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第1話 ゾンビランド

俺は無職。いつものように眠りからさめたら、いつもの見慣れた天井がーー


「え…?」


なかった。そこは宮殿の中だった。

その部屋は暗く詳細はよくわからないが、ろうそくに灯されたか細い炎が大理石でできた精巧な作りの柱を照らしていた。


まだ夢から覚めていないのかと思い、頬をつねるがしっかりと痛みがある。


頭をかくと髪がボサボサに跳ねて、寝ぐせができている。

服は寝巻にしているグレーのスウェットのままだ。


「これ、魔法陣か?」


下を見ると見たこともない文字がびっしりと書かれた魔法陣があった。俺はその上に横になっていたのだ。


「あ、あのー、誰かいませんかー?」


声は反響するだけで、返事は帰ってこない。


ろうそくを手に取り、歩き出す。

しばらくすると上へ向かう階段があった。上向きの扉を押し上げ、庭のようなところへと出た。

そこもまた豪勢で、芝生や木の葉っぱが綺麗に切りそろえられている。


「うわっ!」


上を見上げるとそれはもう立派な西洋づくりの城が立っていた。


「ここはやっぱり、異世界ってやつなのか?」


ということは俺にはチート能力があって、可愛い女の子を囲ってハーレムを作れるってことなのか!?

無職の俺が毎日夢見てきた生活がすぐ目の前にあるんだ!


「うっしゃあああ!ここで人生挽回してやる!」


俺は幼い頃から物語の世界に夢中だった。

友達がいない代わりに、俺は物語の登場人物たちと様々な冒険をした。


無職になってからも熱は冷めず、俺は自分が思う理想の世界を漫画にして描いた。

異世界へと転移し、チート能力を授かった主人公が数々の強敵を内倒し、可愛い女の子たちを囲ってハーレムを築く。そんな夢の世界いま俺の目の前にあるんだ。


だが、この静寂さはひどく不気味だった。これだけ歩き回ってもまだ誰にも出会っていない。


「明かりだ!」


真っ暗な空を照らすほどのオレンジ色の光が見える。

あそこになら人がいるのかもしれない。


立派な門を抜け出て道沿いを進む。

レンガの敷き詰められた道をはだしで進んでいく。道沿いにある家や店をのぞくが相変わらず閑散としている。そしてようやく明かりのある場所へと行きついた。


「なんだよ…これ‼」


その明かりは炎だった。

ゴゴゴと炎が家々を飲み込んでいる。真っ暗な煙が空へと昇っていく。しかし、それよりも目が付くのは人だった。いや、あれは人じゃない。なぜなら人間の肉を食っていたから。


「ゾ、ゾンビ…!?」


数体のゾンビがこちらに顔を向けると目が合った。


「ひっ!」


すると俊敏な動きでこちらへと走ってきた。


「はあ、はあ…!」


俺は必至で逃げた。

後ろを振りかえると数十体のゾンビが雪崩のように路地を走ってきている。そのスピードは落ちる様子がなく、こちらとの差はどんどん縮んでいく。


「ぜえ、ぜえ‥!」

「アアアアアア」

「キシャアアア‼」


奴らのおぞましい雄たけびとドドドドという足音が徐々に近づいてくる。

もう逃げられない。脚は鉛のように重くなり、肺は張り裂けそうなほど痛い。


すると、頭の中でわらわらと走馬灯のように、これまで経験してきた光景が浮かび上がった。


ーーーー

俺、田中歩はある日仕事を辞めた。原因はコミュニケーションの問題だった。


幼い頃から友達が出来ず、これといった特技もない。一人でいるのが当たり前だったし、いじめられるのも普通だった。

案の定、職場でもいじめに遭った。入社から一年ももたなかった。


それからしばらく実家で引きこもった。

2年経ってようやく外に出られるようになった。だがそれからもう2年経った今でも、社会復帰はできていない。


このまま死ぬまで俺は無職なのか。

そう考えると気がおかしくなって狂ってしまいそうになる。だから俺は現実逃避のために異世界もののアニメを見漁った。飽きるほどに。


それから俺は空想するようになった。

もしあんな風に異世界へ行けたらいいのにと。そしたらあの主人公たちのように人生をやり直せるのに…。

ーーーー


奴らに食われる、そう覚悟したその時。


「はやくこっちへ!」


教会の扉から女性の声が聞こえた。

俺は最後の力を振り絞って中へと飛び込んだ。


「扉を塞いでくださいっ!」


扉にかんぬきを差し込むと、女性は棚やら椅子やらで扉を塞ぎだした。

ドンドンドン!と扉がすさまじい力で叩かれる。俺も必死で物を積んでいった。


やがて諦めたようにゾンビたちは静かになった。

だがあの忌々しい鳴き声は相変わらず聞こえている。ひとまずは危機が去り、ほっと息を吐くと体中から汗が噴き出ていたことに気が付く。それから股がびしょびしょに濡れていることに。俺はあまりの恐怖に失禁していた。


「私はマーガレット・シガレッツ。あなたをこの世界に召喚した者です」


俺を助けてくれた彼女はそう言った。

金色の長髪をした綺麗な女性だ。白い装束に身をまとっており、それはファンタジーに出てくる神官が着ているような服だった。


「あの、これどうぞ」


彼女は目をそらしながら布を手渡してきた。


「あ、あ、ありがとうございます!」

「向こう、向いてますから」

「は、はい」


俺は顔を真っ赤にし、情けない気持ちになりながらびしょ濡れのズボンとパンツを脱いだ。

それから彼女がくれた布を腰に巻き付けた。


「勇者様、どうかこの惨事から我々をお救いください!」


椅子に座り向かい合った瞬間、彼女はそう叫んだ。


「い、いやそんなこと言われても…。俺はただの無職だし…。外はゾンビだらけだし…」

「ぞんび…?もしやあの異形の者たちのことですか!?もしや勇者様はなにか知ってらっしゃるのですか!?」


マーガレットはぐいっと身を乗り出してきた。


「お、俺もよくは知らないけど、存在はなんとなく知ってたというか…」

「そ、そうでしたか…。すみません、取り乱してしまって」

「そもそもどうしてこんなことになったんですか?」


彼女は苦虫を噛むような表情をした。

それから一息大きく吐いてから話し始めた。


「三日前のことです。私達はその日、勇者召喚の儀を五回行いました。すべては順調に進んでいきました」


彼女はぎゅうっと拳を硬く握った。


「最後の一人を召喚するまでは」

「…」


「我々は悪魔を召喚してしまったのです。それは人間の姿をしていましたが、肌は死人のように青白く、目はうつろで充血しており、口の周りにはびっしりと血がついていました。それは魔術師のひとりに突然襲い掛かりました。首元に思いきり噛みつかれ、血が飛び散りました。我々は咄嗟に魔法で応戦しましたが、腹や胸に穴が開いてもそれはひるむ様子もなくその場の人間を襲い続けました…ううっ」


マーガレットは耐えかねたようにボロボロと涙を流した。


「だ、大丈夫、落ち着いて」


ということはこの惨事の原因は俺がもともといた、あちら側の世界にあるということだろう。


あっちには両親や姉が残っている。

向こうでもゾンビが蔓延し、パンデミックが起こっているのだろうか。みんな無事でいてくれているだろうか…。


「ずびっ、…すみません。そして悪夢はそれだけに終わりませんでした。悪魔に襲われ、息絶えたはずの人々が蘇ったのです。私はその場から必死に逃げました。助けてくれと泣き叫ぶ同胞たちの声を背にしながら…」

「マーガレットさん…」


俺が彼女と同じ状況だったら、やはり同じことをしただろう。慰めたかったけれど、どう言えばよいのかわからず、結局何も言葉をかけられなかった。


「奴らを倒し、この国を救うことができるとすればあなたしかおりません。ここに残っている勇者様たちも、このような状況では安否も確かではありません。あなたはこの国に残された最後の召喚魔法陣によって誕生した最後の勇者です。もう一度言います。あなたにしかこの国は救えないのです。どうかお力をお貸しくださいっ!」

「…そ、そんなこと言われても!俺はただの一般人ですよ!?それに無職だし…」

「ムショク…?それは何かの称号ですか?」

「…働いてない人ってことです」

「それはすごい!まさか貴族様だったとは!」


この世界に無職という概念は無いというのか!?改めて自分の存在を後ろめたく思ってしまう。


「え、ええっ!?違いますよ!」

「だって働かなくてもよい人など、貴族以外におらぬではないですか?」


マーガレットは少し首をかしげて真顔でそう言った。その顔はとても可愛らしかったが、それ以上に俺の心をえぐった。


「…は、ははは。そ、そうですね」


困った時、俺は愛想笑いをしてしまう。その癖が出た。

コミュニケーションが苦手だからつい笑って誤魔化してしまうのだった。


「とにかく、大丈夫です。すでにあなたには世界からの祝福がもたらされているはずです。私達はそれをギフトと呼んでいます」

「ギフト?そんなもの貰った覚えないけど…」

「ギフトは人知を超えた代物。物理的なものではありません。今は自覚がないでしょうが、だんだんとその変化に気が付くでしょう」

「は、はあ…」


いわゆるチート能力というやつだろうか。

もしそれが使えるのであれが、命の危険があるこの状況において大きな助けになるはずだ。


「今この教会は、あの異形の者たちに取り囲まれています。悪魔の手下どもがここに入ってくるのも時間の問題でしょう。勇者様はそれまでに与えられたギフトを使えるようにしてください」

「わ、わかりました!」


それからマーガレットは不安そうな顔でこう言った。


「…それから実は、この近くに私の家族の家があるんです。ここを脱出できたら家族を迎えに行きたいのですが、よろしいですか?」

「家族…わかりました。行きましょう。」


はやく彼女を家族に会わせてあげたい。

その家族がまだ生きていればの話だが…。


「ありがとうございます。すみませんが、私は少しばかり休ませていただきます」

「何かあったら起こすので、ゆっくりしててください」

「はい…」


彼女は少し歩くとピタッとその場に固まった。

そしてこちらを振り返った。その顔は悲痛に歪められていた。


「勇者様、どうか約束していだだけませんか?」

「…約束?」

「私の家族を必ず助けると」

「…努力はしますけど、すみません。約束は俺にはできません」


マーガレットは顔を伏せた。

そのせいで彼女がどんな顔をしていたのか、俺には見ることができなかった。


「いえ、不躾なことをいってしまい、申し訳ありません」


彼女は長椅子の上に横になると、すぐに眠りについた。

俺は早速ギフトを発動させることにした。


ーーーーー


マーガレットが『約束』と口にしたとき、俺は一瞬血の気が引いた気がした。

その言葉は俺に嫌な過去を思い出させるから。


あれは小学生の頃。俺には一人、親友と呼べるほど仲のいい男の子の友達がいた。

俺たちは漫画が大好きで、自分たちで自由帳に自作漫画を描いていた。

その中の主人公は弱きを助ける、仲間思いのスーパーヒーローだった。

俺たちは約束した。この主人公のように良い行いをし、仲間がピンチの時は助けようと。


ある日、彼はいじめられっ子をかばった。

そしていじめのターゲットは彼に移った。

俺は約束を思い出し、彼を助けようとした。だが足が動かなかった。恐怖でカタカタと震えていた。

彼はただ傍観している俺を見つめた。俺はその時に彼がしていた絶望や失望、怒りや悲しみの入り混じった表情をよく覚えている。

あれから十年以上経っているけれど、今でもその時の光景が夢に出てくる。


俺たちは話す機会も減っていき、そして彼は転校してしまった。

それ以来、彼とは会っていない。


俺はその時思い知った。自分はとても弱くて臆病な人間なのだと。

俺は誓った。もう二度と、約束などしてはならないと。


ーーーーー


男にとって能力を持つことは、幼い頃から抱いてきた夢だろう。

空を飛んだり、目からレーザーを出したり、瞬間移動、雷を放出したり…など。


異世界に転移し、俺には一体どんな能力が備わったのだろうか。

外にうじゃうじゃといるゾンビ共をそのチート能力で早くやっつけてやりたい。


「くそっ!どうしたらいいんだっ!」


だが全然発現しない。

あれからギフトとやらを発動させようとしているのだが、予兆すら感じられなかった。


カツと石の床を靴が踏みしめる音が聞こえる。


「…」


後ろを振り返ると、マーガレットさんが起き上がっていた。


「マーガレットさん、起きたんですか。具合はどうですか?」

「…」


彼女は口を開こうとしない。目と目が合う。

その目は赤く充血し、ひどく青ざめた顔をしていた。


「マ、マーガレットさん?」

「う、嘘だろっ!?」

「アアアアアアッ‼」


腕を突き出し、こちらへ突進してきた。

あまりの勢いに俺は押し倒された。


「わああああっ!?」

「ガチン!ガチン!」


俺の顔を噛みちぎろうと口を開閉し、歯と歯がぶつかる音がする。

だらだらとよだれが顔に降ってくる。


「はあ、はあっ…!」


必死にどかせようとするが、すさまじい力で押し返してくる。

口が顔に徐々に近づいてくる。


「ガチン!ガチンガチンガチン!」

「ぐっ…!」


突然、体が軽くなった。

起き上がると、マーガレットさんだったものは、地面から伸びた槍のような形の岩に貫かれ、壁に貼り付けになっていた。


「い、今の俺がやったのか…?」


だらんと下がった彼女の腕には、くっきりと歯形が刻み込まれていた。


「畜生…畜生めっ‼」

「ウアアアアアッ!」

「グギャアアアア‼」


今の騒動に反応したゾンビたちが、扉を強く叩き出した。

扉がミシミシと悲鳴をあげる。


「アアアアアッ‼」

「来るなああっ!」


地面から無数の円錐形をした岩が突き出した。数十体いたゾンビはあっという間に一掃された。


「‼」

「アアアアアアッ!」


だが、攻撃をかいくぐった一体のゾンビがこちらへ走ってきていた。

そして俺の手に噛みついた。


「ぐっ!」


遅れて槍がゾンビを貫く。


「う、うそだろ…?」


手には痛々しい歯形と共に血が滴っていた。

生き残るには左腕を切り落とすしかない。地面にうつ伏せになり、腕を伸ばす。


「はあ…はあ…‼」


噛まれたのは左の掌だった。今なら手を切り落とせばゾンビにならずに済むはずだ。


「無理だ…」


だがそれには想像もつかないほどの激痛が伴う。

俺にそんなこと、できるわけがなかった。


それに、もしここで生き残れても、まだこの地獄は続いていく。

だったらゾンビになった方が楽なんじゃないか?いくら強力な能力をもらったところで、俺は無職の出来損ないだ。

マーガレットさんは俺を勇者と言っていたけど、そんなの俺には荷が重すぎる。


「やっぱり俺には…」

「助けてーーっ!」


子供の声が聞こえた。


「マーガレットお姉ちゃん!助けてーーーっ‼」


この声はもしやマーガレットさんが言っていた彼女の家族なのか?

生き残っていたのか…。


壁に貼り付けになったマーガレットさんを見る。


「ふぅーーー」


深く息を吐いた。

それから肺に空気を吸い込んだ。いまあの子を助けられるのは俺だけだろう。俺がやらなくては。


「神様!仏様!」


木の板の破片を口に挟み、俺は左前腕を魔法の槍で貫いた。


「~~~~~っ‼」


血が噴き出る前に、魔法で生み出した岩で切断部を固める。

苦痛に顔をしかめながら、遺体となったマーガレットさんに顔を向けた。


「はあ、はあ…!マーガレットさん、約束するよ。あんたの家族は俺が助ける。だから安心して眠ってほしい」


マーガレットさんの顔が少し、穏やかになった気がした。


俺の人生は不甲斐ないことばかりだった。

このゾンビだらけの世界でどれだけ生きられるのかもわからない。


だけど、それでも死ぬときはせめてもうちょっとマシな気分で死にたい。

こんな俺でも人を助けられるのなら、こんな人生にも意味がつけられるのかもしれない。


俺は教会を出て、声のする方へと歩き出した。


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