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ライトニングブラスト ~クラスごと異世界転移して無能の烙印を押された男が、青白い雷で理不尽な神々を殴り倒すまで~  作者: 赤腹井守
ライトニングブラスト篇

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026 フォーリンラブ・参

「これは、何だと思いますか?」


 楼門は指先で、ホログラムに映し出された青と白の美しい惑星を示した。


「……地球だろ。見りゃわかる」


「ええ、正解です。ですが正確に言えば、これは『貴方の住んでいた』地球になります」


 その答えに、加賀瀬は首を傾げた。


「俺の住んでいた? そりゃそうだろ、地球なんだから」


「では」


 楼門はタブレットの画面を、まるでスマートフォンの写真をめくるような気軽さで、横へスワイプした。


 シュッ、と空中の映像が切り替わる。

 次に現れたのもまた、先ほどと寸分違わぬ、海と雲に覆われた美しい青い惑星の映像だった。


「これは、何だと思います?」


「……地球だろ」


 加賀瀬は呆れたように答えたが、楼門は首を横に振った。


「不正解。正確に言えば、これは()()()()()()()()()()()()()()()地球です」


「…………は?」


 加賀瀬は首を傾げるほかなかった。なぞなぞでもしているつもりだろうか。大陸の形も、海の色も、どう見ても同じだ。


 だが、楼門は加賀瀬の困惑を無視して、淡々と画面をスワイプし続けた。


「これも。……これも」


 シュッ、シュッ、と小気味良い音が響くたびに、目の前の地球が横へとスライドし、新たな地球が現れる。


「これも、これも、これも、これも――すべて、貴方の知る地球とは違う、『別の地球』です。見た目は同じでも、中身は全くの別物なんですよ」


「……何言ってんだアンタ」


 加賀瀬が苛立ちを露わにした時、楼門はタブレットの操作を切り替えた。

 空中に浮かんでいた巨大な惑星の映像が、急速にズームインされていく。雲を突き抜け、大気圏を突破し、地表の景色がホログラムとして展開された。


「ならば、少しスケールを落として見てみましょう」


 映し出されたのは、どこかの高度な文明を思わせる都市の風景だった。


 流線形のフォルムをした銀色の摩天楼が、クリスタルのように立ち並んでいる。その建物の間を、タイヤを持たない浮遊する自動車の群れが、光の帯となって規則正しく行き交っていた。

 加賀瀬にとって、その映像はまるでSF映画のワンシーンにしか思えなかった。


「……なんだこれ」


「これは、とある世界の『東京』の映像です」


「東京? これが?」


 加賀瀬は鼻で笑った。自分の知っているコンクリートジャングルとは似ても似つかない。

 だが楼門は加賀瀬の問いを無視し、またホログラム映像をスワイプした。

 景色が切り替わる。


「なっ……」


 次に現れたのは、都会とジャングルが異様な形で融合した風景だった。

 ビルほどの高さがある巨大な樹木が縦横無尽に聳え立ち、その太い幹に寄生するかのように、苔むしたコンクリートの建造物がへばりついている。道路だった場所は水没し、巨大なシダ植物がアスファルトを食い破っていた。


「これも、東京です。……また別の世界の、ですがね」


「…………」


 加賀瀬は言葉を失い、訝しむ顔を見せた。

 さらにスワイプ。

 次に現れたホログラム映像は、赤茶けた荒野だった。建造物の残骸すら砂に埋もれ、見渡す限りの死の世界が広がっている。


「これも東京ですよ。核の炎で焼かれた世界のね」


 シュッ。スワイプするたびに、様々な風景が目の前を通り過ぎていく。

 氷河に覆われた東京。空に浮く巨大な都市となった東京。中世ヨーロッパのような城郭が立ち並ぶ東京。


 その度に、楼門は冷徹な声で「これも東京です」と言い続けた。


 そして――最後に現れたのは。

 巨大なビジョンが輝き、無数の人々が傘を差して行き交う、見慣れたスクランブル交差点の風景だった。


「これは、よくご存じでしょう?」


 楼門が、初めて感情を込めたような声で問いかけた。


「俺のいた世界の、渋谷だ」


「ええ。何万、何億とある東京の一つに過ぎません。……どうです? 加賀瀬君」


「なんだってんだよ。ただの映像の切り貼りじゃねえか。何を言いたい」


「映像ではありません。今お見せしたものはすべて、現在進行形で存在している『世界の真実の片鱗』です」


 楼門はタブレットを操作し、ホログラム映像をスッと消した。

 室内の照明が元の明るさに戻る。青白い光が消え、無機質な黒い面談室の現実が加賀瀬を引き戻した。


「どこから説明すればよいか、改めて考えると難しいですね」


 楼門はテーブルに肘をつき、両手を顔の前に組んで、その切れ長の目で加賀瀬を見据えた。


「『並行世界』って、ご存じですか?」


「……パラレルワールド的なやつか」


「それです。宇宙は一つではない。一つの宇宙の中に一つの地球があるのではなく、無数の宇宙が泡のように連なり、それぞれに異なる歴史を歩んだ地球が存在している。……世界は一つではないという話です」


 加賀瀬は腕を組んだまま、楼門の言葉を脳内で反芻した。


「今の、SFみたいな都市やジャングルの映像は、みんな並行世界の東京だって言いたいのか?」


「その通りです」


 楼門は静かに、しかし絶対的な確信を持って頷いた。


「それが、どう俺たちと関係ある。ここは異世界なんだろ?」


「ええ。ですが、ただの異世界ではありません」


 楼門は再びタブレットを操作した。


 空中に、無数の地球がシャボン玉のように密集したホログラムが浮かび上がる。そして、その無数の泡の中心に、ひときわ大きく、黄金の光を放つ一つの星が現れた。


「ここです。我々のいるこの世界『ネオ』は、無数に存在する並行世界の、まさに中心に位置する『核』となる世界なんですよ」


「核……?」


「この世界に満ちる莫大なエネルギー。我々が『魔那(まな)』と呼び、あるいは貴方が『(てん)』と呼んでいるものは、この中心世界から他の並行世界へと常に流れ出て、あらゆる宇宙を存続させている血流のようなものなのです。……つまり、この世界が消滅すれば、エネルギーの供給が絶たれ、貴方たちのいた地球も含めたすべての並行世界が連鎖的に消滅する」


 あまりに途方もないスケールの話に、加賀瀬は眉間を揉んだ。


「……おいおい、急に話がデカくなりすぎだろ」


「真実とは往々にして、個人のキャパシティを超えるものです。ちなみに」


 楼門はほんの少しだけ、バツが悪そうに咳払いをした。


「『ネオ』という名称は、貴方たち転移者に向けた仮称に過ぎません。この世界の正式名称は『コズミックアクシスプライム』。我々は略して『CAP(キャップ)』と呼んでいますが」


「……キャップ?」


 加賀瀬は思わず顔をしかめた。


「帽子か?」


「組織の古株たちが名付けたのですが、あまりに地味で威厳がないため、我々アルカディアの広報戦略として『ネオ』という響きの良い偽名を使っている次第です」


 真顔でそんな裏事情を語る楼門に、加賀瀬は毒気を抜かれそうになった。だが、楼門の瞳はすぐにまた、深淵の如き真剣さを取り戻した。


「話を戻しましょう。この世界のエネルギーの大元――すべての根源となっているのが、『世界のエンティティ』と呼ばれる絶対的な上位存在です」


「エンティティ……」


「そして、その『世界のエンティティ』から、このCAPの均衡を保つため、システムの一部として生み出された八つの上位存在がいる。彼らもまた、エンティティと呼ばれています」


 楼門の指先に従い、黄金の星の周囲に、八つの異なる色の光球が配置された。八角形の図式。


「彼らは本来、世界のバランサーとなるはずでした。ですが、長き時を生きるうち、彼らの中に『意志』や『思想』が発達してしまった。……そして、造物主の意に反し、このCAPそのものに害をなすよからぬ考えを持った者が現れたのです」


 八つの光球のうちの一つが、禍々しい赤黒い色に染まり、脈打ち始めた。


「その筆頭が、『混沌(こんとん)のエンティティ』。奴の理想は、この中心世界を混沌に陥れ、その余波であらゆる並行世界をカオスに飲み込ませること。狂気としか言いようのない思想です」


「……俺たちを召喚した時に言ってたな。そいつを倒すのが目的だって」


「はい。それを阻止するため、『世界のエンティティ』は使者を遣わし、この世界を守るための組織を形成しました。それが、我々『アルカディア』の起源です」


 正義の味方、世界の守護者。

 楼門の語る歴史は、絵に描いたような英雄譚だ。だが、加賀瀬の胸に渦巻く違和感は消えない。


「だとしたら、おかしいだろ」


 加賀瀬は鋭く切り込んだ。


「アンタらがそんな大層な世界の守護者なら、自分たちで戦えばいい。なんでわざわざ、別の世界から俺たちみたいな高校生を拉致してくる必要があったんだ? そんなに人手不足なのか?」


「……鋭いですね、加賀瀬君。そこが、この世界の最も呪われた部分なのです」


 楼門は重々しく首を振った。


「八つのエンティティの中には、『虚無(きょむ)のエンティティ』と呼ばれる存在がいます。その名の通り、力を削ぎ落とし、無に帰す力を持つ者。……このCAPに住むすべての生命体は、長きにわたるその『虚無』の影響を受け、生まれながらにして魔那の量が著しく少ない――枯渇状態にあるのです」


「枯渇……」


 加賀瀬の脳裏に、アルカディアに召喚された直後の楼門の台詞が蘇った。


 ――残念ながら、ネオの人類が持つ魔那はあまりに少ない。

 ――貴方たちの体内には、生まれながらにして我々の数百倍もの高純度な魔那が宿っている。


「そういうことか……」


「お分かりいただけましたか。我々だけでは、『混沌のエンティティ』をはじめとする強大な敵に対抗しきれない。だからこそ、『世界のエンティティ』の意を受け、我々アルカディアは『虚無の影響を受けていない並行世界』から、強大な魔那を秘めた生命体を召喚しているのです。……すべては、この世界と、貴方たちの世界を含むすべての宇宙を救うために」


 楼門は両手を広げ、救世主のような顔で加賀瀬を見つめた。


 大義名分。宇宙の存亡。並行世界の命運。

 どれもこれも、昨日までただの不良高校生だった加賀瀬善嗣が背負うには、あまりに重く、巨大すぎる現実だった。並の人間なら、その使命感に酔うか、あるいは恐れをなしてひれ伏すだろう。


 だが、加賀瀬は鼻で笑った。


「……だからなんだってんだ」


「おや?」


「世界がどうとか、宇宙がどうとか、俺の知ったこっちゃねえんだよ」


 加賀瀬は椅子から身を乗り出し、机越しに楼門をギロリと睨みつけた。


「アンタらがどんな御立派な理由で俺たちを呼んだかはわかった。だがな、その『世界を救う正義の味方』サマが、俺を能無しのゴミだと見下して殺そうとしたのも、無関係なじいさんや病気の子供を人質に取って脅してきたのも、紛れもない事実だろうが」


 大義に隠された、身勝手な暴力。


 加賀瀬の瞳には、世界の真実を知ってもなお揺るがない、青く冷たい反骨の火が灯っていた。


「……おっしゃる通りです。ぐうの音も出ません」


 楼門は顔色一つ変えず、あっさりと己たちの非を認めた。


 そのあまりに淡々とした肯定に、加賀瀬は逆に毒気を抜かれそうになる。


「それに、そんな話信じろって急に言われても無理だ。わけがわからない。コズミックなんたらとか、エンティティだとか、ちっとも頭に入ってこねーよ」


「すぐに理解してくれとは言いません。私はただ、我々の置かれている真実を話したまでです」


「なんでわざわざ俺に真実を話す? 今更。俺を殺そうとしてたくせに」


 加賀瀬のストレートな非難に対し、楼門は微かに眉間に皺を寄せた。


「貴方を始末しようとしたのは……ええ、我々の失態でした。ですが、古来よりNULL、つまり『魔那を持たない人間は即刻処分する』という組織の規則があるものですから、我々はそれに従ったまでです」


 楼門はそこで言葉を切り、探るような、あるいは何かを恐れるような目で加賀瀬をねめつけた。


「ですが、貴方には何らかの力が作用しているのでしょうね……。我々の理解を超えた、とてつもなく大きな力が」


「……」


「エンティティというのは、まあ要するに『神様』だと思ってください。この世界は、とある一人の神様によって生み出され、そしてあらゆる並行世界の中心に位置する、いわば全世界の核です。世界の核を失うことは、全ての世界を失うということですよ」


「……規模が大きすぎて、やっぱり話が入ってこねーが」


「ええ。そして、私が考えるに――貴方の裏には、その神様がいる」


 楼門の目つきが、これまでにないほどに鋭さを増した。


 常に余裕を崩さなかった彼の顔に、微かな焦燥が張り付いている。発言内容はともかく、その異様な気迫を見て、加賀瀬は思わず身構えた。


「貴方の、尋常ならざる肉体の強靭さ。心臓を撃ち抜かれてもなお生き延びている不気味さ。そしてこの短期間で、魔斬という技術を習得してのける優秀さ。……あらゆるプロットが、偶然ではなく――その神に『仕組まれた』としか思えません」


「仕組まれた?」


「貴方はお気づきではないでしょう。なにせ、彼女――或いは彼――は、一か月前から貴方を今に至らしめるように計画し、種を撒いていたのですから」


 加賀瀬は首をかしげるばかりだった。

 一か月前? 自分がこの世界に来たのは、たかだか一週間と少し前の話だ。


「我々アルカディアが、貴方というイレギュラーを急遽、組織に戻すよう決定したのは、まさにそれなんです」


 楼門は再びタブレット端末を操作し始めた。


 机の上に、再び青白いホログラムが展開される。今度浮かび上がってきたのは、星や宇宙ではなかった。


 数多の人間の顔。老若男女問わず、さまざまな人種の顔写真が次々とスワイプされるように映し出される。中には、野良犬や黒猫といった小動物の姿まで混ざっていた。


「『破壊と創造のエンティティ』こと、変幻自在で神出鬼没の魔法使い――ファントム。ここに映っているのはすべて、過去の歴史においてファントムと思しき行動をとった方々です」


「…………」


 真剣に語る楼門に対し、加賀瀬は怪訝な顔を見せるばかりだ。並べられた写真に共通点はない。


「加賀瀬善嗣――貴方は、()()()()()()()()()()()()()()なんですよ」


「わけがわからん」


 加賀瀬は一蹴した。

 パイプ椅子の背もたれに深く寄りかかり、頭上を見上げて目を閉じる。そして、腹の底から大きなため息をついた。


「ここ、めちゃくちゃ真剣なところなんですよ?」


 楼門が作り笑いを見せた。だが、その声はどこか上擦っている。


「エンティティの中でも一際異質の存在、ファントムに魅入られた男を、我々も黙って見過ごすわけにはいかなくなったということです」


 加賀瀬は薄目を開け、机の上の楼門の手を見た。


(……震えてる?)


 気のせいではない。管理部長という絶対的な権力を持つ男の指先が、そして声色が、微かに震えていたのだ。楼門はそれに気づかれないように、慌てて拳をぎゅっと握りしめ、ごまかした。


「我々のトップは、こう仰ったそうです。――彼を、我々の『手駒にしろ』と」


 手駒。


 その言葉の響きに、加賀瀬は鼻で笑いそうになった。結局のところ、こいつらは自分たちで制御できない爆弾を、無理やり自陣の兵器庫に押し込めようとしているだけだ。


 楼門はタブレット端末を手に取り、懐にしまった。室内の照明が、パッと元の明るさを取り戻す。

 おもむろに立ち上がった楼門は、襟元を正して加賀瀬を見下ろした。


「私からの話は以上です。……続きは、私ではなく『彼女』にお願いしてますので」


「彼女?」


 楼門が意味深な発言を残し、部屋を去ろうとドアの前に近づいた。

 彼がドアにIDをかざすより早く、外からセンサーが反応し、白いドアがスライドして開かれた。


 楼門と入れ替わるようにして、外から一人の女性が入室してくる。


 加賀瀬は、その人物の顔を見て目を見開いた。


「初仕事にしては責任が重いもので、申し訳ありませんね」


 楼門はすれ違いざまに、その女性に対して労うように声をかけた。


「大丈夫ですよ! そのほうがやりがいがあるので」


 女性は、鈴を転がすような凛とした声色で、屈託なく言い放った。

 楼門が部屋を去り、ドアが閉まる。


「お前……」


 加賀瀬の喉から、掠れた声が漏れた。


 純白に染め上げられたアルカディアの制服。胸元には、エリートの証である徽章が光っている。

 その制服を完璧に着こなした黒髪の美少女が、加賀瀬の正面――先ほどまで楼門が座っていた椅子に、ふわりと腰を下ろした。


「……相藤」


「やっほ! 加賀瀬君、相変わらずその学ラン着てるんだ」


 代わりに現れたのは――相藤愛だ。


 SSSランクの能力『愛死照留(フォーリンラブ)』を持つ、かつてのクラスメイト。

 彼女は、まるで放課後の教室で友人に話しかけるような、無邪気で可憐な笑顔を浮かべていた。


 だが、その瞳の奥には、黒い面談室の空気を一瞬で「支配」するほどの、底知れぬ狂気が潜んでいた。

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