第2話 家族
ー過去ー
無職になり、有り余る時間ができた。
昔から絵は少し描けたので、漫画を描いてみることにした。ジャンルは異世界転移もので、俺TUEE主人公が強敵をいともたやすく倒していき、可愛らしいヒロインたちを囲ってハーレムを築くという、まあよくあるやつ。
webに投稿もしてみたが評価は微妙だった。
けれど、漫画を描くくらいしかやることがなかったし、それに楽しかったので描き続けた。
「本当にこんな世界へ行けたらいいのに」
ペンを動かし続けていると、ふと声が漏れる。
喋り相手がいないので、こんな風に独り言が多くなってしまっている。
外では雨が降っている。
ザーアッと屋根に雨粒が落ちる音がして、足元がひんやりとする。
家の中は雨音の他は物音ひとつしていない。
無職になってから実家にいるが、両親が働きに出ている昼間は俺一人だ。五つ上の姉はとうの昔に上京した。
俺が漫画の中で描いている話の主人公は勇敢で、善良な人間だ。
彼が転移によって得たチート能力は『重力操作』。
敵を強大な重力によってペシャンコにできるほか、自身に反重力を付与することで自由に空も飛べる。
自分がもし転移して能力を選べるなら、絶対この力が欲しい。
だってめちゃくちゃカッコイイから。
主人公はそんな莫大な力を持っているが、決してその使い方を間違えない。
その力におごることなく、人間としての正しさを追及していく。だからどんな敵が相手でも負けることがないし、どんな時でも正しい選択ができる。おまけに筋骨隆々。俺とはまさに真逆の存在だ。
「いててて」
肩と腰が痛む。
何時間も同じ姿勢で描き続けているので、体中の筋肉が凝ってしまう。椅子から立ち上がると大きく伸びをする。
休憩がてら、投降した作品にコメントがついていないかチェックしてみる。
ポツポツとつくくらいで数は多くないが、そこが俺にとって唯一の他者と交流できる場所だった。
『ヒロインかわいい!』
『かわよ』
『ラッキーすけべ増やしてほしい』
新たについていたコメントを発見する。
俺はそれに返信を書いていった。
ー現在ー
中世の西洋づくりの街を歩く。風が煙の臭いを運ぶ。町中では火事が起こり、黒い煙の柱が闇夜へと昇っていく。
「ウ”アアアア!」
一体の死人がよだれを垂らしながら突進してくる。
残った片腕を向け照準を定める。そして先のとがった土の塊をイメージする。それが一気に地面から生えて、そしてーー
「ギアアアアアア!」
数本の土の槍がゾンビを貫いた。
しかし、それはまだバタバタと手足を動かし、俺を食べようともがいていた。
「やっぱ、ゾンビは頭を潰さないといけないのか…」
もう一本の槍がゾンビの頭蓋を貫いた。
「やっぱりこれ、夢なんじゃないか?こんなこと、ありえないし…いっ!」
しかし、ズキズキと痛む左腕が現実だという紛れもない証明だった。
まさか、無職として日々を腐りながら生きてきた俺が異世界へやってきて、ゾンビと戦うことになるとは。人生何が起こるかわからないとはよく言ったものだ。
「助けてーー‼誰かーーっ‼」
子供の叫び声が聞こえる。
そうだ、今はあの子を助けないと。そのために俺はこの腕を切ってまでも生き延びたのだから。
路地裏を抜けると叫び声の主を見つけた。
ゾンビに見つからないように物陰に隠れる。
「あれか」
少女は屋根の上にしがみつくように這いつくばっており、そばにはより幼い男の子がいた。
二階建てのその家を取り囲むようにしてゾンビが集まっていた。二階にの窓からはゾンビが見える。ゾンビは窓から身を乗り出し、壁の出っ張りを掴んで屋根へ向かって上っているところだった。このまま下にいるゾンビ共の相手をしていては二人はその間に食われてしまうだろう。
「何かないか…なにか方法は!」
今まで俺が使ってきたのはおそらくは土魔法。
地面の土を円錐状に圧縮し固めて、一気に地面から突き上げさせるというもの。土を扱っているということはその形状を自在に変えることもできるのでは?
「やってみるか」
できるだけゆっくりと気づかれないように家の真下へと近づく。
「ウオオオオ‼」
三体のゾンビがこちらへ気付いたが土槍で貫き、身動きを封じる。
そして家の壁に到達するとイメージする。土を円錐状にして突き出すのではなく、円柱上に固めて上へ上昇させる。すると、ゴゴゴゴという揺れと共に地面が突き出し始めた。そしてあっという間に屋根まで上ることができた。
「キャアアア‼」
「アアアアアアッ」
屋根に到達した一体のゾンビが、姉弟に迫ろうとしていた。
「‼」
足場に使った土を使い、槍を放つ。
ドドドドと数本がゾンビに突き刺さり、残りは屋根の瓦に穴を空けた。その攻撃は今までの攻撃とは異なり、地面から槍が伸びたのではなく、槍がまるで銃弾のように放たれた。この使い方ならより遠くの敵にも攻撃できるかもしれない。
「無事か?」
「た、助けてくれて、ありがとう…」
震えながらもそう言って頭を下げたその少女は、金色の長髪と青い目をしていた。
一目でマーガレットさんに似ていると思った。
「ありがとう」
弟の方もそう言った。
引っ込み思案なようで、姉である少女の後ろに隠れている。この子も青い目と金色の髪の毛をしていた。
「ここは危険だ。どこか避難できそうな、安全な場所は知らないか?」
「それなら、私のお姉ちゃんのいるところ!お姉ちゃんは国王様の下で働いているんです!だから城の中に入れて貰えるはずです」
「…君のお姉さんの名前は?」
「マーガレット。マーガレット・シガレッツです」
少し間をおいてから口を開く。
「残念だけど君のお姉さんは…死んだよ」
「…嘘、嘘だ。マーガレットお姉ちゃんが死ぬわけ…」
少女はその場に崩れ落ち、わんわんと泣き出した。
「ううっ…」
釣られたように弟も泣き出した。
「お父さんとお母さんだけじゃなく、お姉ちゃんまで死んじゃうなんて…‼そんなの嫌だよ…っ!」
弟を抱きしめ、少女は震える声でそう言った。
「‥‥」
俺はどうしたらいいのかわからず、胸の痛みを感じながら、ただ茫然と二人を見ていた。
俺がいなくなって、両親は悲しんでいるだろうか。
無職のごくつぶしがいなくなって清々しているだろうか。後者の方がありがたい。目の前で泣く二人を見てそう思った。
そういえば幼い頃、俺はよく姉と遊んでいた。
俺はどこへ行くにも姉の後ろをついていったものだ。そして姉が小学校へ上がり友達ができるようになると、めっきり遊ばなくなった。家の中で会っても言葉を交わすことも少なくなった。姉は大学生になり家を出て、卒業後はそっちで就職した。それから会うこと自体ほとんどなくなった。
「…っ」
気付けば俺は泣いていた。
家族との思い出が蘇ってきたからだ。そして思い出せば出すほど、もう二度と会えないという事実が悲しくなった。
向こうにいる間は、自分が無職であることの後ろめたさと、どうしたらいいのかわからない絶望感で両親とあまり話せなかった。
だが今は思う。もっと喋っておけばよかったと。だがもう遅い。後悔ばかりが胸にのしかかった。
パカラパカラと軽快なリズムが近づいてくる。
「…?」
地上に目を向けると、数人の馬に乗った兵士たちがこちらへと向かってきていた。
「アアアアアアッ!」
「ギャアアア」
「オアアア」
ゾンビたちの断末魔が響く。
「お前たち、無事か!」
声をかけてきたのは、兵士たちの中でもひときわガタイのいい、中年の男だった。
ツルツルの頭に黒いアゴ髭を携えている。
「は、はい!」
「降りられそうか?できるだけ急いでくれ。早くここから逃げなけらばならないんだ!」
「二人とも、こっちへ」
二人を土の土台に乗せ、今度は円柱が地面へ戻っていくイメージをする。ドドドドと軽い振動と共に俺たちは地上へ戻った。
「驚いたな…あんた魔術師だったのか!これは願ったり叶ったりだ」
「なにを騒いでいる?ボンド」
馬に乗り、遅れてやってきたのは若い女だった。白いローブに身を包み、特徴的な白色のとんがり帽子をかぶっている。手に持っている杖は1.5mはあるだろうか。杖の先にはソフトボールほどの赤く丸い球体が施されている。この見た目、間違いなく魔術師だろう。
「……!」
だが、それ以上に目を引かれたのはその美しい顔立ちだった。釣り目で大きな瞳からは強気な印象を感じる。そして緩くウェーブがかった、燃えるように美しい赤色の長髪がひらひらと風に揺れていた。
「ミラベル、戦えるものは一人でも多いほうがいいだろう?今しがた一人見つけた」
「は?まさか、そのひょろがりのこと言ってるの?」
「‥‥」
女はギロリとこちらを睨んだ。その迫力に俺はたじろいだ。
「足手まといは御免よ」
「あの、さっきから一体何の話を?」
「とにかく移動しよう。乗ってくれ」
後から馬に乗った兵士たちと、彼らに挟まれながら歩く300人ほどの大衆が歩いてきた。それから数台の馬車も見え、荷台には物資や負傷者が見えた。
俺と子供たちも荷台に乗せてもらい、進みながら話を聞くこととなった。スキンヘッドの男と魔術師の女は馬に騎乗しながら、馬車と並走している。
「あの、お兄さん。お姉ちゃんはどんな最後でしたか?」
「…マーガレットさんはゾンビに追われる俺を助けてくれた。けど、ゾンビに噛まれたせいで…」
「そう、ですか…」
彼女は弟をぎゅっと抱きしめた。
「マーガレット?まさか召喚士のマーガレット・シガレッツ?」
魔術師の女が声を荒げた。
「彼女を知ってるんですか?」
「私は宮廷魔術師をやっていて、彼女も国王に仕えていた。だから面識はあったし、それなりに交流も…。惜しい人を失ったわ」
彼女は顔を伏せ、手綱を強く握りしめた。
「なあ、そのゾンビ?とやらは死人のことか?」
スキンヘッドの男が俺にそう問いかけた。
「はい、元居た世界ではみんなそう言ってました。空想の存在でしたけど」
「…あんた、もしや召喚されたのか?」
「ほんとう!?あなた勇者だったの??」
二人は驚いたようにこちらの顔をまじまじと見つめた。
俺は恥ずかしくなり、視線をそらした。
「ま、まあ、違う世界から召喚されたのは合ってます…」
「これは心強いな!俺たちは運がいい!」
スキンヘッドの男はにっこりと笑うと大声でそう言った。
かなりの音量で少しびっくりした。戦場でもよく声が響きそうだ。
「そういえばあんた、左腕がないけど…」
魔術師の女は俺の左前腕があった場所を指差した。
「これはゾンビに噛まれてしまったので、切断したんです。傷口からウィルスが全身へ回らないうちにと思って」
「なるほどな…。俺の部下も大勢噛まれちまって死人に変貌したが、斬っちまえばよかったのか…」
「ねえ、その、うぃるす?それが死人になる原因ってわけ!?」
女はぐいっと馬を荷台に寄せ、顔を近づけてきた。
大きな赤い瞳と目が合い、炎のような赤い髪が鼻先をかすめた。
「…っ‼た、たぶん」
「ちょっとそれ詳しく教えなさい‼」
「おいシャーマ。いまはそれよりもそいつの傷口を治癒してやれよ」
「それもそうね、治療してからたっぷり説明してもらうわ。ほら、腕出して!」
彼女が俺の左腕の切断部に触れる。
すると、その箇所が緑色に光り出した。しばらくすると、ズキズキとしたあの痛みが消えた。傷口に付けていた岩をとり外すと、切断部は皮膚できっちりと覆われていた。
「すごい…!」
「当たり前でしょ?私は超超一流の魔術師なんだから、怪我の処置も完璧よ!」
「ありがとうございます!」
ふん、と女はドヤ顔を返してきた。
「ほらよ、これ」
「!」
スキンヘッドの男がこちらに投げてよこしたのは、靴と上下の服だった。
「とりあえずそれ着てくれ。ああ、それとサイズが合わなかったらいってくれや」
「ど、どうも」
そういえば上は血や汗で汚れたスウェット、足は土に汚れているし、下はマーガレットさんに貰った布切れを巻いているだけのひどい恰好だった。
俺は荷台の上でそそくさとそれらを身にまとった。
「改めて命を助けていただき、ありがとうございました。私はガーネット。こっちの弟はツツジです」
向かい側に座っている少女がそう言ってきた。
「あの、お兄さんのお名前は?」
「俺は、えっと、田中歩」
「そう言えばまだ自己紹介がまだだったな」
馬に乗りながら、スキンヘッドの男は自身に親指を向けた。
「俺は王国の騎士団長をやってるボンド・シャーニだ。で、こっちがーー」
ボンドはジャスチャーを使い、魔法使いに喋るように促した。
「チッ、宮廷魔術師のミラベル・シャーマよ。言っとくけど、自分が勇者だからってうぬぼれないことね!私の方があんたら勇者なんかより何倍も強いんだから」
「は、はあ…」
キッとこちらを睨むミラベル。
わかってはいたが、ずいぶんと負けず嫌いな性格のようだ。
「よろしくな、二人とも!ここにいるみんなの命は俺たちにかかってる。気を引き締めていこう」
「はい…」
「私に指図するんじゃないわよ、ヒゲ」
それからスキンヘッドの男こと、ボンドはしばらく間を置いたのちこう言ったのだった。
「単刀直入に言おう。これからほどなくしてこの国は焼き払われる」




