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始動




 息を吸い込めば青々とした緑の匂いを感じ、肌をなでる風は乾いていて火照った体を適度に冷ます。木々の合間から降り注ぐ陽は優しくて、疲れも手伝ってつい木の根元にねっ転がり惰眠を貪りたくなってしまう。


 少年のそんな気配を察したのか、仲間が釘を刺した。


 「寝るなよ」


 流石にこんな状況で寝る程馬鹿じゃない、と少年が睨めば、仲間は肩を竦める。「分からないだろう?」といわんばかりの態度に、少年は舌打ちをした。


 (一晩中休むことなく飛び続けて、疲れない奴なんかいないだろ?)


 その証拠に、釘を刺してきた男の目の周りには隈が出来ていたし、周りの連中の顔にも濃い疲労の色が浮かんでいた。


 疲弊する自分と仲間の姿に、少年は苛立ちを覚えた。


 (〝審判者″の野郎、いったい何様だっつうの!)




 審判者――それは、少年の一族が絶対の忠誠を誓う者のことだ。その者の身を守る為に命を投げ出し、その者の命令に絶対服従しなければならないと、少年も幼き頃より教育を受けている。しかし、しっかりと自分で物事を考えることが出来る歳になって、少年はその使命に反感を覚えるようになった。


 何故、祖先が勝手にした契約に自分達まで縛られなければならないのか。


 何故、会ったこともない奴の為に血を吐くような訓練を受けなければならないのか。


 何故、自分の人生を自分の為に費やすことが出来ないのか。


 何故、自分達を殺すと分かっている奴を守らなければならないのか。




 正直、自分の祖先はアホだと少年は思っていた。


 永遠の従属の代わりに、少年の祖先は古の種族の技術を学んだ。それは確かに素晴らしい物で、彼らが滅びて千年経った今でも、外の人間達は彼らの技術に追いついていない。だが、近付いて来ていることも事実だった。


 今手にしている技術は、永遠の従属と引き換えにするほど価値のあるものだったのか、と少年は思わずにはいられない。


 少年のように不満を抱える若者は他にもいて、少年は親友と一族を抜け出す計画を立てていた。もし〝審判者〟が帝国軍に強奪などされなければ、今頃少年は親友と共に外の世界に飛び出していただろう。

恋焦がれていた自由を、二人で描いていた夢を、あったかも知れない未来を思うと、少年の胸は鈍い痛みを訴えた。


 もう、永遠に叶わない。


 (「僕達は、きっと逃げられないんだ。使命を果たすその時まで」)


 そう言って切なく笑った親友は、〝審判者〟の奪還作戦に出たまま帰って来なかった。いや、その作戦に就いた者は誰一人として帰ってこなかった。


 誰も何も言わなかったが、作戦が失敗したことを察して少年達は速やかに軍の動向を探りに動いた。しかし動いている部隊が突如消えうせ、向こうの動向を掴むことが出来ず捜索は一向に進まなかった。誰もが焦りを覚える中、昨日突然〝ゆりかご〟が〝審判者〟からの通信を知らせた。


 [明日、迎えを寄こせ。場所はフローレインの泉]


 里の大半の連中は〝審判者〟が無事だという事に歓喜した。涙を流し神に感謝する者までいた。しかし少年の胸に押し寄せた物は、歓喜でも反感でもなく、諦念(ていねん)だった。〝審判者〟が目覚めたということは、来てしまったということだ。〝審判の刻〟が。


 外に焦がれていた少年は、外の世界のことを良く知っていて、だからこそ下される審判の結果が分かっていた。だから、里の皆の様に喜ぶことなど出来なかった。


 しかし運命は少年を離してくれず、里の近くで情報収集を行なっていた少年は同じように近場にいた者達と共にお迎え部隊に組み込まれ、夕暮れ時に一族の里を出た。しかし里からフローレインという森までは車でも半日は掛る距離だ。少年の一族には、古の一族の生みだした〝バーダー〟という高速で移動出来る乗り物があるが――空気抵抗を抑えるために長い楕円形をしており、座席は中央より後方に取り付けられ、前方のハンドルを車体に覆いかぶさるようにして掴み乗る。車体には車輪がなく、生源発結晶によって空中を走行する乗り物だ。六メートルは上昇することが可能で、障害物が少ない分、車の倍の速度で飛ぶことが出来る――結局不眠不休で飛ばし続けてどうにか日付変更前にフローレインに辿り着いた、という有様であった。




 (明日とか無理だっつうの!俺らを何だと思ってんだ!)


 色々諦めていた少年であったが、身勝手で高慢な命令に、憤りを覚えずにはいられない。


 正直〝審判者〟の登場をそわそわと落ち着きなく待っている仲間達が、別の生き物に思えた。


 その時、抗議するように少年の腹の虫が盛大に鳴った。仲間の目が一斉にこちらを向いて、流石の少年も居心地の悪さを感じたが、しかし昨日の夕方から何も食べていないのだから、これは生理現象だ、と開き直る。


 「なぁ、ササ。近くの村に食い物調達に行っちゃダメ?」


 お迎え部隊のリーダーを務めるササに聞けば、彼は厳つい顔を強張らせ米神に青筋を立てた。


 「……お前、今の状況が分かってない只の馬鹿なのか、俺の拳骨をもらいたいマゾなのか、どっちだ?」


 他の仲間からも馬鹿にしたような視線を受けるが、少年は怯まない。


 「いや、どっちでもないけど……つかさ、腹が減ったままじゃ、いざって時力出ないだろ?時間指定はないみたいだし、下手したら夜までこのままってこともあり得る。空腹状態だと勘も鈍るしさ、万全な態勢をとるためにも、腹に何か入れるべきだって。人数いるんだし、俺一人くらい居なくなっても平気だろ?」


 少年はこの部隊では最年少で、リーダーであるササは立場的にも年齢的にも上の者になるのだが、そんなことはお構いなしの口を利く。これは誰に対しても変わることが無い彼の悪癖で、仲間も分かっているからいつもは許しているが、今この場でその悪癖を許容出来る程、ササの精神状態は安定していなかった。


 「……っ、いい加減にしろッ!審判者様がいついらっしゃるか分からないんだぞ!」


 「うん。来たら連絡くれ」


 通信機を目の前で振る少年。


 プチ、と何かが切れる音がして。


 鬼の形相で怒鳴りつけようと息を大きく吸ったササに、仲間の一人が何かを耳打ちする。


 一瞬固まり、唸り声を上げながら何かを思案するササ。仲間の視線が集中する中、一分程悩んだササはため息をつくと脱力した。


 「……分かった。キキ、行っていいぞ」


 「やりぃ!」


 ガッツポーズを決める少年――キキに、ササは「但し」と条件を付ける。


 「目立つことは絶対するな。喧嘩なんて以ての外だ。無駄遣いもするな。審判者様がいらしたら、すぐに連絡を入れるから、そしたら即戻って来い。いいな?」


 「分かってるって!」とササの言葉が終わるや否や、キキは走り出した。若鹿のような疾走ぶりに、仲間達はため息をつく。彼らがキキを見放せないのは、彼の身体能力の高さ故だった。勿論、こんな事に発揮されることを望んでいる訳ではない。


 「何でキキを行かせたんです?あいつ、脱走するかもしれませんよ」


 皆の疑問を代表して一人が聞けば、ササは渋い顔をして答えた。


 「発信器であいつの後は追える。それよりも、審判者様の前にアレを出すことが躊躇われた……絶対、言葉遣い直さねぇだろ」


 あぁ、と全員が心の中で納得の声を上げた。








読んでいただきありがとうございました!


キキ、名前が出てきたのは実は第一話が最初です。もう皆さまお忘れかもしれませんが^_^;

あの飛び降りた子が、キキの親友でした。



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