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ライトニングブラスト ~クラスごと異世界転移して無能の烙印を押された男が、青白い雷で理不尽な神々を殴り倒すまで~  作者: 赤腹井守
ライトニングブラスト篇

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028 フォーリンラブ・伍

 麗香たちは破壊された廃工場を後にし、力なくうなだれる錬暖を先頭にして、カワチの入り組んだスラム街を歩き始めた。


 傾きかけた太陽が、瓦礫の山に長い影を落としている。


「アルカディアに突撃でもするんですか?」


 トウフがおもむろに麗香に問う。その巨体は、普段の温厚さを取り戻しつつあったが、まだ戦いの熱を微かに残している。


 麗香は長い紫髪をかき上げ、煙管を咥えつつぶっきらぼうに答えた。


「しらん」


「いや、知らんって……なんでそんな不貞腐れてるんですか」


「つかの間の休息を味わってたところに、邪魔が入ったからね」


 ふう、と紫煙を長く吐き出す麗香。その横顔には、面倒事への苛立ちがありありと浮かんでいた。


「……善嗣君を助けに行くってことですよね?」


「別に。そんなつもりじゃないよ」


「またまたー。ツンデレですね、師匠は」


「あ?」


 麗香がピタリと足を止め、絶対零度の鋭い瞳をトウフに向けた。


「ひっ」


 トウフはビクッとして、熊の耳をペタリと伏せた。


「とりあえず、あんまり深堀するな。お前は黙って私についてくればいいんだよ」


 有無を言わさぬ圧。麗香には何か別の思惑があるのだろう。トウフはそれ以上追求するのを諦め、おとなしく頷いた。


 二人のやり取りを、錬暖は冷ややかな顔で聞いていた。


 敗北者の屈辱。だが、彼はこの化け物染みた女を本部に案内することに、一抹の「期待」も抱いていた。彼女の規格外の力が、あの絶対的な権力者である楼門とぶつかり合えばどうなるか。

 重たい足取りを続けること数十分。


 やがて彼らは、瓦礫の山々に囲まれるようにひっそりと佇む、一つの建造物の前にたどり着いた。


 だがトウフだけはその建造物を気にも留めることなく、黄土色の景色を眺めているばかりだった。


「トウフ、あそこにある赤いやつを見てみな」


 麗香はトウフの肩をたたき、そこに指を向けた。


「なんですか、あれ!?」


 それを見るや否や、トウフが驚きの声を上げた。

 周囲の煤けた景色から完全に浮いている、場違いなほど真っ赤で小綺麗な電話ボックスだった。


「空間転移の扉だよ」


「空間転移!?」


 二人のやり取りを聞く錬暖は無言のまま、割れた眼鏡のフレームを中指で押し上げた。


「アルカディアの連中はこれを世界中に設置して、疑似的な瞬間移動を可能にしてるのさ」


「え、つまりこれって、どこにでも行けるドア的な……?」


「どこにでもは行けないよ。大抵はアルカディアの本部としか繋がってない。空中に浮遊するアルカディア本部の主な移動手段は、この扉を通るほかないのさ」


 トウフは目を輝かせながらその赤い電話ボックスの方へ近づき、実物を舐め回すように見回した。


「ボクも世界中、いろんなところを行き来してきましたけど……どうして今まで、こんな目立つものを見つけられなかったんだろう」


「『奴』が施してるからだよ」


「施してる……?」


 トウフの疑問に、錬暖もまたピクリと反応して耳を傾けた。


「――その存在を『能動的に認識』しようとしない限り、誰の目にも決して留まることはない」


「なんですかそれ……? 光学迷彩とか、そういう科学技術ですか?」


「『魔法』だよ。典型的な、目くらましの魔法さ」


「……魔法?」


 思わず口を開いた錬暖に、麗香が鋭い目を向ける。


「その様子じゃ、お前も知らないみたいだね」


「…………」


 錬暖は沈黙した。アルカディアにおいて、技術の根幹は常にブラックボックスだ。


「師匠、ボクはいまだに『魔法』と『超能力』の違いがよくわかってないんですけど……」


「今はそんなこと、どうだっていいだろう」


 麗香は残った煙を吐き捨てながら、赤いボックスを睨みつけた。


「こんなとんでもない力を備えた扉が世界中に点在している事実を、世間一般に知られていたら、アルカディアの管理体制はパニックに陥るだろう。扉を利用するには生体認証とIDが必要だから一般人が開くことは出来ないが、職員の誰かが扉を開放した瞬間を狙って、本部へなだれ込もうとする悪い輩がいたっておかしくはない」


「確かに」


「だから『奴』が、全ての空間転移の扉に目くらましの魔法を施したんだ。その存在を『空間移動の装置』だと能動的に知る機会がない限り、何人もその存在を景色としてスルーしてしまう、という魔法をね」


「そんな芸当が出来るのは……」


 錬暖には、思い当たる節があるようだった。額に滲んだ冷や汗を拭いながら、電話ボックスをじっと睨んでいる。


「あまり褒めたくはないけど、アルカディアの技術力はやっぱり凄いなぁ……」


 トウフが純粋に感心しながら電話ボックスのガラスを撫でようとした時、麗香がそれを咎めるように冷たく言い放った。


「褒められるようなものじゃないよ。むしろそれは――ひどく邪悪だ」


「え?」


 麗香は、黙りこむ錬暖の肩に重い手を置いた。


「支部長代理クラスなら、知ってるはずだろう?」


 錬暖は大きく息を吸った。


「ええ……まぁ……」


 どこか悲しげな、あるいは罪悪感から目を背けるような表情を見せる錬暖に、トウフは首を傾げた。


「どういうことです?」


 麗香は錬暖に冷たい目を向け、お前が説明しろと言わんばかりに睨みつけた。

 錬暖はしばらく口を噤んでいたが、やがて、その重たい口を開いた。


「オーパーツ……アルカディアが管理している、超常的な力を備えた機械や道具のことを、我々はそう呼んでいます」


「オーパーツ……」


「それらは、どこからか出土したものではなく……人為的に造り出されたものです」


 錬暖の声が、微かに震えていた。


 次の言葉を言うのに、彼は少々躊躇っていた。ズレた眼鏡を深く掛けなおし、電話ボックスへと空虚な眼差しを向ける。


「超能力を持つ転移人が、ツールとして『改造』された姿――それが、オーパーツです」


「…………」


 トウフの思考が、一瞬停止した。

 何を言っているのか、今いち理解できない。理解したくない、という本能が働いた。


「要するに、こいつらは」


 麗香が、錬暖の言葉を残酷なまでに噛み砕いた。


「利用価値のある能力を持った人間を、自我を奪って『道具』として改造し、組織のインフラとして奴隷のようにこき使ってるのさ」


「そ……そんな……」


 トウフは後ずさりした。


 麗香は錬暖の背中を乱暴に押し、赤い電話ボックスの目の前まで歩み寄らせた。

 そして、横に並ぶ弟子へと視線を向ける。


「コレも、元人間だ」


 空間転移の扉――世界を繋ぐこの便利なシステムが、生きた人間の成れの果てだという衝撃の事実。

 そのおぞましさに、トウフは胃液がせり上がり、吐き気を催した。


 錬暖はただただ顔を伏せ、足元を見つめている。彼もまた、この狂ったシステムの上で恩恵を享受している一人なのだ。


「そ、そんなことが……可能なんですか? 人間を、こんな金属の箱や道具に変えるなんて……そんな惨いことを……!」


「可能だよ。こいつらの技術力は、悪魔的だからね」


「…………ッ」


 トウフの巨大な拳が、ギリリと音を立てて握りしめられた。

 やり場のない怒りが、ふつふつと腹の底から湧いてくる。アルカディアが残酷な組織だとは知っていた。だが、これほどまでに生命を冒涜しているとは。


 見かねた麗香が、怒りに震えるトウフの後頭部に軽いチョップを与えた。


「あ痛ッ!」


「しっかりしな。感情に呑まれるな」


「いや、そういわれても……!」


「ほら、さっさと扉を開けな」


 麗香が錬暖に指示する。


 錬暖は嫌々ながら、手首に埋め込まれたIDチップを扉のセンサーにかざした。同時に生体認証も行われ、ピピッという無機質な電子音が響く。瞬く間に、強固な施錠が解除された。


 ギィ……。

 錬暖がゆっくりと、赤い扉を手前に引いて開く。


 扉の向こうに広がっていた景色は、スラム街の瓦礫ではなく、病的なまでに純白に飾られた無機質な室内だった。


 空間が、完全に切り取られ、別の場所へと繋がっている。

 その異常な光景を見てたじろぐトウフに、麗香は静かに言った。


「落ち込むな、バカ弟子」


「…………」


「加賀瀬善嗣を助けるためにアルカディアに乗り込むんじゃない」


「え?」


 麗香は、漆黒の瞳に冷たい炎を宿し、不敵な笑みを浮かべた。


「あいつは、どうせ自分で何とかするさ」


 麗香は錬暖の肩をぎゅっと掴み、逃がさないようにして同時に扉の中へと足を踏み入れた。

 アルカディア本部のドアルーム。その純白の室内に入り込んだ麗香は、振り返り、未だカワチのスラム街に佇むトウフに向かって、こう言い放った。


「私達は――コイツらを助ける」


 麗香は手に持った煙管を、下へ――コツンと向けた。

 それが何を意味しているのか、トウフは数秒、理解に苦しんだ。

 だが、よくよく見れば、煙管が指し示す方向は一目瞭然だった。


 そう――彼らが今まさに通ろうとしている、「空間転移の扉」だ。


「……ッ!」


 トウフは覚悟を決め、太い腕の拳を固く握りしめた。

 そして、赤い空間転移の扉を、力強くまたいだ。

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