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信じられない話




 刃物を首に押し当てられたまま、レベッカは人目のない道を連れて行かれた。レベッカは旅人と如何にも強そうな熊のような男の間に挟まれ、逃げようなどという気すら起きなかった。後ろにいるはずの祖父の様子も気になるが、振り返ることすら躊躇われる。


 (何で、旅人さんは私を連れて行こうとするの?)


 秘密基地へ招待する――そう言っていたが、それが何を差しているのかもレベッカには分からない。ただもう二度と家に帰れないような予感に、体を震わせた。


 (嫌……ヴィラに二度と会えないなんて、そんなの嫌よ……ヴィラ、ヴィラ、助けて)


 彼を思えば、レベッカの目に涙が滲む。


 「守る」と言ったのは自分なのに、助けを求める私は何て情けないんだろう、とレベッカは非力な自分を恥じて俯く。思えば、レベッカはいつもヴィラに守ってもらってばかりだった。


 打ちひしがれるレベッカだったが、「あれに乗って」と掛けられた旅人の言葉に顔を上げて、ひゅっ、と息を飲む。


 あったのは一台の車。それも、普通の車ではない。戦車のように大きな車体は、六つの車輪によって支えられている。窓は鏡のようになっていて、外から中がどうなっているのか窺う事が出来なくなっており、ドアも前方に二つあるだけだった。しかしそんな車の特徴も、レベッカの目には入っていなかった。レベッカの目は、車のドアに描かれた紋章――剣と百合の紋章に釘付けになっていた。


 ガンガンと鈍器で殴られているような頭痛に襲われ、レベッカはふらついてしまう。そんなレベッカの腕を取って支えると旅人は穏やかに問う。


 「どうしたの?」


 レベッカは壊れた玩具のようにぎこちなく首を動かして、旅人を見る。相手の目は、レベッカの反応を面白がっているように孤を描いていた。


 「軍……の……?」


 強張った口は碌に動かず、紡がれた言葉はそれだけだった。


 「その質問にも、ちゃんと答えてあげるよ。車の中でね」


 旅人はレベッカの腕を掴み、車へと引きずって行く。相手が軍の人間であると分かって、彼らの目的をレベッカは知った。


 (ヴィラだわ……この人達、ヴィラを連れ戻しに来たんだわ!……私、私が、この人に色々なことをしゃべったから!)


 旅人に話した内容が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。どの話で旅人が勘づいたかは分からなかったが、確実に自分の所為だと、レベッカは軽率な自分の行動を後悔した。


 連れ込まれた車の中は、普通とは違った。運転席と助手席以外の座席は壁に沿って設置され、進行方向ではなく反対側の座席を向いていた。しかも、向かい合う座席の中央にはなぜかテーブルがある。


 混乱するレベッカを連れ、旅人は右側の座席に腰掛ける。旅人、レベッカ、先ほどからレベッカの隣にいる熊男、反対側にはレベッカのように男達に挟まれるようにして祖父が座った。運転席と助手席にも男達が乗り込み座席が埋まると、車は動き出した。


 中からは外を見る事が出来て、どんどん通り過ぎて行く景色に、本当にこれから何処か――恐らくは軍の基地に連れて行かれるのだという実感が湧いてきて、レベッカは血の気が引く。もうダメだと、絶望しながらもレベッカは必至に祈った。


 (お願い、来ないで……逃げて、ヴィラ)


 「さて、何から話そうか……そうだな、まずは自己紹介からしよう」


 レベッカを嘲うかのように楽しげに、旅人が言う。


 「まぁ気が付いたとは思うけど、私は帝国軍の人間だ。名は、ライオネル・ハ―ヴェス」


 その名に、祖父の目が見開かれた。驚きを隠せない祖父を見て、レベッカは首を傾げる。


 「……うん。反応を見るに、レベッカは私を知らないんだね……ちょっとショック……いや、驕るな、と自分を諌めることにするよ……でも〝無敗将軍〟は知っているだろ?」


 知らない人などいないだろう、とレベッカは頷く。この国の二大将軍の一人で英雄だ。学校の一年生だって知っている。


 「その〝無敗将軍〟の名前が、ライオネル・ハ―ヴェス――つまり、私のことだよ」


 いきなりそんな事を言われても、信じられるものではない。なにせレベッカは彼の変人・変態ぶりばかりを目にしてきたのだから。しかし旅人も周りの男達も、とても冗談を言っているようには見えず、困って正面に座る祖父に視線で問うと、ゆっくりと頷かれた。それを受けようやくレベッカは、男が将軍であると理解する。


 「……そんな、人が……私に、何の用……ですか?」


 「正確には、君にじゃない。というか、分かっているんだろう?」


 「……何のことか、分かりません」


 「嘘だね」


 旅人の仮面を脱ぎ去った将軍の言葉は鋭かった。服も声も旅人のままなのに、泉に居た時の朗らかさは微塵もなく、幼さを感じた顔は今では修羅場を幾つも潜り抜けてきた男の顔だった。


 「……嘘つきは、貴方です」


 「そうだね。嘘をついたことは認めよう。でも君の大好きな彼だって、立派な嘘つきだよ?」


 その言葉に、レベッカは立場も忘れて叫んだ。


 「何も知らないくせに、変なことを言わないで!」

 「レベッカ!」


 咎めるような祖父の言葉に、レベッカは我に返る。しかし時既に遅く、将軍の顔が冷たい笑みを浮かべた。


 「何も知らないのは君の方だよ、レベッカ。君は、騙されている」


 口を噤んでしまったレベッカの耳に唇を寄せて、将軍は悪魔のように囁いた。




「彼は、人ではない。人類を滅ばす為に作られた、兵器だ」




 この人は何を言っているのだろう、とレベッカは思った。「フェアリーちゃん」とか普段からおかしな言動が多いから、妄想癖でもあるのかもしれない、と流そうとしたレベッカは、しかし「そうですよね、博士?」と続いた将軍の言葉につられて見た祖父に、視線を外されたことで言いようのない不安に駆られる。


 「おじいちゃん?」


 呼びかけても、祖父は顔を上げようとはしなかった。そのような態度を取ったら、まるで将軍の言葉を肯定しているようではないか。誰より信頼している祖父の態度に、レベッカは裏切られたような気分になった。


 「……少し、昔話をしようか」


 将軍は物分かりの悪い子どもを諭すような口ぶりで、話し始めた。


 「昔々、我々と同じように人類に分類されながら、遥かに進んだ文明を持つ種族が居た。彼らは自分達のことを『神に選ばれた種族』と称して他の人類を寄せ付けず、一時栄華を極めた。しかし、元々の数が多くなかった上に近親婚を繰り返した結果、遺伝子が弱まり衰退して、その種族は滅んだ。それが、今から千年前のことだ」


 突然始まった講義に、レベッカは戸惑う。それが、いったいヴィラと何の関係があるというのか、レベッカには分からない。


 「でもね、そのまま滅んでくれれば良かったのに、お節介な彼らは思ってしまったんだ。『神に選ばれた我らが居なくなった世界は、他の人類に喰い尽されてしまうのではないか』って――どうも彼らは、神が創りだしたこの神聖な世界を清く美しいままにすることが、自分達の使命だと思ってたらしくてね。彼らから見れば、他の人類は戦争なんて馬鹿げたことを繰り返す野蛮な種族で、この世界には必要なかった。でも、人間の歴史は彼らが滅ぶ時点でそれほど長かった訳ではないし、この段階で有害だと決めてしまうのは時期尚早だってことになったらしい。だから、彼らは自分達の中から一人、贄を捧げた」


 贄――その言葉に、レベッカの胸がざわつく。とても嫌な響きだった。とても嫌な予感がした。手が、汗でどんどん濡れていく。


 「自分達の身内を、彼らは生命の倫理から外れた存在にした。千年の時が経っても朽ちることの無い体になった贄は、人類を滅ぼすかどうか審査するにふさわしい時になるまで眠りに就いた。

 世界に捧げられた贄――それが、君がヴィラと呼ぶ少年の正体だよ」


 「嘘」と、小さく零れた呟きを、しかし将軍は真っ向から否定する。


 「残念だけど、事実だよ。そうですよね、博士?」


 一見穏やかそうに微笑んでいるが、将軍の目は笑ってなどいない。射るように向けられた視線に、祖父の顔が歪んだ。


 「……おじいちゃん」


 レベッカは縋るように祖父を見た。一緒にヴィラと過ごした祖父なら、こんな世迷言を信じないと、そう思った。そうであって欲しいと願った。それなのに……


 祖父は、レベッカの視線に耐えられないとでもいうように俯いた。それが、何よりも将軍の言葉を肯定していて、レベッカの顔が歪む。


 「っ、嘘よっ!」


 堪らずレベッカは絶叫した。小さな体の全てで拒絶した。


 「ヴィラは、人間よ!私の作ったご飯を美味しいってい言いながら食べてくれるわ。毎日挨拶してくれるし、家事を手伝ってくれるし、名前を呼べば笑って応えてくれるわ!友達がいないって言った私の、友達になってくれたわ!」


 言い募るレベッカを、周りの大人達は憐れむような目で見てくる。可哀想に、と目で語られて、レベッカはますます苛立つ。


 (どうして分からないの?ヴィラほど優しい人なんていないのに!)


 更に言葉を重ねようとしたレベッカを、将軍の冷たい言葉が遮った。


 「レベッカ、君は彼の腹を割って、内部を見たことがあるのか?彼が赤い血を流すところを見たことがあるのか?涙を流す姿を見た事は?レベッカ、人か人じゃないかの判断は精神ではなく肉体でするものだ。君の言葉はどれも彼が人であることを証明するものじゃない」


 「それは……でも……でも、ヴィラ一人で、人間を滅ぼすなんて、出来るわけないわ」


 「直接人類を滅ぼす兵器は別にあるらしい。彼はその兵器の起動スイッチを握っている。押すか押さないかは彼の裁量で、その時を〝審判の刻〟と呼んでいる。まぁ、彼だけでも街一つ落とすのなんて造作もないことみたいだけどね。この辺は、私より君のお祖父さんのほうが詳しいだろうから、後で聞いてみるといい」


 他に、将軍の言葉を否定する言葉をレベッカは何も思いつかなくて。


 「……信じないわ。そんな話、絶対に信じない」


 駄々っ子のように宣言することしか出来なかった。


 レベッカの精一杯の反抗を、しかし将軍は軽く笑う。


 「構わないよ。それは君が決めることだからね。まぁとにかく、我々としては、そんな危険な物を野放しにしておくわけにはいかなくてね。君には我々と一緒に来てもらう。彼は君を助けに必ずくるだろうからね」


 拒否する権利などないのだろう、とレベッカは感じた。逃げだすことも出来ない。庇うことも出来ない。足手まといにしかならない。――そんな自分は、ヴィラの足枷に他ならない。


 レベッカの目から涙が流れた。


 「……ヴィラを、どうするの?」


 「彼の出方次第だね。我々の力になってくれるのならば、そのように計らうし、そうでないなら、破壊するまでだ」


 なんて事ないように告げられた内容に、レベッカの背筋が凍る。


 もう嫌だった。もう沢山だった。


 もう誰の言葉も聞きたくなくて、レベッカは膝を抱えて座り、顔を膝に埋める。両手で耳を塞げば、将軍に「逃げるの?」と囁かれた。それすらも聞こえない振りをして、レベッカはこの悪夢が早く終わることを祈った。









ちょっと遅くなりました^_^;

すみません。


将軍、グサグサいきます。



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