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ライトニングブラスト ~クラスごと異世界転移して無能の烙印を押された男が、青白い雷で理不尽な神々を殴り倒すまで~  作者: 赤腹井守
ライトニングブラスト篇

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046 約束・壱

 上空を支配していた爆音と震動が、遠い雷鳴のように薄れていく。

 麗香たちを乗せた十一本の『魔女の箒』は、雲海を抜け、やがてスラム街カワチの郊外へと高度を下げていった。

 そこは、果てしなく続く鉄くずとスクラップの街から少し離れた、わずかに残る緑の森の一画だった。

 ただし、手つかずの大自然というわけではない。かつてこの世界でも都市開発を行おうとした形跡が無残に残っており、森林は不自然に円形に伐採され、遠目から見れば大地が丸く肌色に禿げ上がっているように見える、奇妙で歪な空白地帯だった。

 夕闇が迫る中、箒の群れは風を切って降下し、その禿げた土のグラウンドへと静かに舞い降りた。

 ふわり、と魔法の浮力が解ける。


「つ、着いた……」


 松野楓が、ガクガクと震える足で箒から降り、そのまま地面にへたり込んだ。極度の緊張から解放され、安堵の涙が丸眼鏡の奥で滲んでいる。

 ドーモスもまた、重い息を吐きながらナランを抱え下ろし、老骨を休めるように深く息をついた。

 麗香はと言えば、荷物のようにぶら下げていた気絶状態の加賀瀬善嗣を、ドサリと無造作に地面へ放り投げ、乱れたチャイナドレスの裾を優雅に整えていた。


「もう一回! もう一回やりたい!」


 死地からの生還だというのに、ただ一人、ナランだけは無邪気に歓声を上げ、自分たちを運んでくれた魔女の箒たちの周りをキャッキャと走り回っていた。


「こらこら、ナラン。危ないから離れなさい」


 ドーモスが慌てて立ち上がり、はしゃぐ孫娘を抱き寄せてたしなめる。


「それじゃあ、俺たちはこれで失礼するぜッ!」


 先頭の箒が、裂けた口を動かしてダミ声を響かせた。


「ばいばーい!」


 ナランが満面の笑みで小さな手を振る。


「あ、あの……ありがとうございました!」


 松野も慌てて立ち上がり、ペコリと深く頭を下げた。

 箒たちは柄を揺らしてそれに応えると、シュンッ! という鋭い風切り音と共に一斉に上空へと飛び立ち、瞬く間に夕闇の空へと吸い込まれて消えていった。

 辺りに、静寂が訪れる。

 遠くの空を見上げれば、雲の向こうで微かに赤い光が瞬いている。墜落していく天空要塞アルカディアと、それを破壊する魔那の怪獣の余波だろう。


「アルカディアはどうなっちまうんだろうねぇ」


 麗香は懐から煙管を取り出し、紫煙をふぅっと吐き出しながら、どこか他人事のように呟いた。


「ボクたち、ちょっと暴れすぎましたかね」


 巨体を縮こまらせてトウフが頭を掻く。彼としても、組織の幹部を殴り飛ばして脱走したのだ、今後のお尋ね者ライフを想像すると胃が痛い。


「いや」


 麗香は鼻で笑い、冷たい声で吐き捨てた。


「もともと気に食わない連中だったんだ。どうなったって、かまいやしないさ」


 その言葉が、夜風に乗って森に溶けていく。

 誰もが、これで一息つけると思った、その直後だった。


「皆さん、おそろいで」


「――ッ!?」


 不意に、五人の『真後ろ』から、穏やかで紳士的な男の声が響いた。

 トウフの全身の毛が逆立ち、麗香の細い肩がピクリと跳ねる。

 振り返った彼らの目に映ったのは、仕立ての良い漆黒のスリーピース・スーツを着こなした男――ハンプトンだった。

 異常だった。

 達人である麗香も、野生の勘を持つトウフも、声が掛けられるその瞬間まで、背後に立つこの男の気配に『一切』気づけなかったのだ。足音も、魔那の波動も、呼吸の気配すら完全にゼロ。まるで、空間そのものから唐突に「湧き出た」としか思えない現れ方だった。


「…………」


 麗香は煙管を握る手に力を込め、漆黒の瞳で男を静かに睨みつけた。


「誰だキミ……!」


 トウフが即座に警戒心を剥き出しにし、巨大な両腕を構えてハンプトンの前に立ちはだかる。

 そして。


「お前……ッ!」


 ドーモスは、その男の顔を見るなり驚愕に目を見開いた。

 スラムの自宅に突如現れ、奇跡の魔法でナランの『魔那過剰分泌亢進症』を一時的に封じ込めた、あの謎の男。


「トウフ、手出しするな」


 殺気立つトウフの肩を、麗香が後ろからポンと叩いた。


「アイツは大丈夫だ。……敵じゃない」


「えっ、師匠の知り合いですか?」


「まあね」


 麗香の言葉に、トウフは訝しみながらも構えを解いた。

 麗香は、この男の正体がファントムであることを熟知している。過去に何度か、このハンプトンという皮を被った姿のファントムと対面し、取引を交わしたことがあるからだ。

 ハンプトンは胸に手を当て、優雅に軽く一礼をして見せた。


「ドーモスさん。またお会いしましたね」


 ハンプトンは、革靴の音を響かせながら、ゆっくりとドーモスのもとへ歩み寄った。


「…………」


 ドーモスは無言のまま、背後のナランを庇うように一歩下がり、その男を静かに、だが強く睨み据えた。

 助けてもらった恩はある。だが、この男から滲み出る底知れぬ異質さが、老人の本能に警鐘を鳴らしていた。


「警戒なさらないでください。私は今日、貴方との『約束』を果たしに来たんですよ」


 ハンプトンが、温和な笑みを浮かべてそう言うと。


「約束、だと?」


 ドーモスの刻まれた眉が、ピクリと上がった。


「ええ。彼女を根本から治す『医者』を紹介する、と言ったでしょう?」


 ドーモスが息を呑む中、ハンプトンはスーツの内ポケットから、一冊の小さな手帳を取り出した。

 それは、彼の雰囲気に全く似つかわしくない、毒々しい『桃色』のカバーをした手帳だった。

 ハンプトンはパラパラとページをめくり、とある白紙のページを開いた。そこには、ぐるぐるとした渦巻き模様の『桃色のシール』が一枚だけ貼られていた。

 華矢がアルカディア本部で、アンティキティラなどのオーパーツに次々と貼り付けていたのと同じものだ。


 ハンプトンが、その桃色のシールを指の腹でスッ……となぞる。

 ――グゥンッ。

 空間が、低く唸った。


「なっ!?」


 松野が悲鳴を上げる。

 ハンプトンの横の何もない虚空が、突然、洗濯機の水流のようにぐるぐると渦を巻いて歪み始めたのだ。

 やがてその空間の歪みは、一つの形を成していく。

 真紅の木枠、磨き上げられた真鍮のドアノブ。

 何もない森のグラウンドのド真ん中に、唐突に『一つの赤い扉』が形成されたのだ。


「……ッ!」


 麗香とトウフは、それを見て目を見開いた。

 見覚えがある。アルカディア本部へ繋がる空間転移のゲート、あの赤い扉と全く同じフォルムだったからだ。

 ハンプトンは手帳をしまうと、隣で驚く麗香の方へチラリと視線を流した。

 そして、ドーモスたちには聞こえないような、わざとらしい小声で囁いた。


「最後の最後に、頑張ってもらうだけです」


「…………」


 その意味深な言葉の真意を理解しているのは、麗香ただ一人だった。

 ハンプトンは赤い扉のドアノブに手を伸ばし、皆に向かって説明するように語り始めた。


「アルカディアの管理する『空間転移の扉』は、全世界あらゆる場所に点在していますが……それらはすべて、この『母体』とも言える真なる扉が機能しない限り、ただの鉄屑の張りぼてと化してしまうシステムなんです」


 ガチャリ。

 ハンプトンがノブを回し、扉を手前に引いた。


「ですが、こうして『母なる扉』を稼働させることで、世界中に設置されたあらゆる扉へ、あらゆる場所へと通じることが可能になります」


 開かれた扉の向こう側。

 そこには、殺風景な森の景色とはまるで違う、別の世界が広がっていた。

 天を突くような摩天楼、喧噪な街中を行きかう多くの人々、そして無数の自動車のテールランプ。

 それは、どこかの『大都会』の一部を切り取ったような、鮮やかな朝の風景だった。


 コツ、コツ、コツ。

 扉の向こうの大都会から、ハイヒールがアスファルトを叩く硬質な足音が近づいてくる。

 やがて、その赤い扉のフレームを跨いで、こちらの世界へと『一人の女性』が姿を現した。

 艶のある黒髪を、顎のラインで綺麗に切り揃えたボブヘア。

 身長は一七〇センチほど。タイトな黒のインナーとスラックスに身を包み、そのすらっとしたスタイルの上から、パリッとした純白の白衣を羽織っていた。

 知性と冷徹さを同居させたような切れ長の瞳が、スラムの森の景色と、集まった面々を素早く値踏みするように見渡す。

 女性は、隣に立つハンプトンへと顔を向け、ひどく事務的な、それでいて凛とした声で短く問いかけた。


「それで、患者は?」


 ハンプトンは優雅に微笑み、ドーモスの後ろに隠れるナランを手のひらで示した。


「ご紹介します。彼女こそ、奇跡を起こす至高の医者――エレノア・テイラーさんです」

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