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ライトニングブラスト ~クラスごと異世界転移して無能の烙印を押された男が、青白い雷で理不尽な神々を殴り倒すまで~  作者: 赤腹井守
ライトニングブラスト篇

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027 フォーリンラブ・肆

 カワチの廃工場。

 楼門と加賀瀬が廃工場を去った後、残された空間には重苦しい沈黙が降りていた。


「…………」


 トウフは、虚空を睨みつけたまま、ギリリと牙を剥き出しにしていた。

 居たたまれない思いが、胸の奥で渦巻いている。

 あの時、あのまま加賀瀬を連れて行かせて良かったのか。いくら人質が取られているとはいえ、自分の力で強引に事態を打開できなかったのか。兄弟子として、何一つ守れなかった己の無力さ。焦燥感が、巨体を内側から焼き焦がしそうだった。


 それに反して、錬暖は地面に転がる笠井たちの気絶した顔を見下ろしながら、心底面倒くさそうに深くため息をついた。


「……やれやれ、醜態ですね。彼らを支部に運んでくれてもいいんですよ? そこの熊さん」


「冗談じゃない」


 半ば苛立ちを見せるトウフに、錬暖は鼻で笑った。


「勿論冗談ですよ。もうじき私の仲間が来ますから、死体回収の真似事などしなくて結構です」


 錬暖は眼鏡のフレームを指で弾き、一人で愚痴をこぼし始めた。


「全く……楼門部長にも困ったものだ。ご自身の能力で解決できるのなら、最初からあの人が出ていれば、無駄な人員を割く必要もなかったというのに……。人をこき使うことしか考えていない」


 ブツブツと文句を垂れる錬暖の背中を、トウフは殺意を込めて睨みつけていた。

 その矢先だった。


「――おい」


 どすの効いた、底冷えするような女の声が、錬暖の真後ろで響いた。


「え?」


 錬暖が後ろを振り向く。いや、振り向こうとした、その刹那。


 何者かの手が錬暖の顔面を鷲掴みにし、そのままの勢いでコンクリートの地面へと叩きつけた。


「ぅごッ!?」


 頭蓋骨が砕けそうな衝撃。錬暖の身体がバウンドし、土煙が舞い上がる。


 その様子を、トウフは慄然としながら見ていた。

 あまりに一瞬の出来事だった。彼女の気配すら、全く気づけなかったのだ。声がして、錬暖が叩きつけられるまで、僅か一秒もかかっていない。


「し……師匠!?」


「私たちをとっととアルカディア本部に連れていきな」


 錬暖を叩きつけたのは――麗香だった。


 漆黒のチャイナドレスの裾を揺らし、冷徹な瞳で見下ろす麗香。

 錬暖はやっと状況を掴んだのか、狼狽する顔を必死に隠そうと顔をしかめた。


「貴方はッ……!!」


 トウフは慌てて麗香の前に飛び出した。


「師匠! だめだ! 彼に無暗に攻撃しちゃいけない!!」


「……はあ?」


 麗香は鬱陶しそうにトウフのほうへ顔を向けた。


「なんでだい?」


 その問いに答えたのは、地面に押さえつけられた錬暖だった。彼は血を吐きながら、狂ったように嘲笑った。


「ゲホッ……ハハハ! その通りだ! 私を傷つけることは、罪のない幼子と老人の命を奪うことを意味する!!」


 麗香は無言で錬暖のほうへ視線を戻すと、顔面を掴んでいた手の握力をさらに強めた。


「なに訳のわからないことを言ってるんだい……」


「ぅぎいッ……!」


 錬暖の頬骨が軋む。


「ドーモスさんとナランちゃんが人質に取られてるんだ! 彼への攻撃は、二人の命を脅かすプログラムになってるんだよ!」


 トウフの悲痛な叫びを聞いても、麗香はすぐには握力を弱めなかった。


「師匠!!」


「……ったく」


 チッ、と舌打ちをし、麗香は徐々に力を弱めて錬暖の顔から手を離した。


 その隙に、錬暖は脱兎のごとく這いずり、彼女から飛び退くようにして距離を取った。先ほどの衝撃で完全にヒビの入った眼鏡を掛けなおし、荒い息を吐きながらゆっくりと立ち上がる。


「い、今すぐに二人を殺しても構わないぞ……!」


「トウフ、詳しく説明しな」


 トウフは麗香のもとへ駆け寄り、早口で耳打ちした。


「この男のバイタルが低下すると、ドーモスさんとナランちゃんの身に危険が迫るよう設計されているらしいんです」


「らしい?」


「か、確証はないんですけど、だからって迂闊に攻撃もできないでしょう!!」


 狼狽えるトウフをよそに、麗香は冷たい殺気を錬暖へ向けた。


「その話は本当なのかい?」


「ええ、本当ですよ。私に異常が発生すれば、あの二人は死ぬ」


 錬暖が勝ち誇ったように笑う。


「というか師匠、どうしてまた戻ってきたんですか?」


 トウフの問いに、麗香は大きくため息をついたのち、ジト目を向けた。


「あの馬鹿のせいだよ」


「ば、馬鹿って誰のことです?」


「あのクソ馬鹿だよ」


「だから誰ェ……?」


 加賀瀬のことか、それとも別の誰かのことか。麗香はそれ以上答えず、再度錬暖へ目を向けた。


「まあ、今はそんなことどうだっていい」


「私への攻撃は、控えるように」


 錬暖はわざとらしく両手を広げ、余裕をアピールした。


 麗香はイライラと舌打ちを鳴らす。


「そんな脅し、私には通用しないよ」


「いいんですか? か弱い命が犠牲になっても」


「師匠! 今回は我慢です!!」


 トウフが止めに入るが、錬暖はさらに言葉を重ねた。


「私は一向に構いませんよ。貴方の強さは経験済みだ。二度とあの痛みは味わいたくありませんが……それでも、貴方が二人の命をどうとも思っていないのであれば……どうぞ、私を殺してください」


 究極のチキンレース。だが、麗香の顔には微塵の迷いもなかった。


「殺しはしないよ。ただ、アルカディア本部に連れてってくれればそれでいい」


「嫌ですよ」


「だったら、お前のIDを奪うまでだな」


「……なに?」


 錬暖は身構えた。

 麗香は錬暖へスッと人差し指を向けた。


「お前のIDを奪えば、あとはこの街のどこかにあるテレポーターを探せばいいだけの話だ」


 錬暖は目を丸くした。


「どうしてそれを……!?」


 テレポーター――空間転移の扉の情報は、迂闊に外部に漏れないよう厳重に情報統制されている。スラムの住人はおろか、下級職員でさえその正確な位置を知らない。


 だが、目の前の女はそれを知っていた。


「まさか……」


 錬暖は額の脂汗を拭った。


「貴方、元職員ですか」


「ふん」


 麗香は答える代わりに、右手の拳を強く握りしめた。


 ――ゴォォォォォォォ……。

 その直後、周囲の空気がざわつき始めた。


 錬暖が先ほどトウフから感じたプレッシャーとは比にならない。圧倒的な「圧」が発生していた。廃工場の鉄骨が悲鳴を上げて軋み、耳鳴りのような轟音が響く。


 目に見えないエネルギーの奔流が、巨大な渦となって麗香の右拳に収束していくのが、錬暖の肌にもビリビリと伝わってきた。


 その禍々しくも強大なパワーの圧を間近で感じていたトウフもまた、自分の師匠という存在に本能的な畏怖を覚え、身を固くしていた。


「なっ……!?」


 錬暖は今にも腰が抜けそうだった。


 今まで生きてきた中で、これほどのものは感じたことがない。純粋な――暴力的すぎるパワーの圧。


「トウフ、お前も見るのは初めてかな?」


 大気が悲鳴を上げる中、麗香の声だけがやけに静かに、そして冷静に響いた。


「魔斬の奥義――『役満(やくまん)』」


 麗香の拳に、空間のすべてが押し潰されるようなパワーが凝縮されていく。

 やがて、周囲の大気中のすべての『天』が彼女の拳に一点集中した刹那――辺りの音が消え、完全な静寂と化した。


 麗香が、右手の拳の力を一瞬弱め、再度強く握りなおした。


 ズドォォォォォォォォォンッ!!!

 彼女の拳から、ただ握り込んだだけで爆発的な衝撃波が発生した。


 打撃すら放っていない。ただの余波。

 それだけで、トウフの巨体が三メートルほど後退させられ、彼より遠くに居たはずの錬暖は、木の葉のように軽々と吹き飛び、地面を何度も転がり落ちた。


 周囲の鉄くずが壁際へと吹き飛び、割れかけのガラスが木端微塵に粉砕されて雨のように降り注ぐ。


「が、はァッ……!?」


 錬暖は全身の骨が軋むのを感じながら、すかさず立ち上がった。腰に携帯していた白い銃を手に取ろうとするも、手が震えてなかなかつかめない。


「ぶっちゃけ言えば――私はじいさんと子供がどうなろうと――」


 土煙の向こう。

 麗香が、死神のような冷たい目で右拳を眼前に構えていた。


「知ったこっちゃないね」


 その宣告に、錬暖は銃を構えるのをあきらめた。この一撃が放たれれば、自分は肉片すら残らない。命のリンクなど、この女の前では何の意味もなさない。


「ま、待ってくれ! 待ってくれ! 待ってくれ!!」


 彼が必死に叫び訴えるのを、麗香は聞いていなかった。


 彼女は異次元の跳躍力で、瞬く間に錬暖の懐へと詰め寄った。


(だい)――!」


「わかった!」


(さん)――!」


「降参だ! 降参だ! 降参だァァァァァッ!!」


「げ――」


 ピタリ。

 麗香の突き出された拳は、錬暖の鼻先、わずか数ミリの距離で寸止めされた。


 直後、遅れてやってきた凄まじい風圧が、整えられた髪を崩し、錬暖のヒビ割れた眼鏡も、轟音と共にまるで台風に巻き込まれたかのように後ろへと吹き飛んだ。


「…………」


 錬暖はただただ茫然としていた。立つ気力さえ失い、膝から崩れ落ちてへたり込む。


 麗香は構えを解くと、腰を抜かした錬暖の額を、指で軽くピンッと弾いた。


「とっとと案内しな」


 トウフはその様子を見て、改めて自身の師の恐ろしさを実感していた。


(……やっぱり師匠は別格だ。あのまま技を放っていたら、この廃工場ごと吹き飛んでただろうな)


 トウフは自身の手が小刻みに震えているのをやっと理解した。それを誤魔化すようにぎゅっと握りしめる。


 だが、その時だ。


「――お前たち、動くな!!」


 破壊された廃工場の出入り口から、複数の足音が雪崩れ込んできた。


 アルカディアの戦闘服を着た職員たちだ。その数、十名以上。


「錬暖代理!!」


 職員の一人が、地面にへたり込む錬暖の哀れな様子を見て、すぐに怒声を荒げた。だが錬暖はまだ魂が抜けたように茫然自失としている。


「……また面倒くさいのが湧いたね」


 麗香はため息をつくと、錬暖から離れ、彼らのほうへ悠然と歩み始めた。

 アルカディアの職員が全員、一斉に彼女へ白い銃を構える。


「動くなと言っているだろう!!」


「そんな玩具(おもちゃ)構えてないで、自分の能力で挑んできたらどうなんだい?」


 銃口を向けられても全く怯まない麗香の挑発。


 すると、殺気立つ職員たちの後ろから、一人の大柄な男がゆっくりと姿を見せた。


「では、そうさせてもらおうか」


 現れたのは、身長一九〇センチ程の屈強な男だった。無精ひげを蓄え、長い髪を後ろに無造作に束ねている。純白のアルカディアの制服を纏い、腰には一本の日本刀を帯びていた。


「…………」


 麗香は足を止め、冷ややかな目でその男を観察した。

 ようやく気を取り戻した錬暖が、男の姿を見るや否や、縋るように立ち上がった。


「し、支部長……!!」


 支部長と呼ばれたその男は、腰の鞘から刀をゆっくりと抜き始めた。


「俺はカワチ支部・支部長――磐鉄(ばんてつ)だ。うちの代理を随分と可愛がってくれたみたいだな」


 磐鉄(ばんてつ)は、左手で抜いた刀の刃先を、愛おしむように指でなぞった。


 すると、刃の部分が空中で「色ずれ」を起こしたように、蜃気楼のようにブレて見えた。ただの刀ではない。魔那を纏った凶刃だ。


 麗香はそのわずかな異変を見逃さなかった。


「覚悟はできているかな? お嬢さん」


 磐鉄が刀を構え、地の底から響くような声で威圧する。


「黙れ、クソガキ」


 麗香が吐き捨てるように言った、次の瞬間だった。


 バタッ……。

 銃を構えていたアルカディアの職員たちが、糸が切れたマリオネットのように、次々と地面に倒れ始めた。


「……な、なんだっ……!?」


 その光景を目の当たりにして、歴戦の猛者であるはずの磐鉄が狼狽する。

 そしてやがて、自分自身もまた、その「異変」に巻き込まれていることに気づいた。


「ゆ、揺れている……?」


 世界が回転していた。まるで致死量の酒を一気飲みしたかのような、強烈な酩酊感。足に力が入らず、視界がぐらぐらと揺れ始める。


「ば、ばか、な……」


 身動きの制御が完全に取れなくなると同時、磐鉄の手から刀がこぼれ落ちた。チャリン、と虚しい音を立てたのち、巨漢の支部長は白目を剥いて、周囲の職員同様に地面に倒れ伏した。


 あっけなかった。


 戦闘と呼ぶことすらおこがましい。わずか数秒の出来事。

 錬暖の応援に駆けつけてきたカワチ支部の精鋭たちはみな、深い深い眠りの底へと落ちていた。


「…………」


 錬暖は戦慄した。

 この女は、何をやったのだ? 刀を交えるどころか、指一本触れていない。

 到底理解しがたいことが目の前で起きていた。


「『翻弄頭(ほんろうとう)』」


 背後で、トウフがぼそりと呟いた。


 対象の三半規管や脳神経の生体電流に直接「天」を干渉させ、強制的な酩酊・睡眠状態へと叩き落とす魔斬の技。天に慣れていない一般人にとってそれは毒を直接脳内に浴びるような代物だ。魔那の防御壁すら透過するその技は、集団戦において絶大な威力を発揮する。


「さ、いこうか」


 麗香は倒れた支部長を跨ぎ越え、錬暖のほうへ振り返った。


「さっさと本部へ案内しな。……それとも、お前も寝るかい?」


 底知れぬ悪魔の笑み。

 錬暖は声にならない悲鳴を上げながら、何度も、何度も首を縦に振るしかなかった。

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