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罪の告白と、償い




 全ての生き物が眠りに就く深夜。深い暗闇の支配する空間で、ヴィラは何度目か分からない寝返りをうった。頭の中は、昼間の出来事で一杯だった。


 (今日は精神的に忙しい日だったな)


 一気に谷底に突き落とされたと思ったら空高く飛翔し、そして最後は混乱の海に沈んだ。


 (いや、それほど可笑しい事ではないのかもしれない。セドは我らの研究をしていたというし、母親は彼から聞いただけ、という可能性も……だが、セドの研究は兵器についてだったはず。歌とは何の関係もないような気もするのだが)


 その疑問が、頭を支配して寝かせてくれない。ため息をついたヴィラの耳に、部屋のドアが微かに開く音が届いた。こんな時間にやってくるのはセドだろう、とヴィラは身を起こす。その物音でヴィラが起きていることを悟ったのか、セドがドアを大きく開ける。セドの持つランタンの明かりが部屋に流れ、闇を追い出していった。


 『このような時間に申し訳ありません』


 [どうした?]


 『……〝使徒〟とは連絡がつきましたでしょうか?』


 あ、とヴィラは頭の中で呟く。昼間の衝撃で、すっかり忘れていた。


 首を横に振れば、セドは『そうですか』と肩を落とす。そうしていると、セドが一気に老けこんだように見えて、ヴィラは少し申し訳ないような気持ちになった。


 [すまない]


 素直に謝罪の言葉を伝えれば、セドは大きく目を見開く。


 『……いいえ、貴方様が謝られることは何もありません。私の勝手なお願いなのですから』


 [勝手な願い、ではないだろう。私がお前の立場でも、同じ様に願ったはずだ。それに、お前の世話になっているという自覚もある]


 セドは何かを言おうと口を開くが、声を発する前に閉じてしまう。


 [言いたい事があるなら言え]


 『……はい……その、貴方様は私が思っていた存在とは、まるで違うと思ったのです。私はもっと……機械のような、方だと』


 [私の体のほとんどは機械だ。食べることも寝ることも、必要のない体だ]


 食事も睡眠も、ヴィラにとっては嗜好品のようなものなのだ。しかし、ヴィラの答えはセドの伝えたかったこととはズレていた。


 『いえ、体のことではなく、精神や心の方が、という意味です』


 言わんとすることが分からずヴィラが首を傾げれば、セドは何かを否定するように頭を振る。


 『この様な事、感じる事自体不遜と取られるかもしれません。しかし、もう私にもよく分からないのです。私には――私には、貴方様がまるで人間のように思えるのです』


 怖い位真剣なセドの眼差しに射られ、ようやくヴィラもそのことに疑問を覚えた。そう、可笑しいのだ。人でない自分には、人の心などあるはずがない。けれど、ここ最近の自分を振り返ると、まるで人間のように動揺し、怒り、喜んでいる――


 自分という存在に、そのような感情があっていいはずがない。そうセドも思っているのだろう。だから、ヴィラは自分の動揺が悟られないように、軽くセドに告げる。


 [それほど不思議なことでもない。昔、私は人間だった。その名残だろう]


 それでもまだ納得出来ていない様子のセドに、丁度良い、と今度はヴィラが聞く。


 [我らの歌を、知っているか?]


 『歌、でございますか?いえ、存じ上げませんが……』

 

 [なら、レベッカの母親は、どこで知ったのだ?]


 その言葉に、セドの目が見開かれ中心にある瞳が揺れた。あからさまな動揺に、ヴィラは何かあると確信する。


 [今日、レベッカが我らの歌を歌ったのだ。私は初めて聞く歌だったが、確かに、我らの言葉で、我ら

の旋律だった。レベッカは母親から教わったと言う。レベッカの母親も、研究者だったのか?なぜ彼女は死んだのだ?]


 セドは俯き、広い肩を小刻みに震わせる。彼は意識して深い呼吸を繰り返し、どうにか自分を落ち着け

ようとしているようで、その様子をヴィラは黙って見守る。長い沈黙の後、セドは意を決したように唾を飲み込むと、膝を折った。


 『……聞いて頂けますでしょうか。私の、罪を』


 上げられたセドの顔はまるで紙のように白く、断罪を待つ囚人のようだった。


 縋るようなセドの瞳に、ヴィラは頷く。


 『私が貴方様の種族の事を知ったのは、学生の頃でした。と言っても、この村と違い、都会には長く学べる教育機関があります。そこの学生でしたから、今のレベッカより五つは上の頃でしょう。師事していた教授に連れられ、私は国の管理する書庫に立ち入りました。そこには歴史的価値の高い文献が数多く収容されており、その中から、私は貴方様の種族のことを知ったのです。……愚かな私は、一瞬で魅了されてしまいました。我ら人類より太古の昔に誕生した種族。その、優れた文明に――特に、彼らの生み出した兵器に、心を奪われたのです。…………ただ己の好奇心を満足させるために、その危険性を考えることもなく暴きたてて――それだけならば、まだ良かったでしょう。しかし、私は研究を発表しました。誰かに認めてもらいたかった、そんな、幼稚な理由で…………そして、軍が接触してきたのです』


 セドの声は震えていた。上げられていた顔も既に俯き、その表情はヴィラからは見ることが出来ない。しかし、苦痛に歪められているのだろう、と膝の上で握り締められて白くなってしまった彼の拳を見て、ヴィラは思った。


 『私は、危機感を覚えるどころか、喜んだのです。あぁ、私の研究が国に認められたと、これで研究費がもらえると……私は、研究の一部を軍に譲渡しました。それが、どんな悲劇を起こすかも考えずに、喜び勇んで……っ、せめて、せめてその時に、彼らの目に宿る狂気に気付いていれば、あんな……あんなことにはならなかったのに!』


 勢い良く上げられた顔は涙に濡れて、ぼたぼたと滴を零す瞳はヴィラを通り越して過去に向けられている。今も昔味わった地獄の業火に焼かれているかのように、セドの大きな体は苦痛に悲鳴をあげていた。


 『彼らは聞きました。「作れるか」と。私は「無理だ」と答えました。なぜなら、かの種族の武器には〝生源発結晶〟が使われているからです。〝生源発結晶〟は私の専門外です。動力源となるソレがなければ作れないと告げた私に、奴らは聞きました。「ソレの専門家はいるか」と……私は、私は、……っ、ミリア・メーフィス――娘の、名前を挙げてしまった!あぁ、本当に、私は何ていうことをっ!……軍は当然ミリアの元へ向かいました。しかし、娘は私と違い、聡明で真っ直ぐでした。すぐに危険を察知して、軍の要請を拒んだのです……しかし、軍が納得するはずがありません……抵抗する娘を、力ずくで連れ去ろうと……っ、娘の夫は、娘の盾となり斬られ、それを見たミリアは……自ら、家に、火をっ……うっ……』


 耐えられない、というようにセドは背を丸め、咽び泣いた。子どものようにしゃくり上げながら、両手で頭を抱える。そこには、時に厳しく孫を諌める偉大な祖父の姿はなく、ただ過去の呵責に囚われた憐れな男の姿があった。


 ヴィラは、セドが泣き止むのを静かに待った。それ以外に、出来る事はなかった。


 セドの泣き声が響く部屋を、ランタンの灯が不安定に照らす。壁に映し出されたセドの影は大きく伸びて異形の形となり、それが彼の心に住まう罪という名の怪物のようだ、とヴィラは思った。





 どれだけの間、そうしていただろう。既にセドは泣き止み、けれどぴくりとも動かないまま、床に蹲っていた。その老いた背を、ヴィラは静かに待った。待つべきだと思ったのだ。今、彼は過去の罪と向き合っている。それは孤独な戦いだ。他人が踏み入っていい領域ではない。しかしあまりに長い間沈黙が続き、さすがのヴィラも「まさか寝たのか」と不安を覚えた頃になって、思い出したようにセドが体を起こした。その顔はいつもの厳つい顔に戻っていたが、目元は赤く腫れあがっていた。


 『失礼しました』と掠れた声で謝罪するセドに、ヴィラは首を横に振ることで答える。まだ先があるんだろう、と視線で促せば、セドは先程とは打って変わり落ち着いた声で語った。


 『レベッカは、焼け落ちた家の地下倉庫から、娘の遺書と共に発見されました。体中煤だらけで衰弱していましたが、大きな怪我はなく――ただ、両親の死に関する記憶が失われていていました……恐らく、防衛本能が働いたのだと思います。レベッカが背負うには、あまりに重い記憶です。ですから、レベッカには両親は事故で亡くなったと、そう言ってあります。この先も、真実を告げるつもりはありません』


 それがいい、とヴィラも思う。レベッカにとって、セドは大きな支えであり拠り所なのだ。そんな人が、両親の死に関わっていたと知ったら、レベッカは壊れてしまうだろう。


 頷くヴィラに、セドは怖いくらい真っ直ぐな眼差しを向ける。それを、どこかで見たことがあるような気がした。


 『娘の遺書には、軍がやって来た事、夫が斬られた事、そして研究を渡さない為に自分共々資料を灰にする事が書かれていました。そして最後に、娘を――レベッカを頼むと……私は、レベッカを守らなければなりません。それが、幼い娘を残して先立たねばならなかった娘と婿への償いであり、両親を奪われたレベッカへの、償いなのです』


 害を成すならば貴方であっても容赦はしない、と強い覚悟を滲ませるセドの瞳は語っていた。それで、ヴィラは思い至る。


 (そうか、「守る」と言った時のレベッカと、同じ目なんだ)


 たじろいでしまう程真っ直ぐな眼差しや、潔さすら覚えてしまう覚悟が、レベッカと同じなのだ。きっと、彼女の母親もこういう目をしていたに違いない、とヴィラは少し笑う。


 笑われたことで少し剣呑な光を宿し始めたセドの目を見て、ヴィラは言う。


 [貴方とレベッカは、良く似ている]


 ヴィラの言葉に、セドは眉根を寄せる。きっとそんな事を今まで言われたことがないに違いない。厳ついセドと可愛らしいレベッカに、見た目の類似点は皆無だ。おまけに、セドは無口だがレベッカは年相応におしゃべりだし、身に纏う空気も真逆ときている。


 (でも、きっともっと深い部分――そう、魂の部分で、この二人は良く似ている)


 それを、ヴィラは羨ましく思った。


 [明日、〝使徒〟と連絡が取れたなら、明後日にはここを発つ]


 ヴィラの言葉に、セドは目を丸くする。そんなセドに、ヴィラは心の中で(貴方の勝ちだ)と呟いた。本当は、ここを離れたくなかった。ずっとレベッカと一緒に居たかった。その思いは今も胸の中で熱く燃え盛っている。しかし、彼の話を聞いて、彼の想いを知って、彼の背負う覚悟を見て、それに対抗できるだけの何かが自分にあるのかと問われれば、ヴィラは頷くことが出来なかった。


 [用意してもらいたい物がある]


 未練を振りきるようにヴィラが提示する内容を確認して、セドはしっかりと頷いた。その顔が明るいのとは対照的に、ヴィラの胸中には苦いものが広がっていた。








読んでいただきありがとうございました。


もう少しで物語の折り返し地点です。




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