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歌姫




 前方不注意で、ヴィラは人とぶつかってしまった。細身であったが鍛えられた無駄のない筋肉で出来た体に、気を抜いていたヴィラの方がよろめいてしまう。しかしすぐに伸びてきた腕によって、ヴィラがその場から動くことはなかった。ただ、ピリ、と体の表面に浮かぶ生源発結晶――レベッカが刺青だと思っていた物――が服の下で反応し、不思議に思って男の顔を見た。


 (〝使徒〟か――)


 長い黒髪を後ろで一つに括り、この村では見ることのない褐色の肌をした男は、緋色の瞳を驚きに見開いていた。すべて〝使徒〟に共通する色で、この反応を見るに間違いないだろうとヴィラは確信する。


 (僕は森で待てと言ったはずだが……)


 なぜこんな所に居るのだろう、と怪訝に思ったが、あまり時間が無いことを思い出して腕を掴む男の手を振り払った。正午にはレベッカの歌が始まるのだ。こんな所で油を売っている時間はない。


 ヴィラは男を振り返ることなく、急いで時計台の元へ向かった。







 すでに時計台の舞台は人でごった返しており、ヴィラは顔を顰めた。正直、ヴィラは背が高くない。勿論大人と比べてという話であり、彼の名誉の為に補足するなら、彼は同年代の少年たちの平均身長くらいはある。しかしこんな人混みの中では埋もれてしまい、このままでは舞台に立つレベッカの姿を見ることは叶わない。どうするか――と思案していたヴィラの腕が、突如物凄い力で引かれた。無防備な状態で急激に加わった力に、ヴィラは抵抗することも出来ずに流された。逞しい腕の先には、先ほどぶつかった〝使徒〟。


 先ほどは色にばかり目がいっていたが、改めて見ると男はずいぶん若かった。恐らく、レベッカとそう歳が変わらない、少年と呼ばれる年代のはずだ。その少年は、歳に似つかわしくない深い皺を眉間に刻み、ヴィラを上から睨みつけていた。


 (何だ?)


 睨みつけたまま何も話さない少年の真意が分からず困惑したヴィラだったが、上にある彼の顔を見ていて名案が浮かんだ。


 自然と口角が上がる。布で隠れている為少年には見えなかったはずなのに、ヴィラの発する空気を読んだのか少年の顔に怯えが浮かんだ。離された手を、今度はヴィラが掴む。そのまま少年の「あ、ちょ、おい!」という抗議を無視し、ヴィラは彼の上に上った。肩車をする体勢になり、ようやく舞台を見ることが出来た。


 「……おい」


 剣呑な声を出す少年の頭を、ヴィラは褒めるように撫でてやる。すると、少年から尖った空気が抜けていくのが分かって、ヴィラは少し面白かった。


 「……何かやるのか?」


 諦めたように脱力して、少年はヴィラに聞く。ここで何が行なわれるか知らないのだろう。教えてやってもいいのだが、紙を持っていないので説明が出来ない。仕方なく、ヴィラは黙ってろ、というように少年の口を手で塞ぐ。少年が不満そうに下から見上げてくるが、その時丁度舞台に人が現れた為、ヴィラは視線を舞台に向けた。


 現れた人は村長らしい。長々と村の歴史について話し出し、辟易してしまう。それはヴィラだけではなく会場にいる皆もそう思ったようで、一気に会場の空気が濁る。ただ、自分の話に酔っている村長にはその空気が伝わらないらしく、一向に終わりが見えてこなかった。


 「……こんなのが見たかったのか?」


 と欠伸をしながら下の少年に聞かれ、そんな訳がないだろ、と苛立ちを込めて少年の腹部を蹴った。「いって~」と言いながらも全く堪えていなさそうな少年に、ヴィラはますます苛立つ。


 (第一、こいつは何故こんな態度なんだ?)


 〝使徒〟とはヴィラを守護し従属する定めの一族のはずだ。少年は〝使徒〟のはずなのに、ヴィラを敬う様子が全く見られなかった。長い年月によって〝使徒〟の意識も変わってきたのかもしれない。

そんなことを考えている間に村長の長い話が終わり、数人が同じように舞台に上がったが、こちらは空気を読んで手短に終えた。そして、遂にその時が来た。


 「それでは、豊穣とさらなる発展を願い、神に歌を捧げましょう」


 わぁぁぁぁぁぁ!と、鼓膜を打つ歓声が上がる。皆がこれを愉しみにしていたことが分かり、ヴィラも嬉しくなった。体が熱くなり、自分が興奮していることを知る。早く早くと焦れる心に、少年の頭に置いた手に力が籠る。「痛い、痛い!」と切羽詰まった少年の悲鳴も、歓声に消されてヴィラの耳には届かなかった。


 しかし、その歓声は突如消えうせる。


 舞台に、天使が現れたのだ。


 白いワンピースに、鮮やかな色の衣をまとったその姿は、ここが田舎の小さな村であることを忘れさせる程輝いて見えた。ある者は語る、彼女の後ろに虹色の光が輝くのを見たと。またある者は語る、彼女の周りに一面の花畑を見たと。


 この場に居る全員が息を飲んだのが分かった。彼女の美しさに、皆が目を奪われ心を奪われた。多くの目に晒されながら、怯むことなく堂々と佇むその姿は、まさに歌姫と呼ばれるのに相応しい姿だった。


 (レベッカ――)


 彼女の美しさに、ヴィラも言葉を失くす。それは、感嘆というよりは焦燥によるところが大きかった。舞台に立つ彼女は確かに美しい。しかし、そこには屈託なく笑ういつものレベッカはいなかった。知らない誰かになってしまったようで、ヴィラは一人不安になる。彼女が居なくなってしまうのではないかという胸騒ぎに、胸を抑えた。


 レベッカは手を臍の前に置いてマイクの前に立つ。すると、音楽が流れ出した。


 息を、吸って。


 レベッカは歌いだす。


 耕される畑を、豊かな実りを、清らかな水を、照らす太陽を、そして、村に生きる人々の暮らしを、神に感謝しこれからの繁栄を願う。紡がれる言葉が命を持ち、流れる旋律が人々の元に運ぶ。この世のものとは思えない美しい歌声は、全ての人の心を打った。


 この世のものとは思えぬ夢のような時間。しかし、それもいずれ終わる。


 一際高い音で、歌が締めくくられる。曲が終わり、しばらくは誰も動けなかった。しかし、誰か一人が拍手を打ち、それが波紋のように周りに広がる。波紋はやがて大きな波となり、会場は地響きを感じさせるほどの歓声に包まれた。


 それまで神聖さを感じさせる真剣な表情をしていたレベッカが、歓声に破顔する。


 歓声はより一層大きくなり、「レベッカちゃぁぁぁぁん!」「結婚してくれぇぇぇぇ!」という男どもの野太い声が叫ばれた。


 レベッカはちょこんとお辞儀をして、舞台を下りた。その姿に、ヴィラは安堵する。


 (レベッカだ――いつものレベッカだ)


 満足げにレベッカを見送ったヴィラだったが、彼女の後を付けていく人影を認めて、視線を冷たいものに変える。


 レベッカが下りても鳴り止まぬ歓声を、村長が「皆さん、落ち着いて」「アンコールはありません」と必死に静めようとしている最中、ヴィラは少年から下りた。結構な時間ヴィラを担いでいた少年は、肩を揉みながら妙に納得した様子で頷いていた。


 「あんたが見たがるのも分かるな。凄い美少女だった」


 そんな戯言を言う少年を置いて、ヴィラは人波の中を駆けて行った。レベッカの窮地を救う為に――。









読んでいただきありがとうございました!


人が歌っている場面の描写が上手くいかない……

歌姫が主人公なのに!!( ;∀;)

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