第5話 脱出
死を覚悟したミラベルは咄嗟に目を閉じていた。
「?」
しかし、まだ彼女は生きていた。
恐る恐る目を開けると、そこにはツルツルの頭があった。
「ボンド!?」
「よ、よお…無事か?」
かすれた声で彼はそう言うと、バタンとその場に倒れた。
彼の腹にはぽっかりと穴が開いていた。そこからどろどろと血が出ている。
ボンドが爆発からその身を挺してミラベルを守ったのだ。
「そんなっ…!」
「ミラベル、そいつを倒せ…」
ボンドが指さす先には小柄な青年のゾンビがいた。
生前に得た爆発のギフトを使い、ボッボッボッと手から爆発を起こしている。
そして手を後ろへ向けると爆発によって一気に加速した。
「くそ野郎っ‼」
ミラベルは杖の先に大きな光の剣を出現させ、突っ込んできた小柄なゾンビを真っ二つに切断した。
「ウ”ア”ア”ア”」
唸り声を上げながら、小柄なゾンビは発動途中だった手の爆発を制御できず、ドカーンと自爆した。
肉片が宙へとまき散らされる。
「ボンド、いま治療するわ!」
急いでミラベルが駆け寄り、傷口に治癒魔術を行使した。
優しい緑色の光が腹を包んだ。
「ミラベル・・・無駄だ」
「うるさいわね!私が治すって言ってるでしょ!?」
ミラベルは泣きながらも治療を続けた。
血は止まり、傷口も塞がったが既に流したちが多すぎた。それに臓器へのダメージも甚大だった。
ボンドは鎧の下からロケットペンダントを取り出すと、蓋を開けた。
写真の中には優しそうな顔で微笑む中年の女性と、がっしりとした体格でボンドによく似た顔立ちをした猛々しい青年が写っている。
ボンドは血を吐きながら愛おしそうに中の二人を見つめた。
「俺も今そっちに…」
ボンドの眼から光が消えた。
ミラベルはボンドが息絶えたことに気が付き、ようやく治癒をやめた。
そして涙と鼻水を拭うと、そっとボンドの瞼を下した。
「ありがとう…ボンド。この恩は生涯忘れないわ」
ミラベルは遠くの空が明るくなり始めていることに気が付いた。
もうすぐ日の出が近い。そうなればこの国は隣国の大魔術によって跡形もなく消滅させられる。脱出までの猶予は残りわずかとなっていた。
「こいつら‼」
「アアアアアッ」
「ウアアアアア」
だがミラベルが立つ建物の周りには、ウヨウヨとゾンビたちが集まってきていた。
先の戦闘でもう魔力を使い果たしてしまった彼女は、もう空を飛ぶこともできない。こうなれば脱出は絶望的だった。
しかしミラベルは決して諦めない女だった。
家の外壁のとっかかりを掴みながら下り、地面へと足を付けた。
あたりのゾンビの群れが一斉に彼女に襲い掛かった。
「道を開けなさいっ」
杖を構えると、残り少ない魔力を使い光線を放った。
「ウ”オオオオオ」
一気に数十体のゾンビに風穴を開けたが、それでもゾンビの波は収まらない。
続けて2発、3発と打っていく。
光線は辺りのゾンビを一層し、道が開けた。
「はあ、はあ…」
息を切れさせながら、目の前の通りを真っ直ぐ走っていくミラベル。
トンネルが目前に見えてきた。
距離はあと100メートルもないくらいだ。
「そんな…」
だが彼女の前に左右からゾンビが現れ、道を塞いだ。
振り返るが、後ろにも同様にゾンビが待ち構えていた。
杖を構え、一掃しようとするがもう光線が出る気配はない。
「このっ…出ろっ、出なさいよっ‼」
なんど試しても無駄だった。
その間もゾンビの群れはミラベルに近づいてくる。
彼女はその場にへたれ込み、ついに死期を悟った。
「いやっ…」
じりじりと壁に後退し、頭を抱え体を小さくする。
目からは涙を流し、鼻水が伝っている。
「いやだ…まだ、死にたくないっ…!」
ゾンビがミラベルの腕を掴んだその時。
ドドドドというすさまじい音を立てながら、何かがゾンビたちの体に無数の穴を開けた。
まるで紙屑のようにゾンビたちの体は吹き飛び、一瞬のうちに通路は一掃された。
「ミラベルさん‼」
ミラベルが声のする方向へ振り返る。
そこには、銀色の兜を被った男がいた。
「誰…?」
「俺ですよ、俺」
男は兜を脱ぐと顔を指さす。
「アユム…」
「ボンドや他のみんなはどこに?」
「…死んだわ」
「・・・・そう、ですか」
アユムは拳をにぎりしめ、眉間にしわを寄せて悔しそうな表情をした。
「さあ、早く逃げないと。立てますか?」
「あ、あれ…?おかしい、足が…」
ミラベルは立ち上がろうとするが、恐怖で腰が抜けたのか脚は動かない。
よく見るとミラベルのズボンは湿っている。ゾンビに囲まれたときに失禁していたのだ。
「ほら、捕まって」
アユムはミラベルに背を向けてしゃがんだ。
「で、でも…!」
ミラベルはキュッと脚を閉じ、躊躇した。
だがアユムは無理やり彼女を背中にしょい込んだ。
「お、俺も同じことはあったんで。気にしませんよ」
「ありがと…」
顔を赤くしながら小さな声でミラベルは応えた。
二人はトンネルを抜け、王国から脱出した。
日の出が上がり、山の向こうから眩しい光が差し込む。
「あれ、見て!」
ミラベルが上空を指さす。
そこには王国に覆いかぶさるように出現した巨大な魔法陣だった。
「塹壕を作って!早く‼」
ミラベルがそう急き立てると、アユムは地面に細長い長方形の穴を掘った。
出てきた土で簡易的な壁を穴の側面に作る。二人は穴の中へ飛び込んだ。
直後、巨大な魔法陣に向かって空から巨大な光線が降った。
光線は上空の雲を蹴散らしながら次々とやってきて、それはいくつもの隕石が降っているようだった。
すさまじい風圧が辺り一帯の木々を吹き飛ばし、ズドドドと地面は激しく揺れた。
二人は地面に伏せ、両手で頭を覆っていた。
しばらくして、音が鳴りやむと一気に静寂が訪れた。
二人は恐る恐る穴の外から出た。
「・・・・・」
アユムとミラベルはその光景に絶句した。
王国はそのすべてを真っ赤な炎に包まれていた。
どす黒い煙がモクモクと空へと昇っていく。いま目の前で一つの国が消えたのだった。
これまで長い間築かれてきた歴史も炎の中へと消し去られてしまった。
「アユムさん‼」
二人が後ろを振り向くと、長い金髪の少女と男の子がこちらへと走ってきていた。
そしてアユムの体に抱きつき、ギュッと脚と腹に腕を回してきた。
「よかった…!」
「ガーネット、ツツジ、無事だったか?」
姉弟は泣いていた。
アユムの身をずっと案じていたのだ。
「よかった‥‥二人とも」
泣く二人に誘われて、アユムも思わず涙を流した。
彼は一人、ガーネットとツツジの姉であるマーガレットのことを思った。
この世界へやってきて彼女とした約束。それを果たせたことに、とても安堵していた。
「お兄ちゃん、怪我してる…」
ツツジが大きな青い瞳をアユムに向けながら、心配そうに言った。
「ああ、でも生きてる。だからこれぐらい何ともないさ」
アユムはツツジの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「へえ、さすが勇者ね~」
ミラベルは意地悪そうにそういうと、アユムの脇腹をちょんと指でつついた。
「い~~~っ‼」
アユムはたまらず悲鳴を上げ、尻もちをついた。
「いててっ…」
「ほら、治療するからじっとしてて」
ミラベルはアユムの側でしゃがみこむと、手から緑色の光を出して治癒魔術を施した。
「ありがとうございます」
「いいわよ、敬語じゃなくて」
「え」
「だから、ため口でいいって言ってんの‼」
「す、すみませ……わかった」
照れ隠しに怒るミラベルと、おどおどしながら接するアユム。
ガーネットとツツジは二人の様子をみてフフッと笑った。
「あんたのこと、少しは見直したわ。最初はおどおどしててパッとしない腑抜けだと思ってた。けど、私とあの子たちを救ってくれた」
彼女は少し間をおいて顔をそらすと続けて言った。
「…なかなかやるじゃない、アユム」
「!」
ミラベルは初めてアユムのことを名前で呼んだ。
「ちょ!?な、なんで泣いてるのよ‼」
「うっ…うう、だって、嬉しくて…!」
アユムはミラベルからの言葉に胸を熱くした。
人から認められる。たったそれだけのことに思えるが、無職だった彼にとってそれは言い表しようのないほどの救いとなった。
「これからどうしようかしらね」
治療が終わったミラベルが独り言のようにそう言った。
「この先は魔族の領土…なんだよね?」
「そうね、でも進むしかないわ。もう帰る国もないんだし」
「…うん、行こう」
アユムとミラベル、ガーネットとツツジ、それと生き残った人々は列をなし、燃え上がる祖国を背にして旅立った。
天高く舞い上がったすすが、雪のように大地に降り注いだ。




