第4話 対決
魔術師のミラベルが応援に駆け付けた頃には、残っている兵士はごくわずかだった。
「なんなのよ…これっ!?」
「ギャアアアアア‼」
「助けてくれええっ‼」
兵士たちは一方的に蹂躙されていた。
彼らの悲痛の叫びが辺りにこだまする。
原因は猛威を振るう四体のゾンビたちだった。
一体目は小柄な青年のゾンビで、手から爆発を起こし兵士の四肢を吹き飛ばしている。
二体目は背の高い男で、高速で移動してはナイフで兵士の首を掻っ切っている。
三体目は腹がでっぷりと出た中年の男で、地面が割れるほどのパンチで鎧ごと兵士の骨をたたき割った。
最後の四体目はショートヘアの若い女で、足元から氷を発生させ、冷気に触れた兵士をカチコチに凍らせた。
「ミラベル‼みんなが脱出するまで足止めするぞ‼」
ツルツル頭のボンドは高速移動するゾンビと刃を交えながら叫んだ。
「わかったわ‼」
ミラベルの元へ太った男のゾンビが猛突進してきた。
彼女はそのゾンビに向かって杖を構える。
「この私に正面から挑んで勝てるとでも思ってるわけ!?」
ウェーブがかった赤い髪がひらりと揺れ、杖の先についた丸い球体がピカッと光りだした。
そして一本の白い光線が放たれた。
「ア”ア”ア”ア”ッ」
光線はゾンビの胴体に風穴を開け、ゾンビはかすれるような声を出して地面に崩れた。
「!」
背後に異変を感じたミラベルは地面を蹴り、宙に浮遊した。
すると、ミラベルのいた地面がパキパキという音を立て、一瞬で凍ってしまった。
「そう、そんなに私に殺されたいわけ?」
「グルルルル」
ミラベルの視線の先にはショートヘアの女がいた。
そのゾンビは歯をむき出しにし、ぽたぽたとよだれを垂らしている。
ミラベルは空中から杖を構えた。
ーーー
「・・・・・」
俺の目の前には、どでかい怪物が立っていた。
筋肉が大きすぎて、相対的に顔がとても小さく見える。手には血塗られたメイスが握られている。
奴はずしりずしりと重い足音を立てながらこちらへ近づいてくる。
その巨体がより大きさを増していく。
「二人とも、俺が合図したら逃げろ」
俺は後ろにいる少女のガーネットと、その弟のツツジに言った。
「わかりました…!」
ガーネットは弟の手をギュッと握った。
ドクンドクンと心臓が音を立てる。
額からは冷たい汗が噴き出る。脚はガクガクと勝手に震えていた。
だが、俺はこの二人と約束したんだ。
必ず二人を守ると。生きてここから脱出させるのだと。
「今だっ!」
俺が叫ぶと二人はその場から走り出した。
そして俺は地面に手を着き、怪物の足元から無数の土槍を発生させ攻撃した。
「くそっ…!」
ガキーンガキーンと鋭い音が鳴った。
怪物の周りに透明な球体が出現している。土槍はそれに阻まれ砕け散った。
その球体は六角形が寄り集まってできており、蜂の巣のような模様になっている。
「グオオオオオッ」
怪物はこっちへ突っ込んでくる。
メイスを大きく頭上に振りかぶり、鉄塊が一気に振り下ろされる。
「…っ!」
横へ跳びなんとか回避する。
ドゴオッとメイスはいとも簡単に地面に窪みを作った。あんなものをまともに喰らえば即死だ。
そんな攻撃が続けて飛んできた。
今度は横からの振りだ。もう逃げることができない。
俺は地面に手を着き、強固な壁をイメージした。
ズズズッと岩の壁が俺とメイスの間に這い出てくる。
「ごはっ‼」
メイスは岩の壁を粉々に砕いた。
その威力は俺の体に伝わり、大きく後方へ吹き飛ばした。
地面へ叩きつけられると頭がキーンとなった。
脳みそが揺れ、視界がぼやーっとする。
俺が地面に四つん這いになると、ゴボッと口から血が吐き出た。
あばらがズキズキと痛む。折れたかヒビが入ったらしい。
怪物はこちらへの興味を無くし、逃げ惑う民衆の元へ走っていく。
「ま、待て…!」
俺はぼやける視界の中で奴に向けて右手を伸ばした。
地面の土が盛り上がり、そこから勢いよく岩がドドドドと飛んでいった。
岩は怪物に届いたが、バリアに遮られパーンと全て砕け散った。
完全に死角からの攻撃だったが、奴には魔法の兜がある。
その兜には大きなゴーグルがついており、魔法の力で周囲の、しかもかなりの距離を視認できる。
あの鉄壁のバリアと魔法の兜の組み合わせの前には、不意打ちなど不可能だった。
怪物はこちらをくるりと振り返ると、ドシドシ地面を揺らしながら引き返してきた。
俺がその場から逃げようとすると、怪物は左手をこちらへ向けた。
「‼」
すると俺の周りにバリアが張られ、そこから出られなくなった。
ドシドシと足音はどんどん大きくなり、奴は近づいてくる。
俺は地面に手を着いた。
そしてフッとバリアが解かれたかと思うと、奴のメイスが頭上に降ってきた。
その瞬間、怪物の足が地面に沈んだ。
「グオオオオオッ」
雄たけびを上げていた怪物はぐらりと体勢を崩した。
おかげでメイスの軌道はそれ、俺の真横にドスンと落ちた。
「そのまま沈めっ‼」
俺は奴から距離を取ると、土の槍と岩の弾を一斉に浴びせ続ける。
ドドドドと休むことなく、とにかく放ち続ける。辺りは土煙にまみれていく。
「はあ、はあ…」
土魔法を発動してきて初めて疲労を感じ、俺はその場に膝から崩れ落ちた。
地べたの冷たい感触が頬に伝わる。体中から噴き出た汗で服はぐっしょりになった。
土煙の中に目を向ける。
「頼む…これでやられてくれ!」
だがやはりというべきか、煙の中に大きな黒い影が見えた。
球状のバリアは健在で、傷一つ付いていない。
ーーー
魔術師のミラベルは宙を飛び、旋回しながら敵からの攻撃を避けていた。
「もう!しつこいわねっ!」
地上からミラベルへ向けて、いくつもの氷の刃が飛んでくる。
彼女も負けじと杖を構え、白色の光線を放った。
氷と光線の弾幕がぶつかり合い、交差していく。
一本の氷の弾がミラベルの肩をかすめた。
「いっ‼」
彼女の体は一瞬はよろめいたかと思うと、ヒューンと落下していく。
地面に激突する間際、彼女は杖から突風を巻き起こした。彼女の体がふわりと持ち上がり、静かに地面に着地した。
「はあ、はあ…」
疲弊した彼女の元へすごいスピードで冷気がやってくる。
パキパキと地面が凍っていき、それに触れたものをカチコチに凍らせてしまう。
ミラベルは地面から浮かび上がり、今度は近くの屋根に飛び乗った。
浮遊魔法は魔力を消費し続けてしまう。すこしでも温存するため、この高所から敵を迎え撃つ構えだ。
「ボンド!」
叫ぶミラベル。
彼女が目でとらえたのは、ツルツル頭のボンドだった。
彼は長身のゾンビと戦っていたが、鎧の上から斬撃を受け続け、全身傷だらけになっていた。
いま彼はそのゾンビに押し倒さ、のど元にナイフを刺されそうになるのを必死で剣で受け止めていた。
だがじりじりと刃は近づいていく。
「ぐっ…!」
力を籠めるほど、彼の傷口から血が噴き出た。
苦痛に顔をしかめるボンド。
ミラベルはボンドの上にのしかかっているゾンビの脳天めがけて光線を放った。
光線は見事命中し、ボンドの顔に脳みそをぶちまけた。
「助かったぜ!」
屋根の上のミラベルに手を振るボンド。
顔が血まみれになっているのに満面の笑みだった。
ミラベルは軽く手を振り返すと、近づいてくる短髪の女ゾンビに目を向けた。
女ゾンビの周りには冷気が漂い、辺りには白い霜が降っている。
地上にいる女ゾンビとミラベルの目が合った。
女ゾンビは助走をつけると、すさまじい脚力で飛び上がると、ミラベルのいる家の壁へ張り付いた。
ミラベルは再び宙へ逃れようとするが、女ゾンビによって屋根の上はあっという間に氷に包まれた。
「やばっ…!」
彼女の足は凍らされ身動きを封じられてしまった。
女ゾンビは屋根へ這いあがるとニヤリと笑い、ぽたぽたとよだれを垂らした。
そして一気にミラベルへ駆け寄った。
「油断したわね」
ミラベルは杖を構えると、ブンッと宙へ振りかぶった。
「ギャアアア‼」
女ゾンビは叫び声を上げたかと思うと、その体は斜めにバッサリと斬れた。
杖の先からは4メートルはあろうかという光線が飛び出ていた。
ミラベルはそれを剣のように振り、女ゾンビを斬ったのだ。
「魔術師は近距離が苦手なんてのは、この私には通用しないわよ」
既にこと切れた女ゾンビにそう吐き捨てると、杖から出た光線を収めた。
「さて、ボンドたちと合流してここから脱出しないと」
後ろからパリっという、屋根に張られた氷を踏みしめる音がした。
「え」
彼女が振り返ると小柄な青年のゾンビがこちらに手を向けていた。
ドカーンとゾンビは爆発を起こした。
ーーー
「・・・・・これだけやっても無理なのかよ」
あれが自分にできる攻撃の全てだった。
もう力も使い切ってしまい、次に打てる手もない。
怪物が土煙の中から出てこちらへ向かってくる。
顔に着けてあった銀色の兜を取ると、歯をがちがちと鳴らした。
俺の短い異世界ライフもここで終わりか。目を閉じたその時。
「キャーーーッ‼」
高い悲鳴が聞こえた。
その声の先を見ると金色の髪を揺らすガーネットと弟のツツジが遠くに見えた。
さらにその後ろに彼女たちを追うゾンビたちの姿があった。ゾンビたちは狂ったように脚を動かし腕を振る。とても子供の足で逃げられるような状況では無かった。
このままでは二人が食われてしまう。
俺は二人と約束したんだ。必ずここから生きて脱出させると。そして姉のマーガレットさんにも一方的に約束してきた。
二人を守らなくては。
俺はよろよろと立ち上がると、目の前の怪物に右手を向けた。
怪物の周りには六角形の並んだ鉄壁のバリアが、なおも張られていた。
さっき俺は土魔法を使いすぎて、ばててしまった。
やはりこの力を使うのにもなにかエネルギーがいるみたいだ。
だから今度はありったけのエネルギーを込めて奴に打ち込んでやる。
手の先に力を込める。
ギュルギュルと岩の塊が形成され、その大きさはどんどん大きくなっていく。
「ぐあああっ!」
大きくさせていくごとに、その岩の塊を押さえつけるのが難しくなっていく。
外側に逃げようと、どんどん押し返してくる。
そしてついに限界を迎え、俺は岩の塊を目の前の敵に放った。
ドドドドドドドドドとマシンガンのように、強化された岩が弾となって飛んでいく。
すさまじい爆音と風圧、それに反動が体を揺らす。
弾幕を真正面から受け止めた奴のバリアには、ピキピキとヒビが入り始める。
いける!このまま押し切ればバリアを突破できる!
そして早くガーネットとツツジを助けなくては!
だが怪物は軽快なステップで横へと逃げ、弾幕から逃れようとする。
「逃がすか!」
慌てて照準をし直し、再び岩弾の雨を浴びせる。
怪物はまたもや横へステップし、同時に前へと進んでこちらへ向かおうとしてくる。
「くそっ、ちょこまかと‼」
奴がこちらへ近づいてメイスを叩き込むのが先か、俺が奴のバリアを破るのが先か。
決着はあと数秒のうちに決まる。
奴の巨体が5メートル前まで迫る。
そして地面を蹴ると一気に距離を縮めてきた。
「うおおおっ‼」
岩の弾幕を奴に叩き込む。
だがひるむことなく怪物は突っ込んでくる。
4メートル、3メートル、2メートル…奴のメイスがもう目の前に来ていた。
その時、バリンとバリアが砕け散った。
そして弾幕は怪物の巨体を貫いた。
「ア”ア”ア”ア”ッ…」
断末魔と共に怪物は地面へ倒れた。
「はあ、はあっ…ガーネット‼ツツジ‼」
俺はすぐさま二人を探し、この目に捕らえた。
右手を構えるが、あまりに遠く照準を定められない。
下手に弾を飛ばせば二人に当たってしまう。だがこのままでは二人はゾンビたちに追いつかれてしまう。
「どうすれば…!」
ふと視界に怪物の兜が入る。
大きなゴーグルのついたそれを見て、俺はひらめいた。
すぐさま手に取ると頭に装着する。
すると、辺り一帯の様子が手に取るように分かった。
「すげえ!」
それはまるで神の眼のようで、俺はいま天高くからこの草原を俯瞰している。
俺は右手を構えると岩弾を数発放った。
弾は見事にゾンビたちの頭に命中し、粉々に吹き飛ばした。
ガーネットとツツジの二人はその場にへ倒れ込んだが、息を切らしているだけでケガはしていないようだった。
俺はそのまま辺り一帯のゾンビたちに岩弾を叩き込んだ。
そして後ろにある大きな門の壁を見る。
「いま行くぞ!ボンドとミラベル」
俺は二人の元へ駆けつけるべく、門へ向かって走った。




