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悪報



いつもより少し遅れてしまいました。

それではどうぞ!







 ヴィラは一度も振り返ることなく村を出て、森に向かった。振り返ったら進めなくなる事が分かっていた。レベッカに襲いかかった少年は憎かったし殺してやろうと思ったが、そんなことをしたらレベッカに迷惑がかかると思い直して気絶させるに留めた。会場に来ているセドを探し出し、事の次第を伝えたのできっと大丈夫だと、ヴィラは何度も自分に言い聞かせていた。卑怯な心は、すぐに理由を見つけてレベッカの傍に留まろうとする。それではダメだ、とヴィラは強靭な理性でもって心を抑えつけていた。


 意識散漫で歩いていたヴィラは、気が付けば泉の側までやって来ていて、そんな自分に思わず苦笑する。

 

 泉には複数の気配がある。ヴィラの伝言は〝使徒〟にちゃんと伝わっていたのだ。


 (彼は何故村に居たのだろう?)


 村で出会った若い〝使徒〟の顔が一瞬脳裏を過ったが、すぐに消えてしまった。思えば、ヴィラが惹かれるのはレベッカに関することばかりで、それ以外に関心を持ったことは無いような気がした。


 泉に姿を現わせば、そこには膝を付き頭を垂れる男達がヴィラを待っていた。


 ヴィラは男達が顔を上げるのを待ったが一向に上がる気配が無く、それでようやく彼らがヴィラの許しを待っているのだと気が付いた。だが、ヴィラは話すことが出来ない。


 仕方なく、先頭で頭を垂れる男の肩を叩く。ビク、と反応した男は、しかし顔を上げようとしない。イライラして、ヴィラは男の頭を鷲掴むと無理やり顔を上げさせた。


 困惑した男の目と合うが、構わず周りの連中を顎で指す。理解したのか、男は『全員顔を上げろ!』と良く通る声で命じた。


 多くの期待に輝く目が自分に集まり、ヴィラは少し不快だった。だが、こればかりはどうしようもないと自分に言い聞かせる。これが普通なのだ。


 『まずは、ご健勝なお姿を拝見できました事、誠に嬉しく、また我が一族の不手際により、審判者様に多大なるご苦労をお掛けしました事、一族を代表し、謝罪申し上げます』


 地面に額を付け、男達が謝意を表す。だがヴィラにとってはどうでも良い事だった。


 再び肩を叩けば、今度はすぐに男が顔を上げる。


 『僭越ながら、ご挨拶申し上げます。私は此度の送迎部隊を率いますササ、と申します。何かご要望がございましたら、何なりとお申し付けください』


 頷き、彼らのバーダーを指させば、ヴィラがすぐに移動したがっていることを察したササが『出発の準備だ!』と声を上げた。




 男達は手際良く出立の準備を行なっていた。その指揮を執っていたササに、一人の男が耳打ちをすると、途端にササの顔色が変わる。しかしヴィラにとってはそれすらもどうでも良い事で、ただ早く出発したかった。余り時間をかけると、また揺らいでしまう。


 ぼんやりと周りを眺めていたヴィラの耳に、もの凄い勢いで駆けてくる者の足音が聞こえてきた。まったく気配を消すつもりのない足音に、〝使徒〟たちもすぐに気が付いてヴィラの前に立つ。緊張の走る中、木々の間から飛び出してくる影に、ヴィラの気が僅かに引かれた。


 『キキ!』


 驚愕と叱責の混じった声に、しかしキキと呼ばれた少年は構うことなく仲間を押しのけ、ヴィラの前に立った。体中に葉っぱを付け、髪を乱してはいたが、確かに先ほど村で出会った少年で間違いなかった。


 (やはり〝使徒〟で間違いなかったか……周りの空気から察するに、異端児のようだな)


 キキは荒い息の下で、ヴィラに信じられない事を言った。


 「彼女が攫われた」


 ザワ、と胸に不安のさざ波が立つ。


 『キキ、お前、審判者様に向かって!』


 憤怒の形相でキキを捕まえようとしたササを、ヴィラが手で制す。促すようにキキを見つめれば、キキはゆっくりと言い聞かせるように語った。


 「あんたが去った後、帝国軍の奴らが来て、彼女とその祖父さんを連れて行った。――敵の指揮官は〝無敗将軍〟。あんたを里から強奪した奴だ」


 〝無敗将軍〟――その言葉に他の使徒達がざわつく。だが、ヴィラが反応したのは敵の将の名前ではなく、彼女が攫われたという事についてだった。


 何故、と無意識に唇を動かせば、読唇術の心得でもあるのかキキが答えた。


 「人質だろうな、あんたに対する」


 怒りに頭が沸騰して、視界が赤く染まる。


 全速で走り出そうとしたヴィラの腕を、驚異的な反射神経でキキが掴む。しかしそんな足止めはヴィラの腕の一振りで簡単に外れてしまい、少年の決して小さくはない体が宙を舞う。動けない残りの〝使徒〟たちの間を駆け抜けようとしたヴィラの耳に、キキの怒声が辛うじて届いた。


 「どこに行ったか、俺は分かるッ!」


 足を止め、ゆっくりと振り返ったヴィラの視線の先には、苦痛に顔を歪めながら必死に起き上がるキキの姿があった。口の端に血を滲ませながら、キキはもう一度同じ台詞を吐く。


 「どこに行ったか、俺には分かる。あんたは分かるのか?」


 ニヤリと片頬を上げて、キキが問う。ヴィラは殺気を込めながらキキを睨み、左腕を上げる。動力を強く流したことで淡く発行した生源発結晶が、服を通してなおその存在を主張していた。


 しかし銃を突きつけられているのと同じ状況にも関わらず、キキの態度は変わらない。


 「やれるもんならやってみろ。但し、彼女の居場所が分からなくなるぞ。それ位、あの男は厄介だ……ちなみに、仲間を使って脅そうとしても無駄だからな。俺達は〝使徒〟だ。あんたの為に死ぬことを、義務付けられた存在だからな。ここで死んでも名誉の死って、喜ぶ人間ばっかりなんだ」


 ここで死んだらお前の所為だろう、とヴィラが呟けば、少年は「いいや、そうはならない」と自信を持って言いきる。


 「だって、今のあんたじゃ、あの男に勝てない。……本調子じゃないんだろ?」


 その男がどれほど強いのかヴィラには測りかねるが、しかし故障を抱えていることは事実だ。その事を何故この少年が知っているのかヴィラには分からない。


 「あんた、しゃべんないじゃん。それに、今怒りで力を解き放っているのに、右半身の生源発結晶は沈黙したままだ。結構不味い状況なんだろ?そんな状態で突っ込んだら確実にやられる。言ったろ?あんたを守るのが、俺らの義務だって。あんたを止めるためなら、俺らは喜んでここで自害するぜ?」


 キキの言葉に周りを見れば、皆「出来る」と目で語っていた。


 ヴィラは手を下ろし、少年に問う。どうすれば彼女の居場所を教える?と。


 「二つ条件がある。まずは、〝ゆりかご〟に戻って体を完全に治す事。もう一個は、救出の際、俺らを連れて行く事」


 簡単だろ?というキキにヴィラは反発する。


 彼女が危険だ。


 「大丈夫だよ。彼女は大切な人質だ。殺しはしないし、体も損なわれていない方が交渉しやすい。奴らはあんたの怒りを買うことを一番恐れてる。……どのくらいで体は治る?」


 六時間程あれば。


 「よし、んじゃすぐ出発だ。飛ばせば陽が沈んで間もない頃には着けるだろ。そしたら夜中には完治だ。その間にこっちも準備する」


 バーダーに向かいつつ「ササ!」とキキが呼べば、ずっと沈黙していたササが苦虫を噛み潰したような顔をして「後でちゃんと説明しろよ」と凄む。


 『出発するぞ!もたもたするな!』


 その号令で再び出発の準備を始める男達。内の一人が小声でキキに聞く。


 「お前、発信器どうしたんだよ。凄い勢いで離れていくから、遂に脱走したのかと思った」


 「へぇ。……その信号、ちゃんと追っとけよ。じゃないと、審判者に皆殺しにされるぞ」


 その言葉で、キキが何をしたのか理解した仲間は、神妙な顔をして頷いた。









読んでいただきありがとうございました!



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