眠れない一晩
車の中で極度の緊張により意識を手放したレベッカは、気が付くと知らない部屋のベッドに横たわっていた。慌てて起き上がり逃げようとドアに向かったが、ドアには外側から鍵を掛けられていて、逃げることは叶わなかった。無力感にレベッカは項垂れて、ベッドに戻り膝を抱えた。一人きりで、部屋には時計もないから時刻を知ることも出来ず、レベッカは心細さに体を小さくする。
何が本当なのか、レベッカには分からなかった。
将軍の話は、信じられない。そんな事があるはずがないとレベッカは思う。それなのに、祖父は将軍の言葉を肯定するように沈黙するのだ。レベッカの母は古い人々の暮らしを研究していて、「おじいちゃんも同じ人達の研究をしているのよ」と昔母に聞いたことがある。
(本当、に……?)
ヴィラは人ではないのだろうか。人間を滅ぼす為に作られたのだろうか。もしそうなら、自分は将軍達に味方しなければならないだろう。
(でも……ヴィラが、殺されちゃうと、したら……?)
想像するだけでレベッカはゾっとした。寒くもないのに体が震えて、歯がカチカチと鳴る。彼が死ぬなんて、絶対嫌だった。そんな事になったら、自分はおかしくなってしまうとレベッカは思う。
(どうすれば、いいの……?)
レベッカは答えの出ない問題に、唇を噛みしめる。何が正しいのか、何をしなければならないのか、レベッカには分からなかった。
誰かに答えを求めたいくらいなのに、誰に聞けばいいかも分からない。いや、この答えは、自分にしか見つけることが出来ないものだと、レベッカにだって分かっている。けれど、まだ十三歳の少女が決断するには、あまりに重い問題だった。
「失礼するよ」
突然そう声が掛かって、レベッカは顔を上げてドアを見る。開いたドアの向こうにはレベッカを追い詰める悪魔のような将軍の姿があった。
怯えるレベッカに、将軍はニッコリ微笑んで、ちっとも笑えない決定事項を告げた。
「今日は私もここで休むから、よろしくね」
どうやって、とレベッカは思う。ここにはベッドが一つだけだ。どこかから運び込む余裕も、この部屋にはない。自然と自分の体を抱くレベッカを見て、将軍は意地の悪い笑みを浮かべる。
「ふざけたこと言ってないで、とっとと部屋に入ってください。後ろが閊えます」
抑揚のない澄んだ声に諌められ、将軍は肩を竦める。
「レイモンド君、君は少しユーモアという物をだね」
「この緊急時に、何寝ぼけたこと言ってるんですか?いい加減斬りますよ?」
腰に下げたサーベルを握りしめながら部屋に入ってきたのは、茶色い髪を短くした眼鏡の男性だった。
彼は眼鏡の奥の切れ長な目から殺気を放ち将軍を見据えていたが、ふと視線をレベッカに向けると言い放った。
「君も、この人の戯言に一々付き合うな。図に乗せるだけだ」
そんな無茶な、とレベッカ心の中で突っ込む。だがこの人を怒らせてはいけないと本能で察し、「は、はい」と返事をしておく。その返事に満足したのか、レイモンドと呼ばれた男は少しだけ表情を緩めて、自分の後ろの人物に部屋に入るよう促した。入って来たのは、レベッカも良く知る人物だった。
「……おじいちゃん……」
祖父は無言でレベッカの前に立った。二人の間に流れる気まずい空気は、気のせいではない。そんな気まずい二人を無視し、レイモンドが事務的に告げる。
「君と博士の警護に当たるレイモンドだ。今夜は三人でこの部屋に泊まる。ベッドは君達で使ってくれて構わない。私はどこでも寝られるし、寝るつもりもない。外にも警備の者がいるから、何か欲しい物があれば言ってくれ。叶えられる範囲で応える。何か質問は?」
否定を表すために首を横に振るレベッカとは別の意味合いで、将軍もまた首を振っていた。
「……レイモンド君……君さ、何ていうか本当に、真面目だね……」
「褒め言葉と受け取っておきます。用が済んだのなら、仕事に戻って下さい」
「……うん。何か、すごく不安……はいはい、分かりました。そう睨まないでくれ。君が居なくてもちゃんと仕事するから……それじゃあね、レベッカ。また明日」
手を振りながら将軍が出て行って、レベッカは少しだけ力を抜いた。レイモンドも怖いとは思ったが、将軍ほど底の知れない恐ろしさではない。
(明日……明日は、ちゃんと来るのかしら……)
祖父とも口を利くことの出来ない気まずさの中、レベッカは何事もなく明日が来ることを祈った。
読んでいただきありがとうございました!
レイモンドの頭皮が心配だ。




