はトーストだろう、と言うのと同じような軽さで返された言葉に、レベッカは愕然とする。


 戦闘――それはつまり、ヴィラが来たということだ。


 彼の訪れに、レベッカの心に温かいものが広がる。やっぱり来てくれた、と、来ないでと祈っていたはずなのに、レベッカは彼の登場を喜ぶ。


 少し上気したレベッカの頬を見て、レイモンドは不可解そうな顔をする。


 「君は、彼が何者か分かっているのか?」


 その問いに、レベッカは一瞬言葉に詰まる。結論から言えば、レベッカはまだ何の答えも導きだせてはいなかった。


 「……信じるも信じないも、私の勝手だって、将軍は言ったわ」


 逃げの言葉を紡ぐレベッカを、レイモンドは冷たく見据える。


 「子どもだな。いや、君は事実子どもだが……確かに、信じる信じないは君の自由だ。だが、君はちゃんと理解しているのか?もし彼が人類を滅ぼす為に作られた兵器で、それが実行されれば、彼を擁護した君は人類滅亡の片棒を担いだ犯罪者と世界中の人間に恨まれることになるぞ。知らなかったでは済まないし、子どもだからと誰も許しはしないだろう。そのことを、理解しているのか?全人類を敵にまわす覚悟が、君にはあるのか?」


 奈落に突き落とされたような衝撃が、レベッカを襲う。そこまでのことをレベッカは考えもなかったのだ。


 レベッカは、ただヴィラと一緒に居たいだけなのだ。自分とヴィラと祖父と、あの小さな家で静かに暮らしたい――そんなささやかな願いすら、許されないのだろうか。ただ傍に居る事すら、叶わないのだろうか……。


 色を失うレベッカに、祖父が寄りそう。震える肩を抱きしめられるが、レベッカの心が休まることはなかった。レイモンドはそんなレベッカの様子にため息をつき「分かったなら、我々に協力することだ」と冷たく言い捨てる。なんとも気まずい空気になった所で、ドアをノックする音が部屋に響いた。


 「誰だ?」


 誰何すれば、野太い声が応える。開かれたドアから男が現れ、何事かレイモンドに耳打ちすると、これまで冷静だったレイモンドに初めて動揺が走った。熱心に話し合う二人は、やがてレベッカ達に背を向ける体勢になる。その時、不意に祖父に腕を引かれ、しかし拒む理由もないレベッカはされるがまま引っ張られて行く。そして、換気口の下まで辿り着いた時――


 バンッ!と大きな音がして、換気口の蓋が弾け飛ぶ。中から三人の男達が飛び出してきて、部屋の中に鼻を摘みたくなるような腐臭が漂った。


 レイモンドと男はすぐさま反応し、一瞬で距離を詰めると男達に襲いかかる。


 ガキン!と金属同士のぶつかる音に身を竦ませたレベッカを、祖父が換気口へと押し上げる。換気口の中には、褐色の肌をした少年が居た。


 「この子を!」

 「こっちだ!」


 少年が、レベッカを換気口の中へと引っ張りあげる。中は腐臭の臭いが濃くて、レベッカは思わず、えずいてしまう。


 「臭いのはすげぇ分かるけど、我慢しろ!こんなとこで吐いたらゲロまみれだ。てか行け!上れ!」

振りかえれば、祖父も少年に引っ張りあげられているところだった。


 少年達が何者か分からなかったが、危険な連中に祖父が頼るとは思えない――レベッカは少年に言われるまま、換気口の中を這っていった。


 段々と傾斜がきつい上り坂になっていき、やがてほぼ垂直になった。上り易いようにロープが垂らされているが、レベッカの細い腕では自分を引っ張りあげることができない。腕がプルプルと震え、今にも転がり落ちてしまいそうだった。


 「おい、ジイさん!俺が先に行って彼女を押し上げるから、道開けろ!」


 最後尾で敵を警戒していた少年が、堪りかねてそう提案する。祖父が体を端に寄せて作った細い通路を、少年はスルスルと上ってレベッカの真下までやって来きた。


 「いいか、俺が真下に居るから、俺の肩に腰掛けるようにしろ……そうだ!……って休むな!手ぇ動かせ!重い!」


 そんなことを言われてもレベッカの腕はすっかり痙攣していて、最早ロープを掴んでいる感覚すらないのだ。すすり泣くレベッカを、それでも少年は「もうちょっとだから、頑張れ!」と励まし続ける。レベッカの体重を支える少年の方がよっぽど辛いはずなのに、なぜこの少年はこれほど強いのだろう、とレベッカはそう歳が変わらないだろう少年に、尊敬の念を抱いた。


 長かった垂直の道も、いつかは終わる。見上げた先に明るい外の光をみつけて、レベッカは歓声を上げた。


 「出口だわ!」


 「そいつは何よりだ!早く行ってくれ!肩がもげる!」


 本当に限界が近いのか、少年の声には余裕がない。レベッカは震える腕を叱咤し、体を上へと進めていく。そして、あと一回腕を伸ばせば出口だ、という所まできて、それは起きた。


 「ぐっ」とくぐもった祖父の声に、反射的にレベッカは下を向く。そうして見た光景に、声なき悲鳴を上げた。


 祖父のわき腹に光る何かを押し付け、通路を埋める男の姿があった。確か、先程部屋にやって来た男だ。苦痛に歪む祖父の顔を見て、レベッカは男の手に握られた光る物がナイフであることを悟った。

固まってしまったレベッカに、男は獰猛な笑みを向けて言う。


 「このまま祖父(じい)さんを見殺しにして俺に捕まるか、大人しく下りてきて祖父さんを助けるか、好きな方を選べ」


 突然の出来事に、レベッカは動けなかった。レベッカが動かないから少年も動けなかった。しかし、祖父だけは違った。祖父は顔を上げ、真っ直ぐに少年を見つめる。


 「レベッカを、頼む」


 血の滲む口を動かし言い終わると同時に、祖父は少年の腰に付いていたメダルのような黒い物体をもぎ取る。その動きを見て少年が慌てたように手を伸ばすが、少年の手が触れるより早く、祖父がロープから手を離した。逃げようともがく男に抱きつき、男を道連れに落ちて行く祖父――全てが一瞬の出来事で、レベッカは祖父の名を叫ぶことすら出来なかった。


 「まずいッ!」


 放心状態のレベッカとは対照的に、少年は己の腕力を振り絞って急いでレベッカを押し上げる。平坦な場所に出ても、少年は止まらずレベッカを引きずるようにして進み、換気口を塞ぐ蓋を一度で蹴破ると、外へレベッカを放り投げる。瞬間、眩い光が目を焼き、反射的に目を瞑ったレベッカを、今度は地面に引き倒す力が襲う。何が何だか分からないレベッカの鼻に、血と何かが焦げるような臭いがして――


 ボオオオオオオ!


 突然の轟音に、麻痺していたレベッカの感覚が戻って来る。反射的に身を竦めるレベッカを、強く抱きしめる腕があった。


 「……何をしたら換気口から火炎放射が噴き出すのか、教えてもらおうか?」


 抑揚のない声に目を開けば、そこには表情を消し去ったレイモンドの姿があった。手に握るサーベルには、血がついている。慄くレベッカの耳元で、飄々とした少年の声があがった。


 「何、ちょっとでかい花火を打ち上げてね……一世一代の打ち上げ花火だ。中々見事だったろう?あんたの仲間も、特等席で見てったよ」


 少年に引き起こされながら、祖父が少年の腰から毟り取ったのは小型の爆弾だったのだと、レベッカは知った。そして、祖父の死を悟った。


 足元の地面が抜けていってしまうような浮遊感に、レベッカは目の前が眩む。立ち上がった側からふらつくレベッカの腕を、少年は痛みを覚えるほど強く握った。


 「しっかりしろ。あんたの為に、皆死んでる。逃げてくれなきゃ、皆無駄死にだ。……良く聞け、あの眼鏡はすごく強い。俺でも相討ちに持ち込むので精一杯だ。だから、あんたにはここから一人で、俺の仲間の所に行ってもらわないといけない」


 囁かれた言葉に驚き、レベッカは少年の顔を見つめるが、少年は視線をレイモンドから外さなかった。そんな僅かの隙さえ命取りだと、少年は態度で示している。


 「左の壁に沿って、全速で走るんだ。絶対振りかえるな。ただ走ることだけを考えるんだ」


 いやいやをするように首を振ったレベッカの腕に、生ぬるい感触。レベッカの視線がその正体を確認しようと動いて、血に染まる少年の腕を捉えた。血の鮮やかさに息を飲んだレベッカに気がついた少年は、何てことないように答える。


 「眼鏡の剣がかすっただけだよ。大丈夫。それよか、向こうでヴィラが待ってるぞ。すごく心配してるから、早く行ってやれ。……準備はいいか?俺の合図で走り出せ。いくぞ、さん、に、いち、走れ!」


 言葉と同時に背中を強く押され、レベッカは転がるように走りだす。背後で金属のぶつかりあう音が聞こえたが、少年に言われた通り振りかえりはしなかった。ただ走ることだけを考える。走り抜けた先にヴィラがいるという事だけが、レベッカの希望だった。長いスカートに何度も躓きかけながら、レベッカは心臓が破裂しそうなほど走った。まじないのように、ヴィラの名前を心で唱えながら、ひたすら走った。

どこまで続いてるかも分からない壁に沿って走り続け、ようやく壁の終わりをレベッカの目が捉える。やった、と高揚したレベッカは、しかし立ち竦んだ。ヴィラの事すら頭の中から消え失せ、ただ目の前の光景を見ることしか出来なかった。


 目の前には、戦場があった。


 鼓膜を震わせる銃器。それに負けないよう叫ばれる怒声。崩れ落ちた建物。積み上がった瓦礫。視界を遮る砂塵。鼻につく硝煙と、血の臭い。そして――かつて、人であった肉片――


 レベッカは胃からせり上がって来るものを押さえることが出来ず、体を折ってその場で吐いた。吐くものが何もなくなっても、胃液を吐き続けた。苦しさに涙が零れて、顔が涙と吐しゃ物で汚れる。


 (ここはどこ?どうして私は、こんな処にいるの?)


 昨日までは、普通の毎日だった。嫌な事もあったけれど、それでも穏やかな日常が、確かにあったのに――


 あぁ、とレベッカは唐突に理解した。理解すると同時に視界が歪み、涙が頬を伝う。流れてしまえば、もう止めることも出来なくて、レベッカはその場にしゃがみ込み咽び泣いた。もう、戻ってこないのだ。祖父と二人で過ごすあの穏やかな日々は、もう二度と戻ってこない。戻れない。祖父は死んでしまった。いつもレベッカを守ってくれた祖父は死んでしまった。


 失ったものの大きさに、レベッカはどうしようもない虚無感に襲われた。ここが戦場だということも遠くに感じ、目の前の凄惨な景色がまるで小説の中の出来事のように現実味を失う。レベッカにとって、世界とはあの小さな村の片隅にある、祖父と暮らす小さな家だった。祖父を失った今、レベッカの小さな世界も壊れてしまったのだ。


 ぎゃぁぁぁぁ!と今までで一番大きな悲鳴があがり、絶望に沈むレベッカの意識が僅かに動く。皆が一様に上を向いているのが見えて、釣られて見上げた空に、レベッカは彼を見つけた。


 雪のように白い白髪が朝陽に照らされキラキラと輝き、体に彫られた刺青は何故か黄緑色に発光していた。そして彼は空中で停止すると、戦車に向かって腕を伸ばす。次の瞬間には戦車が何かに穿たれ、爆発炎上した。


 その光景を、レベッカは食い入るように見つめていた。


 (「彼は、人ではない。人類を滅ばす為に作られた、兵器だ」)


 かつてあれほど否定した言葉が、すんなりとレベッカの中に入って来た。


 この状況を見て、信じないほうが無理だろう。


 (だから、おじいちゃんは死んだの?)


 自分が彼を拾ったから。彼を庇ったから。彼を――彼を好きになったから?


 今更考えても仕方のない事だと、レベッカにだって分かっていた。けれど、それでも考えずにはいられなかった。もし自分が彼を拾わなければ、もし自分が彼を庇わなければ、もし軍の言うとおりにしていれば――祖父は、死ななかっただろう。再び流れ始めた涙が、レベッカの頬を濡らす。


 その時、空中で飛来する弾丸を踊るように避けていたヴィラが、こちらを向いた。距離があったのに、レベッカは彼の目が驚きに見開かれたのが見えた。


 目が合うだけで舞い上がっていた心は、今は身体が引き裂かれそうなほどの悲鳴を上げる。痛みに、レベッカの顔がクシャリと歪んだ。


 レベッカに向かって、ヴィラが何かを叫んだ。しかし、それは次から次にあがる爆音にかき消されて、レベッカの元まで届かなかった。


 ヴィラは空中を走るようにして、レベッカの元に向かってくる。しかし、今のレベッカには彼を至近距離で見るだけの余裕はなかった。拒絶するように、レベッカは一歩後ずさる。その姿に、ヴィラの顔から表情が消え、動きが止まる。


 次の瞬間、レベッカは強烈な熱と風に包まれた。体が散り散りになりそうな中、霞む視界の先に見たものは、絶望に彩られた美しい少年の顔だった。










読んでいただきありがとうございました!


おじいちゃーーーん!と書きながら絶叫。

とってもダンディなおじいちゃんでした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ