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ライトニングブラスト ~クラスごと異世界転移して無能の烙印を押された男が、青白い雷で理不尽な神々を殴り倒すまで~  作者: 赤腹井守
ライトニングブラスト篇

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047 約束・弐

 紹介された彼女の名を聞いた途端、ドーモスの濁った両目が見開かれた。


「……まさか、あの……『奇跡の医者』なのか?」


 ドーモスが、信じられないものを見るように、震える声で恐る恐る尋ねる。

 エレノアと紹介された女性は、表情一つ変えず、ただ毅然とした態度で短く応えた。


「そうです」


「お、おお……」


 ドーモスは言葉を失い、感嘆の吐息を漏らした。

 元医者である彼ゆえに、その名前はあまりにも特別な響きを持っていた。いかなる不治の病をも治し、文字通り医学の常識を覆す数々の『奇跡』を体現してきた伝説の女医。


「本当に、奇跡の医者と繋がりがあっただなんて……」


 ドーモスは、ハンプトンの底知れなさに改めて戦慄しながら言った。

 ハンプトンは悪びれる様子もなく、涼しい顔で笑って答えた。


「約束はきちんと果たしますから」


 一方で、麗香とトウフ、そして松野は、彼女の偉大さを詳しく知らないようで、ただ黙ってその奇妙なやり取りを聞いていた。

 エレノアは、ターゲットであるナランの小さな姿を捉えると、コツンとヒールを鳴らして彼女の方へ歩み寄った。

 そして、目線を合わせるようにしゃがみ込み、ナランの全身をまるでレントゲンでもかけるかのように、鋭く、舐めるように観察した。

 エレノアのプロフェッショナルな瞳は、ナランの右腕の血管の奥で、魔那の過剰分泌による仄かな『青い光』が脈打っているのを見逃さなかった。


「……貴方の『魔法』には、驚かされてばかりね」


 エレノアが、背後のハンプトンへ向けて呆れたように呟くと、ハンプトンは満足げに口角を緩めた。


「アグレッションを一時的に抑制できる特殊な医療法はいくつかあるけれど……こうして自我を保ち、立って元気に走り回れるレベルまで完全に症状を抑え込める例なんて、学会でも聞いたことがないわ」


「まあ、あくまでその場しのぎの応急処置ですがね」


 謙遜するハンプトンをよそに、エレノアはナランの小さな両手を、自身の白く細い手で優しく包み込んだ。


「ナランちゃん」


「はい……」


 初対面の、少し冷たそうな雰囲気の女性に囲まれ、やや困惑した表情を見せるナラン。

 だが、エレノアはそんな彼女の不安を溶かすように、先ほどの事務的な態度とは打って変わって、春の陽だまりのように優しく、温かい微笑みを浮かべた。


「私に任せなさい」


「……うん?」


 エレノアの力強い言葉の真意をうまく汲み取れないナランは、不思議そうにコトンと首を傾げるほかなかった。


 ゆっくりと立ち上がったエレノアに、ドーモスがすがるような目で問いかける。


「本当に、治せるのか? ……あの子の病を」


「先天的なアグレッション状態の患者を受け持った時、私はこれまで全員を完治させていますので、どうかご安心を。それに――」


 エレノアは、チラリとハンプトンを横目で見た。


「かのじ――彼の、頼みなので」


 エレノアが、言いかけた言葉を誤魔化すように小さく咳払いをする。ハンプトンの真の姿を知るがゆえの言い間違いだろう。ハンプトンはそれを受けて、恭しく軽く一礼した。


「ささ、それでは、ドーモスさんとナランさんは、私たちについてきてください」


 ハンプトンがそう言うと、赤い扉の前へと二人を手招いた。


「どこにいくんだ?」


 ドーモスが尋ねる。


「『ニューバース』にある、私の病院ですよ」


 エレノアが事もなげに答える。


「ニューバースって……?」


 松野が、不意に湧いた疑問を口に出した。


「アメリゴ合衆国の、最大都市だよ」


 代わりに答えたのは、煙管をふかす麗香だった。


「ア、アメリゴ……」


 松野は自身の元の世界の記憶と照合し、ハッとした。おそらくそれは、アメリカ合衆国の立ち位置にある大国だろうと解釈した。そして『ニューバース』という響きは、さしずめニューヨークと同一の場所にあたるとも考え抜いた。空間転移の扉は、国境すらも容易く越えるのだ。

 エレノアが白衣のポケットに両手を入れた。


「必ず治しますから。安心してください」


 エレノアがドーモスへ向けて淡々と、しかし絶対の自信を持って告げると、彼女は振り返り、先に赤いドアの向こうの大都会へと歩み去っていった。


「では、お二人も」


 ハンプトンが促すと、ドーモスとナランは指示されるままに扉へと歩みを進めた。

 だが、扉をくぐる直前で、ドーモスがピタリと足を止めた。

 そして、ゆっくりと振り返り、麗香やトウフ、松野たちへと目を向けた。


「お前たちには、感謝してもしきれない」


 スラムで擦れ枯らした老人が、深々と、心からの敬意を込めて頭を下げた。それを見て、ナランも真似するようにちょこんと頭を下げる。


「特に、あの少年には……言葉では言い尽くせないほどの借りが出来た」


 ドーモスは、冷たい土の上で泥のように眠る加賀瀬善嗣を見つめながら、震える声で言った。

 その言葉に、麗香がふっと鼻で笑い、煙を細く吐き出した。


「気に病むこたないさ。コイツも、お前たちにそう言ってたよ。『恩返しだ』ってね」


 麗香がそう言うと、ドーモスは驚いたように目を丸くし、やがて顔をクシャリと歪ませて、静かに、本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。


「さ、ナラン、いこうか」


「ちょっとまって!」


 ドーモスが手を引こうとした瞬間、ナランが彼の手をすり抜け、加賀瀬の方へタタタッと駆け寄った。

 そして、眠る加賀瀬の顔元にちょこんとしゃがみ込んだ。


「お兄ちゃん!」


 ナランは、泥と血に塗れた加賀瀬の頬に自分の顔を近づけ、元気いっぱいの大きな声で言った。


「寝てるかもしれないけど、聞こえてないかもだけど……助けてくれて、ありがとう!」


 ナランは立ち上がると、加賀瀬に向かってペコリと深く頭を下げた。

 その純粋で真っ直ぐな様子を、麗香やトウフ、松野たちは、ひどく優しい、温かな目で見つめていた。

 ドアの向こうの大都会の喧騒の中に佇むエレノアも、その様子を横目で見ていて、黙って口角を微かに緩めていた。


「じゃあね!」


 ナランは満面の笑みで大きく手を振ると、ドーモスのもとへ小走りで戻った。

 二人は、光に満ちた大都会へと続くドアの向こうへ、迷うことなく進んでいく。

 彼らを見送った後、最後にハンプトンがドアを潜ろうとした。

 だが、その直前。彼は足を止め、背を向けたまま麗香の方へ顔を半分だけ向けた。


「あとは、彼に任せてあるので」


 ハンプトンが、唐突にそう言い残した。

 麗香は怪訝そうに眉間に皺を寄せた。


「彼って……誰だ?」


 その問いかけに答えることなく、ハンプトンは優雅な笑みを残したままドアをくぐり、内側から静かに扉を閉めた。


 ガチャリ、という音と共に、赤い扉は空間ごと水洗トイレのように渦を巻き、やがて完全に虚空へと溶けて消え失せた。


 禿げ上がった森のグラウンドに、再び夕暮れの静寂が落ちる。


「ったく……」


 苛立ちを見せる麗香が舌打ちをした。


「……で、ボクたちこれからどうします? 善嗣君が起きるまで――」


 トウフが頭を掻きながら言いかけた、その時だった。

 ザッ。

 後ろの茂みから、微かな砂利を踏む音がした。

 二人は、ゆっくりと、警戒心を最高潮に高めて背後を振り返った。


「なっ……」


 トウフが、信じられないものを見るように目を丸くする。


「……まさか」


 麗香は咥えていた煙管を口元から外した。

 夕闇の中、二人の視線の先に立っていたのは――。

 白いシャツに色落ちしたデニムという、ひどくカジュアルな格好をした一人の男だった。

 額や頬の至る所に、痛々しい真っ白なガーゼが貼られている。

 そして、艶のある金髪が吹き抜ける風にサラサラと靡いていた。


「どうも」


 男は、ポケットに手を入れたまま、ひどく気だるげに、だが確かな意思を持って挨拶をした。


「お前……」


 麗香の視線の先に居たのは。

 アルカディア管理部長――楼門だった。

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