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ライトニングブラスト ~クラスごと異世界転移して無能の烙印を押された男が、青白い雷で理不尽な神々を殴り倒すまで~  作者: 赤腹井守
ライトニングブラスト篇

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042 オフィスワーク・漆

「…………」


 楼門は、硝煙を上げる無機質な銃口を下へ向け、ひどく冷たい無表情な顔で、血の海に漂いピクリとも動かなくなった加賀瀬善嗣を見下ろしていた。

 今度こそ、間違いなく、彼が起き上がることはなかった。

 見開かれた三白眼は虚空を捉え、徐々に生気を失い、ガラス玉のように濁っていく。額に穿たれた致命的な風穴から流れる血が、純白の床に赤黒い染みを広げていた。

 楼門は、その動かなくなった躯を見つめながら、どこか切なく、哀しげにも見て取れる表情を一瞬だけ浮かべたようにも思えた。

 チャキッ、と無駄のない動作で拳銃を懐に戻すと、楼門は胸ポケットから小型のタブレット端末を取り出し、それを口元に近づけた。


「状況は?」


 しばらくして、端末から激しいノイズ混じりの音声が響いた。


『――かなり、深刻です』


 オペレーターの声は、恐怖で完全に上擦っていた。


「何が起きたんですか?」


『――ドラゴンです』


「なに?」


 楼門の完璧な仮面に、明確な亀裂が走った。


『ニーズヘッグと思しきドラゴンの襲撃です。現在、本部外壁の三〇パーセントが損壊……!』


「…………」


 楼門は頭痛を鎮めるかのように、忌々しげに眉間をつまんだ。先ほどから要塞を揺るがしているこの絶え間ない轟音と震動の正体が、よもや十三匹しかいないはずの『魔那の怪獣』によるものだとは。


「迎撃システムは?」


『作動しませんでした。先のハッキングによるものかと……っ!』


「悉く、してやられましたね」


『本部に居る職員も、九割が安否不明の状態です……!』


「そこら中で眠ってますよ」


『――楼門部長、これは、もう』


「わかってます」


 楼門は、腹の底から湧き上がる怒りを誤魔化すように、前髪を乱暴にかき上げた。彼の計算にない事象ばかりが、この数十分で立て続けに起きている。


「セキュリティプロトコル1に移――」


 楼門の、冷徹な指示の言葉が、不意に喉の奥で詰まった。


 カランッ……。


 楼門の手からタブレット端末が滑り落ち、純白の床に虚しい音を立てた。


 彼は、ゆっくりと。まるで錆びついた機械のように、背後を振り返った。


 彼の視界が捉えたのは。


 上半身がだらんと前かがみになった、糸の切れた操り人形のような不気味な姿勢で立っている――白目を剥いた加賀瀬善嗣だった。


「…………ッ」


 いかなる絶望的な報告を受けても声を荒げる程度だった楼門が、絶句した。

 確実に殺したはずだ。脳髄を破壊した。人間の、いや、生物の構造上、絶対に生きているはずがない。


 なぜ、立っている?


 しかし、どこか様子が異常だった。加賀瀬善嗣は、自らの足で立っているというより、何かに『操られている』かのような振る舞いだったのだ。自身の意志とは別に、見えざる暴力的なエネルギーが、死体となった彼を無理やり稼働させているようにも思えた。


 ゴォォォォォォォ……ッ。

 加賀瀬の周囲に、凄まじい密度の見えないエネルギーの流れ――『天』が渦巻いているのを、楼門は嫌というほど肌で感じ取っていた。額の穴からは未だ血が滴っているというのに、その肉体からは、生前を遥かに凌駕する異次元の圧が放たれている。


 楼門は、自身の顔が引きつっているのを自覚しながら、「ハハッ」と、ひどく乾いた笑いを見せた。


「……貴方を、召喚するべきではなかった」


 後悔。それは、絶対的管理者である彼が、初めてこの異邦人に対して抱いた純粋な感情だった。

 楼門は、再び右手を構えた。今度こそ、細胞の一片すら残さずこの空間からデリートするために。



 同時刻――。

 この異常な光景を、崩壊の震動が続く第五階層の吹き抜けから見下ろしている二人の女性がいた。

 麗香は紫煙をふぅっと吹かせながら、どこか蔑んだような、それでいて呆れたような目を浮かべつつ、隣に立つトウフの姿をしたファントムに問うた。


「お前の仕業かい?」


 額を撃ち抜かれた人間が立ち上がる。そんな理不尽な奇跡を起こせるのは、隣にいる『破壊と創造の神』しかいないと踏んだからだ。


 それに対し、トウフは不気味な笑みを浮かべたまま、ゆっくりと首を横に振った。


「まさか」


 トウフは、ヒビの入ったガラスの柵から身を乗り出し、下の階層の加賀瀬を面白そうに見つめた。


「私が破壊できる『()()()()』は、一人につき二回まで。加賀瀬善嗣には、もうその手札はない」


 トウフの声色は、先ほどまでの軽薄さが嘘のように、神としての冷酷な響きを帯びていた。

 トウフは、死してなお立ち上がった加賀瀬をまじまじと凝視しながら、続けて言った。


()()は――君たちの得意とするものじゃないかな?」


「……?」


 麗香はそれを聞くと、加賀瀬の周囲に渦巻く大量の『天』の異常な動きを、見極めるように目を細めた。

 呼吸をしていない。心臓も動いていない。なのに、毛穴という毛穴から周囲の大気を貪欲に吸い上げ、死んだ細胞を強引に繋ぎ止めて循環させている。

 その信じがたいエネルギーの奔流を視認した瞬間、麗香の漆黒の瞳が見開かれた。

 そして、戦慄と共に、ぼそりと呟いた。


「――『克死武走(こくしむそう)』」


 トウフが、興味深そうに麗香へ目を向けた。


「なにそれ?」


「その役満(わざ)を成し得た者は、過去にたった一人だけ……私のお師匠様ただ一人だ」


 普段は決して余裕を崩さない麗香の顔が、微かに震えていた。


「死をも超克する、魔斬の禁じ手……。死して尚、肉体が無意識に外界の天を取り込み続け、そのエネルギーだけを基に生命活動を強制的に維持し、戦い続ける……文字通り、命を前借りする最悪の役満」


「へぇ」


 トウフが、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように、目を輝かせて加賀瀬を見下ろした。


「やるじゃん、加賀瀬善嗣」


 しかし、麗香はどこか恐ろしげな、忌まわしいものを見るような顔で彼を見下ろしていた。あの状態の肉体が最後に行き着く果てを、彼女は知っているからだ。


「……ファントム」


「ん?」


「これも、お前の計画の内かい?」


「いや」


 トウフは頬杖をつき、ニィッと三日月のように唇を歪めた。


「これからだよ」

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