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第87話『ワシャワシャの温もり』

ニニィの意識が深い闇へ沈み、過去の断片が走馬灯のように駆け(めぐ)っていたその時、現実の世界では凄惨(せいさん)な光景が広がっていた。



湖畔(こはん)に転がるニニィの頭部から火花が散り、その瞳の光は今にも(つい)えようとしている。サイラスが足で容赦(ようしゃ)なくその顔を踏みつけようとした瞬間に白の毛並みを逆立たせ、ワイスはウルフスタイルへと変貌(へんぼう)を遂げ、大きくなる。



「ヴァァァァァァァァ!!」



密林と湖面を揺らすワイスの咆哮(ほうこう)(とどろ)いた。その咆哮(ほうこう)は単なる叫びではなく、大気を震わせる衝撃波となりサイラスの聴覚を奪う。



「ぐっ……! この、イヌふぜいがッ!」



耳を(ふさ)ぐサイラスを、ワイスの牙が逃さない。猛然(もうぜん)と地を蹴り、サイラスの体へと食らいついた。ワイスはサイラスの強固な体を玩具(がんぐ)のように振り回し、木々にぶつけ、地面に叩きつける。大樹が根元からへし折れ、サイラスの体が地面を深く(えぐ)る。ワイスは、かつてキールに救われた時のように、洗脳されたサイラスの「心」を叩き起こすために想いを力に変えていた。



「いい加減にしろ……ッ!」



振り回され、叩きつけられたサイラスの怒りが爆発する。横合いから放たれたフックが、ワイスの(あご)を的確に(とら)えた。



「がうっ……!!」



骨の(きし)む音と共に、ワイスの巨体が森の奥へと吹き飛んだ。しかし、ワイスは(ひる)むことなく、再びサイラスに突進する。サイラスは腰の銃を引き抜き、ワイスに向けて発砲する。ワイスは銃弾を紙一重でかわし、軌道上の樹木を粉砕(ふんさい)しながら最短距離でサイラスを詰め寄った。



「止まれ、クソ犬!!」



暴言と共に、サイラスの鋭い肘打(ひじう)ちがワイスの顔に強打する。

強烈な衝撃がワイスの脳を揺さぶり、白色の巨体が地面へ倒れ込む。土煙(つちけむり)が舞い、ワイスの視界が(ゆが)んでいく。



ワイスの脳裏に、フルアの飛行場での(おだ)やかな情景が(よみがえ)っていた。



それは、戦いの喧騒(けんそう)とは無縁の陽だまりのような時間だった。ワイスはお行儀(ぎょうぎ)よくお座りをして、目の前のいるリリアを見守っていた。ゆっくりと手を伸ばしたリリアが、恐る恐るワイスの頭を()でる。

リリアがぱあっと顔を輝かせると、ワイスは気持ちよさそうに、目を細めて千切れんばかりに尻尾を振った。



「撫でられた! 私、てっきり嫌われてるのかと……」



その様子を見て、キールが穏やかに笑う。



「ワイスは元々人懐(ひとなつ)っこいんですよ。少し人間に抵抗があって、でもリリアさんの優しさは、ワイスにもちゃんと伝わってます」



ワイスは「その通りだ」と肯定するように、リリアの手をペロリと舐めて短く吠えた。



「ワンッ!」



リリアはたまらずワイスの大きな体に抱きつき、両手でわしゃわしゃと全身を()で回した。



「きゃぁーー!! ワイス、立派な毛並みだね! すっごく気持ちいい!」



ワイスは天にも昇るような心地よさに、口元を(ゆる)めてとろけたような笑顔を見せる。

ところが、そこへもう一人のわしゃわしゃ愛好家が乱入してきた。



「ずるい! 私もわしゃわしゃする!!」



ニニィが目を輝かせて、リリアと二人で、ワイスの左右から猛烈(もうれつ)な勢いで()で回し始めた。さすがのワイスも、二人の熱烈(もうれつ)な愛情表現に困ったのか、キールへ助けを求めるように見つめている。



「リリアさん、ニニィ、ワイスが困ってますって。その辺にしてあげて」



キールが苦笑しながら二人を引き離そうとしたが、リリアは不満げに頬を(ふく)らませていた。



「えー! だって可愛いんだもん、ワイス」



ニニィに(いた)っては、うっとりと恍惚(こうこつ)の表情を浮かべている。



「ワイスのわしゃわしゃは、世界最高の極上なんだよぉ……」



その言葉を聞いた瞬間、ワイスは「ふん!」と鼻を鳴らし、満足げに胸を張った。結局、キールの心配をよそに、ワイスは自慢(じまん)げな顔で二人のわしゃわしゃを受け入れ続けていた。



「なんだ……ワイス、ご機嫌じゃん」



ワイスは(あき)れ笑いを見せるキールと目が合う。キールの瞳には、深い慈しみと信頼が宿っていた。そんな温かい人たちに囲まれてワイスは温かく幸せな気持ちが心から(あふ)れていた。一人で辛かったあの日々ではなく、自分を大切な「家族」として扱ってくれる、温かい仲間たちがいる。ワイスはそれを強く守りたいとそう思った。



朦朧(もうろう)としていたワイスの瞳に、鋭い光が戻る。この絆を、この温もりを、絶望に塗りつぶさせないように決意という名の力で再びゆっくりと、力強く立ち上がった。

目の前で嘲笑(あざわら)うかのように立つサイラス。その瞳には、光はなく、深い闇が宿っていた。けれど、サイラスの視線はワイスではなく、力なく横たわるニニィへと向けられている。



相棒であるニニィ。そして、自分をこの世界に繋ぎ止めてくれたキール。自分をわしゃわしゃしてくれた優しいリリア。再びもらった温もりを、もう二度と離さない。守るべきもののために、その身を「ホークスタイル」へと変貌(へんぼう)させる。



白色の毛皮が羽根へと変わり、巨大な翼が背中から生え出す。猛々(たけだけ)しい鉤爪(かぎづめ)が地を(つか)んだ。

ニニィへと歩み寄ろうとするサイラスに向かい、ワイスは咆哮(ほうこう)する。



「ギィヤアアアアァァァッ!!」



通常の鷹の三~四倍はある大きさのワイスはサイラスをその強靭(きょうじん)鉤爪(かぎづめ)(つか)み上げると、一気に大空へと舞い上がった。



「放せっ!! 一体何なんだ、お前は!!」



サイラスの怒号は、(はる)か上空で()き消される。ワイスは雲を突き破る勢いで上昇し、最高地点に達した瞬間、(つか)んでいたサイラスを容赦(ようしゃ)なく放り投げた。

重力に(したが)い、サイラスの体が真っ逆さまに落ちていく。ワイスは、その巨大な翼で追い風をかけるように猛烈(もうれつ)な暴風を巻き起こし、サイラスを弾丸のような速度で地面へと叩きつけた。



ドォォォォォンッ!!



世界が震えるほどの爆音と共に、サイラスの体が湖畔(こはん)に激突する。砂が天高く舞い上がり、辺り一帯が濃密な土埃(つちぼこり)に包まれた。

ワイスは、上空からその様子を見下ろす。そして、遠く離れた場所で横たわるニニィに向けて力強く叫ぶ。



「ギィヤアアアアァァァッ!!!」



その咆哮(ほうこう)には、友への深い愛情と、決して諦めないという強靭(きょうじん)な意志が込められていた。 ワイスは命を懸けて大切な仲間を守り、救い出す覚悟を改めて心に(ちか)った。大好きなみんなのために。


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