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ライトニングブラスト ~クラスごと異世界転移して無能の烙印を押された男が、青白い雷で理不尽な神々を殴り倒すまで~  作者: 赤腹井守
ライトニングブラスト篇

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048 約束・参

 深い、深い泥の底から浮上していくような感覚だった。

 加賀瀬善嗣の意識はゆっくりと覚醒の時を迎えた。


(……ここは?)


 重い瞼をこじ開けると、視界に飛び込んできたのは、温かみのあるウッド調の天井だった。

 全身を包み込んでいるのは、あのスラムの硬い床でも、アルカディアの冷たい大理石でもない。ふかふかとした柔らかく清潔なベッドのシーツだ。

 加賀瀬はギシッと軋む音を立てて、ゆっくりと上体を起こした。

克死武走(こくしむそう)』の反動で全身の骨と筋肉がバラバラに砕け散るような激痛を覚悟していたが、不思議と体は軽かった。気だるさはあるものの、致命傷はとうの昔に癒えている。

 部屋を見渡す。

 間接照明だけが灯る、窓が一つもない密室。外の光が入らないため、今が朝なのか夜なのかすら分からない。

 そして――ベッドの傍らに置かれたアンティーク調の椅子に、『彼』は静かに腰掛けていた。

 白いシャツに色落ちしたデニム。無造作な金髪。顔には絆創膏が一枚。

 かつてのアルカディア管理部長――楼門だ。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


 楼門は、手元で読んでいた分厚い洋書をパタンと閉じ、いつものように――いや、かつての無機質なそれとは少し違う、どこか人間味のある柔らかな笑顔で声をかけてきた。


「……てめぇ、生きてたのか」


 加賀瀬は鋭い目を向け、警戒心を露わにした。

 あの一撃。間違いなく自身の攻撃が彼の腹を貫き、奈落の底へ突き落としたはずだ。


「ええ、しぶといものでして」


 楼門は悪びれる様子もなく肩をすくめた。


「ここはどこだ。俺はどれくらい寝てた?」


「とあるセーフハウスの一室ですよ。貴方はここで、丸々一ヶ月もの間、泥のように眠りこけていました」


「一ヶ月……!?」


 加賀瀬は思わず声を荒げた。そんなに時間が経っているとは。


「ナランはどうなった? じいさんは!?」


「ご安心を。ドーモスさんとナランさんは無事に、安全な場所へと送り届けられました」


 楼門は立ち上がり、サイドテーブルに置かれた水差しからグラスに水を注ぎ、加賀瀬に差し出した。


「アルカディア本部は、あの後完全に墜落し、大破しましたよ。あの時本部に居た人間の九割は……瓦礫の下で亡き者となりました」


 加賀瀬は差し出されたグラスを受け取らず、ただ無言で楼門を睨み据えた。


「……そんなお前が、なんで俺の横で呑気に本なんか読んでる?」


「看病、と言ったところでしょうか。貴方が眠っているこの一ヶ月間、ここには貴方の命を狙う刺客が十三人もやってきましてね」


 楼門は事もなげに言った。


「十三人?」


「ええ。うち六人は『混沌』のエンティティを崇拝するカルト集団の狂信者たち。四人が腕利きの賞金稼ぎ。二人が、復讐に燃えるアルカディアの元・残党職員です」


「そいつらはどうした」


「ほぼすべて、私が返り討ちにしましたよ」


 能力を完全に失い、ただの人間となった楼門。しかし、元管理部長としての冷徹な知略と戦闘技術、そして持ち前の銃器の扱いをもってすれば、並の刺客を罠に嵌めて処理することなど造作もなかったのだろう。


「……ほぼ?」


「ええ。最後の一人だけは、得体の知れない人物でした。かなりの実力者で、私でも足止めが精一杯だった。……ですが、その人物はベッドに眠る貴方の姿を見るや否や、なぜか刃を収めて、ふっと姿を消したのです」


 加賀瀬は眉根を寄せた。自分を知る得体の知れない実力者。心当たりは全くない。


「とにもかくにも、状況は極めて危険です」


 楼門は表情を引き締め、椅子に座り直した。


「生き延びたアルカディアの残党や、各支部に在籍していた者たち、外出していた者たちの間で、本部落下の元凶として貴方の存在が仄めかされています。今や『加賀瀬善嗣』という名は、元アルカディア勢力から最大の目の敵にされている」


「…………」


「それだけではありません。他のエンティティたちにも、少なからず貴方の情報が行き渡っているようです。各エンティティを崇拝する組織や個人が、貴方の情報を血眼になって探っている」


 楼門は淡々と、だが残酷な事実を並べ立てた。


「今や加賀瀬善嗣は、このコズミックアクシスプライムにおける、『要注意人物』なんですよ」


「……それで?」


 加賀瀬はグラスの水を一気に飲み干し、手の甲で口元を拭った。


「お前はなんで俺にそこまでしてやる? 俺をこんな目に遭わせた張本人が、急に保護者ヅラかよ」


 鋭い追及に、楼門はほんの一瞬だけ、自嘲するような微かな笑みを浮かべた。


(『破壊のエンティティ』との契約により、貴方のガイド役を命じられたからですよ)


 ――などという真実を、馬鹿正直に語る彼ではない。


「……貴方を召喚してしまった手前、責任を感じていましてね」


 楼門はもっともらしい嘘を吐いた。


「それに、貴方のおかげで私は『世界』から断絶され、魔那を失いました。組織も崩壊し、目的を失ってしまった。……だから、こうして余計なお世話を焼いて、暇を潰しているだけですよ」


「ふん」


 加賀瀬はそれを鼻で一蹴した。この男がただの善意や暇つぶしで動くはずがないことぐらい、百も承知だ。


「勝手にしろ。だが、俺の目的は最初から一つだけだ」


「ほう。なんでしょう?」


「元の世界に戻ることだ。俺のいた、俺の世界にな」


 そのブレない意志に、楼門は小さく息を吐いた。


「……それは無理な相談ですね。かつて私も、どうにかして元の世界へ帰還する方法を探りましたが、物理的にも理論的にも不可能でした」


「方法がないわけじゃねえだろ」


「ええ。それが出来る存在がいるとすれば、それは『世界の理』そのものを司る、エンティティのみです」


「だったら、そのエンティティとやらに直談判してやるよ」


 迷いのない、加賀瀬らしい無謀な宣言。

 それを聞いた楼門は、思わず肩を揺らして「フフッ」と笑い声を漏らした。


「直談判、ですか。エンティティに会うということは、文字通り『神様に会う』ということを意味するのですよ。……転移人である貴方にとって、それが御伽噺に聞こえるのは容易いことでしょう?」


 楼門の現実的な忠告に、加賀瀬は無言で睨み返した。

 無理だと言われて諦めるなら、とうの昔にスラムで野垂れ死んでいる。

 その不屈の瞳を見て、楼門はそれ以上反論するのをやめた。代わりに、自身のデニムのポケットから、一通の白い封筒を取り出し、ベッドの上の加賀瀬へと差し出した。


「一週間前、貴方の師匠である麗香さんから、これを預かりました」


「……?」


 加賀瀬は封筒を受け取り、中の便箋を取り出した。


 そこには、達筆な字で、しかし彼女らしいぶっきらぼうな口調の文章が記されていた。


 ――お前に会いたいという人がいる。夏禹(かう)陽翟(ようてき)に行け。そこで私の師匠が待っている。この世界を生き抜く術を身につけろ。お前はすでに、棺桶に片足を突っ込んでいる。


 手紙を黙読し終えた加賀瀬は、静かに便箋を折りたたんだ。

 棺桶に片足を。その言葉が、魔斬の禁じ手『克死武走(こくしむそう)』を使ったことへの代償を暗に示していることは、加賀瀬の肉体自身が一番よく理解していた。

 生き抜く術。そして、麗香の師匠。


「共に、夏禹へと向かいましょうか」


 沈黙する加賀瀬に対し、楼門が当然のように提案した。


「……なんでお前がついてくる」


 加賀瀬が怪訝な顔を向ける。


「ガイド役は必要でしょう? それに、夏禹とはどこだか分かっていますか?」


「知るか。どこだそこは」


 楼門は立ち上がり、密室の壁に寄りかかって腕を組んだ。


「夏禹とは、我々が今いるこの国――『ヤマト』から、海を遠く越えた先にある、強大で巨大な国家です。アルカディアの監視網すら完全には及んでいなかった、未知の領域ですよ」


 海を越えた先。

 その響きに、加賀瀬はベッドのシーツをぎゅっと握りしめた。

 元の世界へ帰るため。神と呼ばれるエンティティに辿り着くため。そして、自らの命を繋ぎ、襲い来る刺客たちを退ける力を得るため。


「……上等だ」


 加賀瀬善嗣は、三白眼に強い決意の光を宿し、ニヤリと不敵に笑った。


「行ってやろうじゃねえか。その夏禹ってところに」


 かつて無能力者と蔑まれた少年と、すべてを失った元・絶対的管理者。

 決して交わるはずのなかった二人の異邦人は、世界を敵に回したまま、未知なる海を越える決意を固めた。

 神殺しの雷を秘めた少年の旅は、ここからが本当の始まりである。




 【第一部:ライトニングブラスト篇 完】

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