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囚われた歌姫




 舞台に立った時には緊張で頭が真っ白になり、自分がちゃんと歌えたのかどうかすらレベッカには分かっていなかった。しかし鼓膜が破れそうな程の歓声に、ちゃんと出来たのだと安堵して思わず笑顔になる。向けられる視線は熱狂的で、クラスメイトからの冷たい視線にばかり晒されていたレベッカは、熱にやられてしまいそうだった。


 どうにか舞台を下りると、すぐにマリア先生に抱きしめられる。


 「素晴らしい出来でした!良く頑張りましたね!」


 ぎゅうぎゅうと締められて苦悶の声を上げれば、マリア先生はすぐにレベッカを離した。向けられたマリアの目に涙が浮かんでいるのを見て、レベッカは驚く。そんなに良かっただろうか、とレベッカは向けられる眼差しに戸惑ってしまう。


 (でも、これは好都合だわ)


 レベッカの目から見ても周りの大人達が興奮しているのが分かる。冷静さを失っている今が抜け出すチャンスだ、とレベッカは作戦を開始することにした。


 「マリア先生。喉か乾いたから、飲み物を飲んできていい?」


 「ええ、ええ、勿論です。いくらでも飲んできなさい」


 上機嫌の先生を騙しているようで、レベッカの中に罪悪感が生まれる。が、どうしてもヴィラに見てもらいたいレベッカはそのまま作戦を続行することに決めた。


 作戦と言っても、飲み物を飲みにいくと言って人通りの少ない学校の裏側の道を通って家に帰る、というもので、作戦と呼べるほど大層な物ではないのだが。


 (見つかったら怒られるかな?でも、ヴィラに見て欲しいもの)


 ヴィラが村に来れないなら、自分から見せに行くしかない――頭の中はヴィラに見せる事で一杯で、レベッカは後を付いてくる足音に気がつかなかった。


 学校の裏側に回ったレベッカは、壁から首を出して辺りに人がいないことを確認する。常から人通りが少ない上に、こちら側には出店も出ていない為に人の姿は無かった。


 小さくガッツポーズを取り、レベッカは裏道を走った。


 (ヴィラに見てもらえる!)


 幸福な未来を思い描いて、舞い上がるレベッカ。しかし目の前に現れた人物に思わず足を止めた。

そばかすだらけの顔をした大柄な体躯の少年が、行く手を阻むように道の真ん中に立ちふさがっていた。


 「……テッド……」


 零れた名前に反応して、テッドが動き出した。無視すると決意したとはいえ、数年かけて埋め込まれた恐怖心はそう簡単になくなる物ではない。足を竦ませるレベッカに、テッドは無言で距離を詰めてくる。


 「何の、用?」


 これ以上近付けたくなくて、レベッカは勇気を振り絞ってテッドに問う。テッドは足を止め、逆にレベッカに聞いてくる。


 「……何で、お前は俺を怖がるんだ?」


 テッドらしからぬ静かな問いに、レベッカは困惑する。どうしていいか分からず答えを返さないレベッカに、テッドは顔を歪めた。


 「だから、何で怖がんだよっ。俺が何をしたって言うんだ?!」


 その言葉に、レベッカは絶句する。


 (……何をした……?何をしたかも覚えてないの……?私は、あんなに辛かったのに?)


 ふつふつと、レベッカの中に怒りが湧く。この、傷ついているのは自分だと言わんばかりの顔をして、レベッカを非難しようとしているコイツは、一体何なのだ?


 (「君のことが好きなんだ」)


 旅人の言葉が蘇る。


 (だから、何だっていうの?)


 好きだと言えば、どんなことでも受け入れられるとでも思っているのだろうか。


 (「彼は君に何も望む権利なんてない」)


 (そうよ……何も望む権利なんて無いわ。こんな奴……)


 レベッカはキッとテッドを睨む。今まで大した抵抗をしたことがなかったレベッカの急変に、テッドはたじろいだ。


 「いい加減にして、テッド。私は、貴方が大嫌いよ。意地悪ばかりされて、友達も取られて……私がそんな貴方のことを好きになるとでも思うの?貴方には、そんな傷ついた顔をする資格なんてないわ」


 途端、テッドの顔が怒りに赤く染まる。でもレベッカは怯まなかった。力強くテッドに言う。


 「そこをどいて。私には、会いたい人がいるの。大切な人がいるの。貴方の為に使う時間なんて、私にはもう無いわ」


 瞬間、テッドが動いた。レベッカの腕を取ると力いっぱい引っ張る。レベッカに抗える訳が無く、いとも簡単に引き寄せられ、顔を近づけられる。それでテッドが何をするつもりか悟ったレベッカは必至で彼の顔を押し返した。


 「嫌っ!」


 近づいてくるテッドの存在に、レベッカはぞっとした。これから、自分はヴィラと甘い時間を過ごす予定なのだ。ヴィラの為に美しく装ったのだ。それを、こんな奴に汚されてたまるか、とレベッカは渾身の力で抵抗する。


 (嫌よ嫌!絶対嫌!誰か、助けて!助けて、ヴィラ!)


 バンッ!


 大きな音と共に風を感じ、ふ、と突然突っぱねた腕から重さが消える。体勢を崩したレベッカはそれでも必死に踏みとどまり、状況を確認した。レベッカの右側の壁には、テッドが倒れていた。起き上がる気配はないが、胸が上下しているから死んではいないのだろう。少しだけほっとしたレベッカは、次に左側を見る。一本向こうの路地に、フードを目深に被った人がいた。顔は見えない。しかし、その佇まいには見覚えがあって、レベッカは胸が一杯になった。


 「ヴィラ!」


 疑問符は付かない。だってレベッカは確信している。自分が彼を見間違える訳がない、と。


 「どうして」とか、「どうやって」とか、色んな言葉が頭を過るけれど、それよりも嬉しさが勝ってレベッカは彼の元へ駆け寄ろうとする。しかし彼が手を上げ、レベッカの行動を留めた。非難するように彼を見れば、彼はレベッカに向かって手を振る。思わず振り返して(あ、そっか。この格好の私と一緒じゃ目立っちゃうんだわ)ということに思い至る。


 (ヴィラ、歌を聞きにきてくれたのね!)


 それ以外に、彼がここにいる理由を思いつかなかった。


 危険を冒して自分の晴れ姿を見に来てくれたことに、レベッカは胸が一杯になった。嬉しくて嬉しくて、思わず涙が滲む。


 この姿をちゃんと見てもらえた事にも満足したレベッカは、家に帰ったらヴィラに感想を聞こうと考えながら、不安を覚えることもなく人混みに消えていくヴィラを笑顔で見送った。






 「フェアリーちゃん!」


 来た道を戻っている途中で掛けられた嬉々とした声と呼び名に、レベッカは振り返ることなく一歩横にずれた。数瞬遅れて、先ほどまでレベッカが居た場所に旅人が顔面ダイビングを決める。


 「……いい加減学べばいいのに」


 「冷たい、フェアリーちゃん」


 むく、と起き上がった旅人は、いつものように人懐っこい笑顔を浮かべる。


 「素晴らしかったよ、フェアリーちゃん!あんなに歌が上手いなんて思わなかった!正直、劇場で聞くオペラ歌手の歌より感動した!」


 手放しで褒める旅人に、レベッカは少し照れた。


 「そ、そう?自分じゃ分からないわ。緊張で、何も覚えてないの」


 「緊張してるなんて、見ていて全然分からなかったよ!威風堂々とはまさにこの事ってぐらい堂々してて格好良かった!」


 「あ、ありがとう」


 流石に都会の人というだけあり、旅人の褒め方はこの村の人とは違った。慣れない賛辞に、レベッカの頬は朱に染まる。


 「ところでフェアリーちゃん、この後って暇?良かったらご飯食べに行かない?隣の町に美味しいレストランがあってさ、お疲れ様会でもどうかなって思ったんだけど」


 レベッカは首を横に振った。美味しいレストランには行ってみたかったが、ヴィラを連れて行くことが出来なかった。美味しいご飯も、ヴィラの前には霞んでしまう。


 「ごめんなさい。約束があるから」


 レベッカが断ると、旅人はあからさまに落胆した。どんよりとした空気を纏い、無理をして笑顔をつくる。


 「そ、そっかぁ……先約じゃ仕方ないよね・・・…俺、明日にはこの村を出なきゃだから、もう会う機会ないかもな……あはははは」


 そんな事を言われると、レベッカも困ってしまう。旅人にはお世話になったし、その礼として提案した探し物も、見つけてあげることが出来なかった。


 (でも、今日はヴィラと居たい……)


 今日の姿の感想を聞きたい。綺麗だったと褒めてもらいたい。そんな葛藤を繰り広げていたレベッカは、旅人の向こうに慣れ親しんだ祖父の姿を捉えた。


 「おじちゃん!」


 なんて良いタイミングで現れてくれるのだろう、とレベッカは救いの神の登場に自然と笑顔になる。祭りに興味のない祖父であったが、今年はレベッカの歌を聞きに来ると言っていたので、恐らく飲み物を飲みに行くと言ったっきり中々帰ってこないレベッカを、探しに来てくれたのだろう。


 旅人は弾かれたようにレベッカの視線を追って振り返る。


 「あぁ、貴方が……何というか、間の悪い人だなぁ」


 旅人の不穏な呟きは、レベッカには届かなかった。旅人の横を通り過ぎようとしたレベッカだったが、突如強い力で抑え込まれ、首筋に冷たい金属の感触を覚える。目の前にいる祖父の顔が、みるみる強張っていった。


 「初めまして、セド・メ―フィス博士。大変恐縮なのですが、そのまま動かないで下さい。動くとどうなるかは――お分かりですよね?」


 声はとても穏やかだったが、言っていることは全く穏やかではなくて、恐怖に、レベッカは旅人の顔を確認することが出来ない。


 「レベッカも、抵抗はしないでくれ。あまり傷つけたくない」


 それはつまり、抵抗するなら傷つけると、そういうことだと意識が遠のきそうな頭でレベッカは理解した。


 「う~ん、どうしようかな……レベッカ一人で充分なんだけど……」


 耳元で囁かれた内容に、ゾク、と背中に悪寒が走り、レベッカは身を震わせた。


 「……二人の方が言う事を聞いてくれそうだね……そこの老人を確保。一緒に連れて行く。……レベッカ、君を私の秘密基地に招待しよう」


 狭い路地から数人の頑強な男達が現れ、祖父を拘束していく。圧倒的な力に囲まれ絶望に染まるレベッカは、愛しい彼に救いを求めた。


 (ヴィラ、ヴィラ、お願い、助けて――)









読んでいただきありがとうございました!


ようやく、レベッカが現状認識。遅いよ、主人公。

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