その、感情の名は
ヴィラの秀麗な顔は不愉快そうに歪められていた。眉間には深い皺が刻まれ、唇は硬く結ばれている。眇められた目は、瞬きもせずに目の前の光景を凝視していた。
(誰だ、あいつ)
凡そ三十メートル先。泉の側に向かいあって座る男女の姿があった。一人は勿論レベッカ。もう一人は、見たことのない男だった。
(旅装束のような格好だから、村の者ではないだろう……だが軍の連中の中にあの顔はなかった)
男は、都会でもなかなかお目に掛れないような整った顔をしている。一般の人でも、あれだけの容姿をそう簡単に忘れることはないだろうし、ヴィラは見たものを全て〝記録〟しているのだ。見たことがない、と思うのならば、少なくとも彼は猟師の格好をしてこの森に入ってはいないということだ。
男を探るように見ていたヴィラは、あ、と思わず呟いた。
レベッカが笑ったのだ。
距離があるので声までは聞こえない。しかし様子から察するに、きっと声をあげて笑っているのだろう、とヴィラは思った。楽し気なその姿は、まるでお弁当を持って泉までピクニックに来た恋人たちのようだった。
途端に、胸の内にモヤモヤとした不快なものが広がる。
(何でお前なんだ)
そこは僕の場所だ、とヴィラは身振り手振りを加えて何かを話す男を睨む。
彼女の傍に居るのも、一緒にご飯を食べるのも、泉へ来るのも、彼女を笑わせるのも
(僕の、役目だ)
辺りを警戒してゆっくり来るんじゃなかったと、数分前の自分をヴィラは恨んだ。もし走って来ていたなら、あそこには自分が居たかもしれないのにと思うと、知らず唇を噛んでしまう。
悔しさの滲む空色の瞳は、真っ直ぐに少女を見る。
(何で、そんな奴に笑いかけるの?君の特別は、僕だろう?)
ヴィラは視線でレベッカを詰るが、彼女は笑顔のままこちらに気付く様子もない。
気付いて、と何度も心の中で呼びかけるのに、レベッカは男を見たまま。
もう、あのエメラルドの瞳が自分に向けられる事はなくなるのではないか、という不安が湧き上がり、ヴィラは叫び出しそうだった。よっぽどこの茂みから出て二人の間に割り込んでやりたかった。しかし男の正体が分からない以上、下手に出て行けなかった。それが、酷くもどかしくて、思うように行動出来ない己の身が恨めしかった。
(レベッカ……お願い、僕を見て……レベッカ)
愛に飢える獣のように、ヴィラは心の中でレベッカを呼び続けていた。
短いのでもう一話、更新。




