旅人相談室
「じゃあ、皆陽が沈んでも起きているの?」
男の変人振りに最初は警戒むき出しのレベッカだったが、男が「美味しい」を連呼しながら子どものように朝食に齧りつくから、すっかり警戒が解けてしまっていた。さらに男は話し上手で、彼の話す都会や街の様子に、気が付けばレベッカは夢中になっていた。
「そうだよ。飲み屋なんて明け方までやってるし、街から明りが消えるなんて、停電が起きた時位じゃないかな。首都のウォ―デリーは別名〝眠らない街〟って、呼ばれてるんだ」
村の生活との落差に、レベッカは目を丸くする。男はそんなレベッカを見て笑った。
「この村は、眠りにつくのが早いよね。初日は吃驚したなぁ。夜に着いたんだけど、どの家にも明りが点いてなくて、おまけに街灯もないだろう?ゴーストタウンに迷い込んじゃったかと思ったよ」
「家に電気通ってないの?」と聞かれ、レベッカは素直に答える。
「私の家は通ってないけど、村には通っているわ。高いから、誰も使わないけど」
「高い、ねぇ……発電所から遠いと値段も上がるのか?いや、年収の差かな?ま、どっちでもいいか。ところで、どうしてフェアリーちゃんの家には、電気が通ってないの?」
森に住んでいる設定はもういいのだろうか、と思いつつも、その設定が長引いても困るだけなので特に突っ込まずにレベッカは答える。
「村から離れているの。電気ひっぱるのが大変だから、通ってないんだって」
「ふ~ん。家ってどの辺?ここから近いの?」
「うん。森の入口のところに家があったでしょう?そこが私の家なの」
「……あれ、家なの?猟師の立ち寄り小屋じゃなくて?」
訝しむ男の言葉に、レベッカは頬を膨らませる。
「違うわ!ちょっと見た目は古いけど、ちゃんと私とおじいちゃんが住んでるもの!」
「ごめんごめん、その、何ていうか、今まで見たことないタイプっていうか、個性的だよね!」
「そんなお世辞、いらない……それで、旅人さんは、どうしてこんな、電気も使わないような村に来たの?」
「都会に比べれば退屈でしょう?」とレベッカが聞けば、男は屈託のない笑顔を浮かべる。
「都会は華やかだけど、醜く汚い部分も沢山ある。たまに、そんな生活に嫌気が差して、こうやって田舎に逃げてくるんだ……ここは、のどかで良い処だね。引退したら、ここに移り住もうかな……」
レベッカは、泉に向けられた男の横顔をじっくりと観察する。
すっと通った鼻筋に、大きくて感情を良く映す瞳はブルーグレー。くせのない黒髪は艶やかで、耳を隠す程度の長さに揃えられている。
(綺麗な顔)
ヴィラで美人に免疫の出来ているレベッカだったが、そんな彼女から見ても男の顔は綺麗だった。もしヴィラと出逢っていなければ、レベッカの中で一番綺麗な人はこの人だっただろう。
(でもやっぱりヴィラの方が綺麗かな。ヴィラは見ているだけで幸せになれるもの)
贔屓目が含まれていることは否めないが、レベッカの好みを判断基準にするならば、ヴィラの方が美しかった。だからこそ、普通の娘なら一瞬で恋に落ちてしまいそうな男の微笑みにも、レベッカが絆されることはなかったのだった。
「じゃあ、ここには都会から逃げて来たの?」
「まぁそうだね。でもこの村を選んだのは、近々祭りがあるって聞いたからなんだ」
「それって〝建村祭〟のこと?」
「そうそれ!都会の連中は絶対見たことないだろうからさ、良い土産話になると思ったんだ。今朝も早くから準備してたね」
「うん。祭りの二日前から、村の人皆で準備をするの」
「皆で?凄いなぁ、都会じゃあり得ないね。皆仲良さそうで、羨ましいよ」
旅人は本当に羨ましそうに言った。きっと、それは誇れることなのだろう。けれど、レベッカは胸を張ることが出来なかった。
レベッカが浮かない顔をしているのに気付き、旅人は「どうしたの?」と聞く。
「……皆が、仲良しな訳じゃないよ」
自分でも吃驚するほど沈んだ声に、レベッカは顔を歪ませる。
「……派閥争い、みたいなのがあるの?」
こんな村にも?という無言の続きが聞こえたような気がしたが、レベッカはそこには構わず首を横に振る。
「……じゃあ、仲良くない人がいるの?」
「…………」
「俺で良ければ、話聞くよ?そりゃ、上手くアドバイス出来るか分かんないけど、一人で抱えているよりはマシだと思う」
「……でも、旅人さんは、関係ないから……」
「だから良いんじゃない!」
旅人は、レベッカの心にかかる雲を晴らすように、明るく笑う。
「どうせ俺は、祭りが終わったら居なくなるんだ。そんな人間に、何を話したって、後腐れも害もないと思わない?無関係だから、俺に何を言ってもいいんだよ。愚痴でも悪口でも罵詈雑言でも、聞いたって俺には話す相手なんていないからね!ささあ、ずずいっと話してくれたまえ!」
腕を広げ、芝居がかった物言いに、レベッカは笑った。笑ったことで、不思議と胸を塞いでいた石も取れたようだ。レベッカは、祖父にも言えていなかったことを話した。学校のこと。テッドのこと。そして、昨日のことも――
「それで、今朝テッドが突然やって来て……怖くなって、ここに逃げて来たの……」
レベッカの話は要領を得ていないことが多く、レベッカ自身今何を話しているのか分からなくなることもあったが、旅人は時々相槌を打ちながら静かに耳を傾けてくれていた。そのお蔭か、レベッカは淡々とこれまでの事を話すことが出来た。もし誰かにこの話をする機会があったら自分は絶対泣くだろう、と思っていたので、レベッカは少しだけ自分が強くなった気がして嬉しかった。
「……成程ね。……ちなみに、フェアリーちゃんはテッド少年がちょっかいを出してくる理由について、心当たりは?」
「ないわ。本当に、突然だったもの。それまでも仲が良かった訳じゃないから、テッドに何かした覚えなんていし……」
「……青春は甘酸っぱい、とは良く言うけど、行き過ぎると苦酸っぱいんだね……いや~、なんか色々可哀想。フェアリーちゃんは勿論だけど、テッド少年も俺から見れば少し可哀想だね」
「どうしてテッドが可哀想なの!?」
思わぬ言葉に、レベッカは怒鳴ってしまう。
だって酷いのはテッドなのだ。レベッカから友達を奪い、安らぎを奪った。テッドは加害者だ。悪だ。ちっとも可哀想なんかじゃない。
涙の滲んだレベッカを、旅人は「説明するから落ち着いて」と宥めた。
「そうだな……本当は当人から聞くのが一番なんだけどね、まぁここまで拗れてたら見込みないだろうし、言っちゃいます」
旅人はそこで一度切ると、真っ直ぐにレベッカを見つめる。その眼差しがひどく真剣で、レベッカは息をつめて彼の言葉を待った。
「あのね、テッド少年は、君のことが好きなんだ」
「…………」
「…………」
「…………」
「え、何か返して?」
「…………そんなこと、絶っ対ありえない!」
レベッカから湧きあがるのは怒りだった。それは、彼女の柔らかな黄金色の髪を逆立たせるほどの勢いで爆発し、旅人はその迫力に思わず後ずさった。
「私の話、聞いてたの?!テッドは私に意地悪するの!好きな子にそんなこと、する訳ないでしょう!?」
立ち上がり旅人に詰め寄るレベッカ。妖精と言われた面影はそこにはない。旅人は逃げ腰になりながらもレベッカを宥める。
「うん。フェアリーちゃんの逆鱗に触れたことは分かったから、一旦落ち着いて!ね?そこもちゃんと説明するから」
レベッカは肩を怒らせながらも大人しく地面に座った。あからさまに安堵した様子の旅人に、レベッカはキツイ視線で先を促した。
「まずは、男の心理から説明しようか。あのね、男って不思議な生き物で、好きになった女の子にちょっかいを出したくなるんだよ」
「どうして?」
「振りむいて欲しいからだよ」
その答えを聞いても首を傾げるレベッカに、旅人は優しく微笑む。
「小さい子がさ、親の気を引きたくて悪戯すること、あるだろう?あれに近いかな。こっちを気にかけて欲しくて、でも恥ずかしいから正直に行動できなくて――結果、嫌がらせと取られてしまう、と。テッド少年のは度が過ぎて、虐めになっちゃったんだね」
「……気が引きたい、っていうのは分かったけど、テッドのがそれとは限らないわ」
眉間に皺を寄せるレベッカに、旅人は説明する。
「テッド少年は、元々仲の良くないフェアリーちゃんに近づく方法が分からなかったんじゃないかな。それで、ちょっかいを出し始めた。その時、多分、クラスの他の男にも近づくなって言ったんじゃないかな。ライバルは作りたくないだろうしねぇ。それを他の人が、テッドが君を嫌ってるって解釈してしまい、クラスを巻き込んでの虐めへと発展してしまった――そんなところだと思うよ?」
「まぁ、真実は本人にしかわからないけど」と旅人は付け加える。
レベッカは拳を握る。小さな拳は怒りに震えていた。
(そんなことの為に……そんな理由で、私はあんなに寂しい思いをしたの?)
理不尽な理由に憤るレベッカから出たのは、低く掠れた声だった。
「……そうだったとして、それが、どうだって言うの?私に、どうしろって言うの?」
テッドに悪気がなかったとしても、事実は何も変わらない。レベッカが深く傷ついた事実は、何も変わらないのだ。
絞り出すようなレベッカの声に、旅人は労わる様に声をかける。
「どうもしなくていいよ。理由はどうあれ、君を傷つけたのは事実だ。君は被害者で、彼は加害者。彼は君に何も望む権利なんてないし、君は彼に何かをしなくちゃならない義務なんてない。……テッド少年を可哀想だと言ったのは、彼が村長の息子だからだよ。こんな小さな村では、村長の力は絶対だろう。その息子に気に入られようとする人は、沢山いるだろうね。自分の持つ影響力を把握するには、彼はまだ幼過ぎたんだと思う。……まぁ、惚れた女を守るどころか傷つけるなんて、器が小っちゃい証拠だね。そんな奴の為に、フェアリーちゃんがこれ以上傷つく必要はないよ」
あっけらかんとした旅人の言葉に、レベッカは頷く。確かに、これ以上そんな理由で傷つくのは嫌だった。
「もう、テッドのことは無視する。怒鳴られても、叩かれても、無視する!」
そう宣言したレベッカに、旅人は良い笑顔を向ける。
「その意気その意気!――ところで、フェアリーちゃんは好きな人いるの?」
好きな人、と言われて、レベッカの脳内に白髪の美しい少年の姿が浮かぶ。
(ち、違うよ!ヴィラのことは確かに好きだけど、そういう好きじゃなくて、か、家族とか、そんな感じで)
一人頭の中で言い訳をしていたはずなのに、旅人は「ふ~ん」と何やら訳知り顔をする。
「残念。いるんだ」
「い、いないよ!好きな人なんて!」
「でもフェアリーちゃん、顔にいるって書いてあるよ」
ばっと顔を両手で隠すレベッカに、旅人は「か、可愛いぃぃぃ」と悶えた。
「ね、どんな人?どうせ分かんないんだし、教えてよ」
旅人は好奇心丸出しで、レベッカに詰め寄る。綺麗な顔がどんどん近づいてきて、レベッカは焦った。焦りながらも必死で代わりの話題を考える。
「そ、そういえば、旅人さんの落し物って何だったの?」
我ながら厳しい話題転換だ、と思いつつもレベッカが聞けば、旅人は不服そうにしながらも話題を変えてくれた。
「んー、黒い箱なんだ」
「黒い箱?」
「そ。黒鉄で出来た箱で、結構大きいから目立つと思うんだけど、見たことない?」
男の言葉に、レベッカは記憶を辿る。旅人から視線を外したため、彼が探るような視線を向けていることにレベッカは気が付かなかった。
「……う~ん、見たことないわ。最近は毎日のように森に入っているけど……」
「そっかぁ。どーこ行っちゃったんだろ」
ため息をつき肩を落とす旅人が、レベッカは可哀想になった。それに、彼には励ましてもらった恩がある。
「じゃあ、もし森の中で見つけたら旅人さんに教えてあげる」
「本当?!ありがと、フェアリーちゃん!君は俺の天使だ!」
がばっと飛び掛ってきた旅人を、レベッカは再び素晴らしい反射神経でかわした。
「……なんかデジャブ」
「だったらやらないで下さい」
「ごめんなさい」
くぐもった返事をする旅人に、レベッカはため息をつく。本当にこの人は大丈夫だろうかと不安を覚えたが、悪い人ならのレベッカの話をあれほど親身に聞いてはくれないだろう。多分良い人だ、と自分に言い聞かせ、レベッカは旅人に宿泊先を尋ねる。村には宿は一つだけだが、念のため確認を取るとやはりその宿だった。
「分かったわ。もし見つけたら、知らせるね」
「ありがと。じゃあ俺は君の恋路の応援をするね!」
「しなくていい!」
「お、否定しないねぇ」
「!」
慌てて口を噤むも、もう遅かった。旅人はニヤニヤ顔でレベッカを見る。
「ね、彼の名前、教えてよ。大丈夫。俺はすぐ居なくなるし、変なちょっかいは出さないから。ね?」
言ってはいけない、と頭では分かっていた。ヴィラの存在は隠さなければいけない、と。しかし、秘密は抱えるほど誰かに言いたくなるものだ。それが、自慢したいような事であるほど。旅人の気安さも相まって、レベッカはその欲に呑まれてしまう。
「そ、そういう好きじゃないけど」と前置きをして、レベッカは口を開く。
「…………ヴィラ」
風に消されそうな程小さな呟きを、しかし旅人はしっかり聞き取ったらしい。
「ヴィラ、か。了解。安心して。秘密は守る」
親指を立てそう請け負うと、旅人は立ち上がった。
「じゃあ、俺は落し物捜索に戻るね!」
「うん。頑張ってね。……そう言えば、箱の中身はなんなの?」
旅人は人差し指を唇に当てる。その顔はひどく大人びていて、レベッカは旅人の年齢が一気に分からなくなった。
「秘密」
混乱するレベッカに、旅人は先ほどまでの人懐っこい笑顔を向ける。
「明日も来る?」
反射的に頷いていたレベッカに、旅人は言う。
「じゃあ、また明日」
そのまま背を向け、旅人は森の中に去って入った。
読んでいただきありがとうございます!
もう旅人が誰だか、分かっちゃいましたよね(笑)




