救出隊
ふわふわと揺蕩う意識の中で、ヴィラは頭を撫でられるような感覚を覚えた。優しいその感触に身を委ねると、懐かしい声が耳に届く。
『気を付けるんだよ。自分をしっかり持って、感情に流されてはいけないよ』
誰だったか、と目を開けようとして、ヴィラは意識を浮上させた。
フシュ―、と中の空気が外に流れる音がして、〝ゆりかご〟の蓋が開く。背もたれの倒れたソファのような寝台からゆっくりと身を起こしたヴィラは、すぐに体の状態を確認した。寸断されていた動力脈も全て治り、声帯機能も復活している。
「……レベッカ」
自分の声が耳の中で反響するようで、ヴィラは少し戸惑う。声を出すとはこういうことだったかと思い出し、早くレベッカに聞いてもらいたいと思った。彼女と話したかった。
「……レベッカ、待ってて……すぐに迎えに行くよ」
誓うように囁いて、ヴィラは〝ゆりかご〟を出た。〝ゆりかご〟は卵のような楕円形の形をして、色も白い。大きさはヴィラを二人分は包み込んでしまえそうな程あるが、寝台は一つだけだ。他のスペースは、ヴィラの身体整備や〝記録〟を行なう為の場所なのだ。その決して小さくない〝ゆりかご〟は、〝ゆりかご〟をしっかりと支えることが出来る程立派な大木の根元に設置されていた。目立たない様、周りには同じ様な木々が植えられているはずなのに、外に出たヴィラが見たのは無残に撃ち抜かれ、焼き払われ、凄惨な戦闘の後を色濃く残した木々だった。上を見れば、本来であったら生い茂った葉で見えなかったであろう星空を良く見ることが出来て、それで、ヴィラはまだ日付が変わっていないことを知る事ができた。
『審判者様、お待ちしておりました』
しわがれた声を掛けられて、ようやくヴィラの目が彼らをまともに捕えた。あまり気にしないようにしていたのだ。〝ゆりかご〟のすぐ側で、頭を下げている複数の影。長いローブを着ている者がほとんどで〝使徒〟の長と、里を取り仕切っている老人達だろうとヴィラは思った。
『キキはどこだ?』
ヴィラはあまり彼らに興味がなかったので、今一番必要な人物の所在を問う。彼にレベッカの居場所を聞かねばならない。ヴィラの問いに、長は少し間を開けて答えた。
『あの者は、今懲罰牢に……貴方様に多大なる無礼を働いたので、その罰を』
『すぐに出せ』
ヴィラの言葉に何名か動いて夜の森に消えて行く。〝使徒〟の里は、フローレインのような深い森の中にあった。
何か話しかけてくる老人達の言葉に、ヴィラは一切答えない。そのどれもヴィラが聞きたい話ではなかった。しばらくしてやって来たキキの姿に目を止め、ヴィラはようやく口を開く。
「そんな体で付いて来られるのか?」
キキの顔には殴られた痕が残っていた。服で隠してはいるが、体の方も怪我をしているのだろう。少し動きに違和感のある彼に、ヴィラは鋭く聞く。彼を連れて行くという約束だが、足手まといになるなら置いていこうと思った。
そんなヴィラの言葉に、キキはニヤリと笑ってみせる。
「この位、屁でもないね。あんたこそ、もういい訳?」
キキの言葉に、周りの〝使徒〟達から悲鳴のような声があがる。煩くて、ヴィラは周りの者達を鋭く睨んで黙らせた。
「問題ない。それより、約束だ。レベッカはどこにいる?」
「ここからそう遠くない。今、ササが部隊を纏めているから、そっちに行こう」
『ま、待て、キキ!貴様、我らに黙って何を勝手に……』
『勝手?じい様達こそ、何寝ぼけたこと言ってんだよ。審判者が望んでるんだ。何よりも優先すべき事だろう?それに、黙ってない。ちゃんと帰ってきてから報告した。それを無視して規律だの何だのほざいて、時間を無駄にしたのはあんたらだ。悪いけど、これ以上無駄にしている余裕ないんだよね』
吐いて捨てるようなキキの言葉に、長老がしわがれた声で叫ぶ。
『キキ!』
『煩い、黙れ』
静かだが威圧感を持たせたヴィラの言葉に、キキ以外の者が固まった。
『邪魔することを許可した覚えはない。口を閉じていろ』
全員が黙ったことを確認して、ヴィラはキキを促す。キキは小さく頷くと「こっちだ」とヴィラを森の中へと連れて行った。
〝使徒〟の里は、深い森の中にある。しかし、その森の中に人の住んでいる気配はなかった。〝ゆりかご〟から与えられた知識によれば、彼らの住居は地下にあるようで、木々にあるはずの入口は巧妙に隠されていた。もし敵であったなら、こんな場所での戦闘は絶対に行ないたくない、と思わせるには十分で、逆に、ここから自分を強奪した軍の司令官の優秀さが良く分かった。
(油断ならない相手だ。慎重に事を運ばないと、レベッカに危険が迫る)
気を引き締めるヴィラ。その前で彼を誘導するキキは、怪我を感じさせないしっかりした足し取りで、深い森の中を進んでいく。
やがて、目の前に樹齢千年は下らない巨木が現れた。キキはヴィラをその場に留めると、大蛇を連想させる根を登り、窪みに向かって声をかけた。
「ササ」
キキの呼びかけに反応するように窪みの部分がうっすらと開き、線のように漏れる光の中から男が顔を覗かせた。その顔はヴィラにも覚えのある顔で、驚きに目を見開いていた。
『キキ?!お前、どうやって……し、審判者様?!』
ササはキキの後ろに立つヴィラに目を止め、慌ててその巨体を巨木の中から出して跪く。その様子に、キキは呆れたように嘆息した。
「時間の無駄だから止めろって。こいつはそんなの求めてないよ。俺のこと許してる時点で察しろって」
『開き直るな!』
『時間がない。早く案内しろ』
苛立ちを隠しもせずにヴィラが言うと、ササは顔を青くする。
『し、失礼しました!こちらです』
ササは立ちあがって案内役を買って出る。木の中は地下へと続く長い階段になっていて、ヴィラは導かれるまま下りて行く。
「どのくらい集まった?」
キキの質問に、ササは静かに答えた。
『三十だ』
「……少ないな……けどまぁ、正面からやり合おうって訳じゃないし、どうにかなるか」
『質は良いのを揃えた』
階段を下りきり、ササは現れた扉を押し開く。広い部屋の中には、屈強な男達が集まっていた。皆、ヴィラに目を止め、その場に跪く。
「……それで、レベッカはどこに居る?」
もう面倒臭くて、ヴィラは〝使徒〟達を無視することに決めた。
「将軍の部隊の本拠地。その地下室に監禁されてる。流石に、正面から突っ込むのは無謀だからさ、夜明けと共に奇襲を掛けようと思う。俺達が敵を引きつけている間に、あんたは基地に忍び込んで歌姫を――」
「――お前達だけでは役不足だ」
キキの説明に、ヴィラが口を挟んだ。確かに、この人数で不安がない訳ではなかったが、今から人を募っていては夜が明ける。これ以上どうしろと?と不満を露わにするキキに、ヴィラは驚くべき提案をする。
「僕が囮になろう」
「はぁあ?!」
思わず素っ頓狂な声を上げるキキに、ヴィラは言葉を重ねる。
「連中の狙いは僕だ。僕が正面から突っ込めば、連中の注意はこちらにだけ集中する」
「それは、そうだけどよ……でも、皆彼女の顔を知らないぞ?」
「お前は知っているだろ?」
キキは思わず自分の顔を指さす。そんなキキに、ヴィラは頷いた。
「お前に任せる」
その言葉の重たさに、キキは瞠目する。
ヴィラだって、本当なら自分で彼女を救いだしたかった。しかし、この人数で敵を引きつけられるとは到底思えない。それに、ヴィラの力は敵を蹂躙する為のもので、小さい的に当てるのには向いていなかった。力加減を誤れば、建物を崩壊させる恐れがある。
これ以上レベッカを危険に晒すわけにはいかない――ヴィラは断腸の思いでレベッカの救出役を諦めたのだった。任せる相手としてキキを選んだのは、しがらみに捕らわれず自分で最良の判断を下せる彼なら、何か起こっても機転を利かせてレベッカを救い出してくれると思ったからだ。決して、顔が分かるという理由だけではなかった。
そんな、ヴィラの思いが伝わったのだろう。キキは顔を引き締めると、右の拳を左胸に叩きつける。
「必ず、助ける」
ヴィラは頷いて、彼らと共にレベッカの救出に向かうのだった。
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