諸葛喬編 第3話 「感想は率直な気持ちを」
劉備さんが瞻に話した父さんの過去話は、僕が昔聞いたことのあるもののひとつだった。
真っ白な世界に取り残される夢。独りきりなのだと、思い知らされたという夢。
ふと隣を見ると、瞻が青くなってうつむいていた。
「それから3時間くらいたったころ、だから朝の3時とかいう時間だな。孔明がまた例の夢を見た。袖を強く引っ張ってくるから初め何かと思ったのだがな、胸のあたりからすすり泣く声が聞こえるのだ。中身を知らなければただ悪い夢でも見ているのだろうという一言で終わらせられるが、知ってしまった所為で余計な想像をさせられてしまった。どんな想いで離れてゆく人々を眺めているのかとか、もし目覚めたときに本当に独りだったら何を想うのだろうとか、色々とな。虚しいとは思わんか。守ってやりたい子が目の前で実際に苦しんでいても救ってやれんのだ。起こしてしまうのもなんだか悪いしな。で、儂がしてやれることといえば震える体を撫ぜてやるだけ。まあそれで落ち着いたからよしとはしたが。
涙のあとなんぞ見てしまったらな、こっちももらい泣いてしまいそうでな、結局一睡もできずじまいだ。眠れなかったのは別に構わなかった。覚悟していたからな。だが、起きた時に儂の顔を見てやつがなんと言ったか想像できるか?『寝不足は体に悪いですよ』だ!誰のせいでだと思ってる?!」
珍しく激しい感情(?)をあらわにする劉備さんに、僕らは少しひいてしまった。
その様子に気づき我に返ったのか、コホン、と咳をして話を戻す。
「…おまえ達に言っても意味ないな。
だが、本当に何事もなかったかのように言ったのだ。人を心配させておいて。」
この辺りは初耳だ。僕のときは忘れていたのか、それとも今は瞻に向けて話しているからか。
「父さんらしいじゃないですか」
「それがダメなとこなんですよ、あの人の。」
毒舌さは健在だが、やはりまだ顔色は悪い。
あまりにも辛すぎる父さんの少年時代に、かなりの衝撃を受けたらしい。
そして、いままでの自分の行動を、必死に責めているようだ。
そんな瞻には構わず、劉備さんは続けた。
「そう言ってやるな。孔明らしいのは確かだ。まあ、一種の照れ隠しだとでも感じてやってくれ。話を戻そうか。あの日からほぼ毎日、孔明は儂の部屋で寝た。1年も経った頃には全く例の夢を見なくなってな、儂のところに来ることもなくなった。親離れの時はこんな気分なのだろうな、と少し寂しくなったが、考えれば普通に戻っただけのことだった。
さて、瞻。この前の話の続きを今終わらせたわけだが、何か感想はないか?」
「感想?」
「そう、感想。病人にこれだけ話させておいてなんにも感じなかったとは言わせんぞ!」
「…ちょっとまとめさせてください」
「2分な。喬はどう思った?」
僕はなんとうなくだが、この話を初めて聞いた、ということにしようと直感した。
瞻に、自分が特別なのだと思ってほしいからだろうか?
「うーん、僕は今の話しか聞いていませんけど、父さんは僕等には想像もつかないくらいに辛い少年期を過ごしていたのだなぁと。きっと今の無愛想で無口で神経質な性格は小さい時から変わっていなかっただろうから、それが大人達に理解してもらえなかったのでは。孤独の孔明少年がしがない畳屋劉備さんに出会って救われた、とします。」
「しがないは余計だ。というかなんだ、その模範解答並みに面白みのない答え」
『模範解答』。
僕はその単語のひびきに、内心ドキッとした。劉備さんはなんでもお見通しらしい。
昨日の今日だから。無意識に言い訳する。
そうか。僕も父の…瑾父さんの息子だから。ほんと、迷惑極まりない遺伝子だ。
「じゃあ、付け足します。父さんにとって劉備さんは本物の親以上に大切な存在で、失うのを過度に恐れていた。だから劉備さんが急に倒れたのを目にした時、冷静でいられなかったんじゃないでしょうか。瞻から聞いています。その時の父さんの行動を。瞻は不満だったようですが、冷静でいたらいたで、不満顔したと思いますよ。情とかいうものはあの人にはないんだ、とか言ってね。僕がみたところ、別に父さんは放っておいても大丈夫かと。実は昨日ちょっとだけ話をしたんですけど、普通でしたよ?もちろん調子は日によって違うらしいですけどね。そういえば話の中でよく、瞻のことを心配していた。学校ではうまくやっているのかとか、友達はどれくらいいそうだとか、友達とよく遊んでいるのかとか、色々と僕に聞いていましたよ。本人に聞いたらどうですって言ったらそれはそうだけれど、って、しょげてましたけど。あの時の父さん、なんか可愛かったなぁ。やっぱり普段一緒にいられないぶん心配なことは多いんですね。…ね?瞻。」
確かに父さんは瞻の友達について聞いていたが、『色々と』は聞かれていない。
僕は『本人に聞いたらどうか』なんて言っていない。
落ち込んではいたけれど、『しょげる』という表現は適切じゃない。
父さんの様子を見て、『可愛い』なんて思った経験はない。
嘘は、ついてない。ただ少し誇張しているだけだ。けっして、嘘なんかじゃ。
「……。」
「どうだ、瞻。まとまったか?」
「お兄ちゃんに全部言われちゃいましたよ。ただひとつ残っているのは…僕は、間違ってた、ということで」




