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ライトニングブラスト ~クラスごと異世界転移して無能の烙印を押された男が、青白い雷で理不尽な神々を殴り倒すまで~  作者: 赤腹井守
ライトニングブラスト篇

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045 脅迫

 空を覆う雲海が、悲鳴を上げて割れていた。

 崩壊寸前の天空要塞、アルカディア本部。その巨大な威容を重力から解き放ち、天空に留めていた第一階層の更に下部に位置する「魔那動力炉」は、外からのドラゴンの急襲と、内からの『青白い雷』による物理的な破壊の連鎖により、完全に沈黙していた。

 莫大な浮力を失った純白の要塞は、もはやただの巨大な瓦礫の塊となり果て、幾筋もの黒煙を引きながら、下界の死の大地へ向けてゆっくりと、だが確実な墜落を始めていた。

 その絶望的な崩壊の只中。

 本部の最下層――第一階層エリアの瓦礫の山の中で、一人の男が目を覚ました。


「……ぐ、ぅ……ッ」


 肺に吸い込んだ土埃にむせ返り、男は顔をしかめた。

 全身の骨が砕け、肉がひしゃげているかのような、鉛のように重たく鈍い激痛。頭蓋骨の奥でガンガンと警鐘が鳴り響いている。

 男――アルカディアの管理部長であった楼門は、血と煤に塗れた自身の身体を、瓦礫の中からゆっくりと、這いずるようにして起こした。

 純白だった制服は見る影もなくボロボロに引き裂かれ、完璧に撫でつけられていた前髪には血と漆喰がこびりついている。


(私は……落ちた、はず……)


 混濁する意識の中で、加賀瀬善嗣の拳から放たれた、あのすべてを無に帰す青白い閃光の記憶がフラッシュバックする。

 第五階層の吹き抜けから吹き飛ばされ、激突を繰り返しながらこの最下層まで落下したのだ。普通の人間なら即死。魔那で肉体を強化した能力者であっても、あの直撃と落下のダメージで生きているはずがない。

 それなのに、自分はこうして意識を取り戻している。

 ズズンッ、と要塞が大きく傾き、周囲の鉄骨がひしゃげる音が響いた。

 その土煙が舞う視界の先。

 瓦礫の山の一角に、ひどく場違いな男が一人、崩れたコンクリートの塊を椅子代わりにして悠然と腰掛けているのを、楼門は捉えた。

 仕立ての良い漆黒のスリーピース・スーツ。埃一つついていない革靴。

 まるで高級ラウンジで寛いでいるかのように脚を組み、静かな眼差しで楼門を見下ろしている。


「おはようございます」


 崩落の轟音すら掻き消すような、よく通る穏やかな声。

 黒スーツの男は、ただ淡々と、朝の挨拶をするかのようにそう言った。


「…………」


 楼門は、全身の激痛に耐えながら、沈黙したままその男を睨みつけた。

 いかにも紳士的なその振る舞い。だが、その存在から滲み出る「異質さ」は、アルカディアに所属するいかなる能力者とも一線を画していた。


「訝しむのも無理はありませんね」


 男は薄く微笑み、胸に手を当てて優雅に一礼した。


「私はハンプトン。しがない魔法使いですよ」


「……やはり」


 楼門の喉から、血の混じった掠れた声が漏れた。

 合点がいった。ドーモスという老人の記憶に現れ、不治の病を抑え込んだ謎の男。そして、その名前のアナグラムが示す真の正体。


「貴方が、『ファントム』ですか」


「おや、ご存じで」


 ハンプトンは悪びれる様子もなく、あっさりと己の正体を肯定した。

 破壊と創造のエンティティ。

 だが、楼門の頭を占めていたのは、目の前の男の正体に対する驚愕よりも、自身の身体に起きている『矛盾』についてだった。


「なぜ、私は生きているんですか?」


 楼門は、自身の血まみれの手のひらを見つめた。


「あの一撃と、この落下。間違いなく私は死んでいたはずだ。現に、身体中が千切れるほど痛い。……貴方が、私を治癒したのですか?」


「いいえ」


 ハンプトンは、退屈そうに首を横に振った。


「私は君の傷など、一つも治癒していませんよ。私がしたのは、君に訪れた『死の概念』を『破壊』しただけです」


「死を、破壊した……?」


「ええ。君は一度完全に死にました。ですが、その結果を私が壊した。だから君は今、致命傷を負った肉体のまま、無理やり魂を繋ぎ止められて生きている」


 ハンプトンは楽しげに目を細めた。


「これは、私からの『貸し』ですよ。楼門部長」


「…………」


 悪魔の契約。楼門はその言葉の裏にある意図を察し、小さく息を吐いた。


「お断りします」


 ハンプトンが提案の内容を口にするより早く、楼門ははっきりと首を横に振った。


「もう、たくさんだ。……私の役割は、とうに終わりました。貴方のような存在に与してまで、この世界で生き長らえる意味などない」


 自嘲気味に笑い、楼門は瓦礫に背を預けて目を閉じた。

 アルカディアの管理部長として、冷徹なシステムとして機能し続けてきた日々。大義のために無数の命を天秤にかけ、ゴミのように切り捨ててきた。

 だが、その強固なシステムは、一人の少年の青白い雷によって完全に粉砕されたのだ。


「力を振るうことに、もう、私は――」


 言いかけて、楼門はハッと目を開いた。

 自身の体内の奥底を巡るはずの、ある「感覚」が完全に欠落していることに気づいたのだ。


「……魔那が、ない?」


 信じられない事実だった。空っぽだ。絞り出そうとしても、あの空間を支配する感覚が、指先から一滴も湧き上がってこない。


「ええ、ありませんとも」


 ハンプトンが事もなげに言った。


「君の魔那は、彼――加賀瀬善嗣の『天嵐雷破』によって、綺麗さっぱり掻き消されてしまったのですから。魔那を生成する回路そのものが、物理的に破壊されたのですよ」


「ライトニングブラスト……?」


 楼門の脳裏に、あの理不尽なまでに眩く、すべてを終わらせた青白い稲妻が蘇る。

 あれは単なる高出力のエネルギー波ではなかったのだ。能力者の存在意義そのものを焼き尽くし、無力化する、神殺しの雷。


「素晴らしいことじゃありませんか」


 ハンプトンは、芝居がかった手つきで両手を広げた。


「君を縛り付けていた『世界』との繋がりが、完全に消え去ったのです。……今こそ君は、真の自由を得たのですよ」


 自由。

 その言葉の響きは、今の楼門にとって、ひどく虚しく聞こえた。

 魔那を失い、能力を失ったただの人間。この崩壊しゆく天空の要塞で、何ができるというのか。


「……だとしても、もう疲れた」


 楼門は、虚無に染まった瞳でハンプトンを見上げた。


「『世界』への忠誠も、均衡とやらも、もうどうでもいい。……私はここで、この要塞と共に瓦礫の下で眠る。それが、私の望む自由です」


 それは、明確な『死』の受容だった。

 何もかもを投げ出し、ただ静寂を求める男の、最後の願い。

 しかし。

 その願いを聞いたハンプトンの顔から、ふっ……と一切の感情が消え去った。


「――そうか。それは残念」


 ハンプトンが、氷のような無機質な目で、楼門をジッと見据えた。

 指一本、動かしていない。魔那の波動すら感じさせない。

 ただ、「視線」を向けただけだった。

 パァァァァンッッ!!!!


「――――ッ!?」


 声すら、出なかった。

 楼門の視界が真紅に染まり、次の瞬間、彼の肉体は内側から爆竹のように弾け飛び、文字通り「バラバラに爆発」した。

 四肢が千切れ飛び、血液と臓物と肉片が、周囲の瓦礫にドチャリと撒き散らされる。

 瞬きする間もない、理不尽極まりない純然たる『破壊』。

 楼門という存在は、文字通り物理的にこの世から消し飛んだ。

 だが。

 一秒も経たないうちに。

 ――シュルルルルッ……!

 撒き散らされたはずの血液と肉片が、ビデオの逆再生のように異常な速度で空間を巻き戻り、一つの座標へと収束していく。

 そして、元の形――血と煤に塗れた楼門の姿へと、強制的に再構築されたのだ。


「ガ、あァァァァァァァァァァァァァァッ!!??」


 再構築された瞬間、脳髄を焼き切るような絶叫が、楼門の喉からほとばしった。

 全身がバラバラに砕け散り、再び繋ぎ合わされた狂気の激痛。神経が悲鳴を上げ、彼は瓦礫の上でエビのように身をよじってのたうち回った。

 息も絶え絶えになりながら、楼門は自身の身体を確認する。

 千切れたはずの腕も脚も繋がっている。だが、落下した際に負った骨折や裂傷は、そのまま痛みを伴って残っていた。


「理解できましたか?」


 ハンプトンは、虫けらを見下ろすような冷ややかな目で、のたうち回る楼門に告げた。


「私は、破壊の化身。。死の概念を破壊して君の命を無理やりこの世に繋ぎ止めることはできても……その傷を『癒やす』ことは、決してできない」


「ハァッ……ハァッ……悪魔、め……!」


「そして」


 ハンプトンは、ゆっくりと立ち上がり、血反吐を吐く楼門の鼻先へと歩み寄った。


「たった今、君の二度目の『死の概念』を破壊してあげました」


「……ッ」


「次はありません。いよいよ、次こそ君は……本当に、惨めに死ぬことになります」


 静かな宣告。

 楼門は、ガチガチと震える歯の音を抑えきれなかった。

 恐怖。圧倒的な恐怖。魔那を失った今の彼にとって、眼前の男は文字通り抗うことの許されない絶対的な神だった。

 固唾を呑み、絶望的な重圧に押し潰されそうになりながらも、楼門は必死に顔を上げた。


「……それでも、だ」


 楼門は血走った目でハンプトンを睨み返した。


「私は、もう解放されたい。アルカディアから、世界を守るという役割から。……そして、異世界から無理やり拉致されてきた『転移人』という、呪われた役割からもッ!」


 そう、彼もまた、元を辿れば加賀瀬たちと同じだったのだ。

 別の並行世界から召喚され、圧倒的な魔那を見出され、やがて組織のシステムの一部として組み込まれていった被害者の一人。


「解放されたい、ですか」


 ハンプトンは呆れたように小さく息を吐いた後、ふふっ、と不気味に肩を揺らして笑った。


「面白いことを言いますね。……矢倉レン君」


「――――ッ!!」


 楼門の心臓が、鷲掴みにされたように凍りついた。

 その名前は。アルカディアに来てから久しく、ただの一度も口にしていない、誰にも明かしたことのない、元の世界での彼の『本名』だった。


「おや、どうしました?」


 ハンプトンは、わざとらしく小首を傾げてみせた。


「アメリーさんと辰馬さん……そして、君が何よりも大切にしていた、七つ年下の可愛い弟……レオ君。みんないい家族でしたね」


「や、やめろ……ッ!!」


 楼門――いや、矢倉レンは、恐怖で顔を完全に歪ませ、叫んだ。

 冷徹な管理部長の完璧な仮面は、もはや欠片も残っていなかった。ただ家族を愛し、突然の別れを強いられた、惨めな一人の青年の素顔がそこにあった。


「どうして……どうして、貴方が家族の名前を……!」


「そりゃ、まぁ、伊達にエンティティやってませんから」


 ハンプトンは悪魔のような笑みを深めた。


「君のいた世界――アルカディアではこう名付けてましたか? サテライト378――そう名付けられていた美しい世界。……君がここで私の提案を拒絶し、死を望むというのなら」


 ハンプトンは、指先で空中に小さな球体を描くように回した。


「私が……君の愛する家族のいる世界もろとも、『破壊』してあげましょう」


「…………ッ!!」


 楼門は声も出ず、ただ目を見開いてハンプトンを凝視した。

 ハッタリではない。

 この男の理不尽な暴力を身をもって味わった今、彼にとって一つの並行世界を消し飛ばすことなど、造作もない遊びに過ぎないのだと、魂が理解してしまっていた。


「卑劣だと罵っても構いませんよ」


 ハンプトンは再び瓦礫に腰を下ろし、優雅に脚を組み直した。


「ですが、君にはもう、私がこれから提示する『提案』を受け入れるしか、家族と世界を救う道は残されていない」


 崩れゆく天空要塞の最下層。

 すべてを失った楼門は、圧倒的な絶望の淵で、破壊の神の甘く恐ろしい囁きに耳を傾けるほかなかった。

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