第80話『ノックス・Rアストホープ』
バルドが重い口をゆっくりと開ける。
「あの、地球を救った英雄に……子供がいたのか?」
キールもまた、その衝撃に動揺を隠せない様子で言葉を紡ぐ。
「イオラさんとカイン・ヘスラスの間に息子さんが……。イオラさんがずっと彼を探していた理由って……」
驚きに固まる一同をなだめるように、エノクは優しい微笑みを浮かべて言った。
「母はこの20年間、ずっと父を探しています。僕は、父が姿を消す直前に授かった子なんです」
ニニィは目が回りながら、必死に情報を整理しようと呟く。
「頭がパンクしそうだよ……」
エノクはさらに、自らの数奇な生い立ちを披露するように言葉を重ねた。
「母は僕のためなのか養子と偽っていますが、母のお腹にいる時から記憶があるので母のこともはっきりと覚えていて、実の子であることも知ってるんです」
「じゃあ、今までずっと普通に暮らしてきたんですか?」
キールの問いに、エノクは頭をかく仕草をしながら笑う。
「そういうわけではないんですけどね。まあ、僕の話は後でいくらでも聞かせてあげますよ。今はそれよりも――」
バシンッ!!
「痛っ……!?」
静寂を切り裂くような音が響き、エノクの後頭部に容赦ない一撃が叩き込まれた。先ほどまでただ者ではない空気を纏っていたエノクが、無様に頭を押さえてうずくまる。
エノクの後ろに立っていたのは、一人の男だった。長い茶髪を無造作に後ろで束ね、センターで分けられた長い前髪の隙間から、呆れたような視線をエノクに向けている。
「お前がいきなり現れてペラペラ名乗るからだろ。そのテンションいい加減にしろと言ったはずだぞ」
男は不満げな顔をするエノクを見て呆れていた。
「ジグルドさん、痛いですよ。せっかく場が和んでたんだから、いいじゃないですか」
エノクは頭を押さえながら抗議したが、ジグルドはその反応を完全に無視する。
困惑するキールたちに向き直ってジグルドは深く頭を下げた。
「申し訳ない。うちのエノクが突然現れた上、無礼を」
あまりに丁寧な謝罪に、キールは苦笑いを浮かべる。
「い、いえ、頭を上げてください」
ジグルドは促されて顔を上げると、改めて一同を見渡して静かに口を開いた。
「私の名前はジグルド・ファードラ。私たちは国連異常現象統制部隊『ノックス』というものです。イオラとは昔からの幼馴染でしたが、今は互いに別の道を歩んでいます」
その名に、バルドが眉をひそめる。
「国連の部隊……? なら、あんたたちは俺たちを連行しに来たのか?」
「我々の目的は連行でも、あなた方の保護支援でもありません」
ジグルドはなだめるように告げた。
「今はUMHに関する対処をしています。それが、結果としてあなた方を守ることにもなる。決して、どこぞの国の政府に引き渡すような真似はしませんから」
ジグルドの言葉を補足するように、エノクが真剣な表情で言葉を発する。
「20年前のあの惨劇が、いつ起きてもおかしくない世界です。それを防ぐためにジグルドさんが国連に協力を仰ぎ、2年前秘密裏にようやく設立されたのがノックスなんです」
エノクの語るノックスという組織。それは、世界の均衡を保つために闇に潜む、実体のない防壁だった。
彼らの役割は多岐にわたる。UMHや宇宙からの脅威、あるいは科学では説明のつかない不自然な兆候を「観測」し、常に監視の目を光らせている。もし異常が起きた際は、情報が歪んで伝わらないよう「言語や認知の安全」を確保し、世間に広まる事実を裏から修正。さらには、それらの異常現象が引き金となって国家間の戦争や国際問題に発展しないよう、外交の裏側で「危機干渉」を行い、最前線では「実働部隊」が事象を秘密裏に処理する。
だが、実際には設立されて2年。UMH絡みの案件が多くこれまでに大きな事件は起きていなかったが、今回の不測の事態に彼らが動くことになった。
「僕たちは、どこの国にも所属せず、公には存在すらしていない国連の組織。異常現象やUMHが国家の力として悪用されるのを阻止し、世界を正しく保つためジグルドさんをリーダーに動いているんです」
ジグルドは前髪をかき上げ、改めてキールたちを見た。その瞳には、かつての友――イオラへの複雑な想いと、この不条理な世界に対する強い覚悟が宿っているようだった。
「イオラが捕まった今、UMHを保護する者もいなくなり、混沌としている。ましてや、存在が露呈されるなんて、別々に行動している暇もないからな」
ジグルドが背後の何もない空間を指さすと、ステルスモードのジェット機がその巨体を現した。
「だから、アウローラにいた彼女たちにも協力を仰いだんだ」
その言葉に、ニニィが震える声で漏らす。
「もしかして……っ」
ハッチが開き、機内からヘイスとワイスが飛び出してきた。二人は迷うことなく、急ぎ足で一同のもとへと駆け寄る。ニニィもまた、磁石に吸い寄せられるように走り出した。
「へーちゃんさん! ワイス!」
「ワンッ、ワン!」
ワイスはニニィの無事を喜ぶように勢いよく飛びつき、彼女の顔を何度も舐め回す。ニニィはくすぐったそうに笑いながら、相棒の温もりに噛みしめていた。
ヘイスの視線はニニィの痛々しい姿に釘付けになっていた。装甲は剥がれ、あちこちが煤けてボロボロになった小さなボディ。ヘイスは膝をつき、絞り出すような声を出した。
「ニニィ、こんなになって……。一人で行かせてしまって、本当にごめんなさい」
ニニィは顔を舐めてくるワイスをなだめつつ、力強く首を横に振った。
「ううん、へーちゃんさん。あれが最良の選択だったから……。でも、リリアお姉ちゃんを助けられなかった。ごめんなさい」
消えそうな声で謝るニニィに、ヘイスはたまらずその小さな機械の体を抱きしめる。
「ニニィは本当によくやったわ~。まずは急いで修理しましょう」
ヘイスは慈しむようにニニィを撫でてから、視線をキールへと向けた。
「キール君、ニニィから話は聞いた?」
キールは静かにゆっくりと頷く。
「ごめんなさい。任せてと言ったのに、結局ここに来る羽目になってしまって」
申し訳なさそうにするヘイスに、キールは穏やかな表情を向けた。
「ヘイスさん、気にしないでください。それより今は、これからのことを考えましょう」
ヘイスは落ちたように安堵の息をつく。
「うん、そうだよね」
静かな再会の余韻の中を、場にそぐわない明るい声が遮った。
「感動の再会は終わりましたか?」
ジグルドは大きなため息をつき、頭を抱える。
「……お前なぁ、少し黙ってろ」
ジグルドはエノクに注意し、キールに問いをぶつけた。
「ヘイスさんから今までのことは聞いている。キーレスト君、ここで何があったか手短に教えてくれないか??」
キールは一度深く呼吸を整えると、研究所での死闘、そしてそこで目撃したすべての真実を話し始めた。
キールの説明を聞き終えたエノクは、空中に浮遊する金属の球体に脳内アクセスし、データを照合しながら口を開く。
「なるほど……。エイダ・グループの社長に化けて、違う別人になりフルアと接触し、人工UMHを製造させた。さらにはレアマシーとの戦争を引き起こし、隠されていたUMHの存在を強引に世に曝け出した。そのすべてが『モロス』という男の仕業、ということですね」
エノクは手元の情報をジグルドに共有し、確信を持って頷いた。
「ジグルドさん、僕たちが独自に調査していた件とも符合します。フルアの元首の正体も、恐らくモロスで間違いありません」
その言葉に、バルドが身を乗り出す。
「元首もだと? じゃあ、俺の親父と取引をしていたあの謎の男も」
「ええ。謎の男として電話をかけていた主も、フルアの元首も、正体はどちらもモロスでしょう」
エノクは淡々と、恐るべき事実を告げる。
「現職の元首は、実は10年前に死体で発見されています。鑑定では20年も前に死亡していたという推定ですが、元首はその間も生きていました。生きてる人間が死んでいるあまりの不自然さにこの件は秘匿されました」
エノクはみんなにわかりやすく、立体のプロジェクターを使い説明していた。
「つまりモロスは、20年前から今日に至るまで、何らかの手段で他人に成り代わり、フルアのトップとして政治や取引を裏から操り続けてきた……今回の事態を引き起こすために」
ジグルドは腕を組み、これまでの断片的な情報を繋ぎ合わせるように整理する。
「全てをまとめると、モロスの計画は20年前から始まっていた。世界情勢を操作しつつ、組織『アウローラ』創設のためにエイダに成り替わり、イオラを利用してUMHの掌握を目論んだ。一方で謎の男、フルアの元首としてハールメス・コープと取引を行い、人工UMHの実験を開始。そして満を持して両国の関係を悪化させ、戦争を直前まで追い込めた。仕上げに、人工UMHと生存しているUMHを能力で洗脳し、世界そのものを乗っ取る気なんだろうな」
あまりに壮大な陰謀に、ニニィは目を白黒させて混乱している。エノクは静かにキールを見つめ、確信に満ちた声で付け加えた。
「だからこそ、モロスは執拗に有川さんを狙ったのでしょうね。彼女の力は、誰の目から見ても類稀なものですから」
キールは力強く拳を握りしめ、救えなかった気持ちを吐くように呟いた。
「リリアさん……」
エノクは一同の顔を見渡し、各々の役割を提示する。
「現在、生き残っているUMHの方々の安全確保については、ノックスが保護に動いています。ですが、残された問題は山積みです。『戦争の阻止』『アウローラと母の件』、そして『有川さんの救出』。この三つを完遂できなければ、世界は破滅的な戦争に飲み込まれかねない。キーレストさん、母の件は僕たちに任せてください。その代わり、あなた方には有川さんの救出をお願いしたいんです」
エノクの真っ直ぐな視線を受け止め、キールは迷いなく頷いた。
「はい。必ず、リリアさんを助け出します」
ジグルドは、念を押すように低く、重みのある声で付け加える。
「戦争を止めるために不可欠なのは、元凶であるモロスを止めること。そしてそれは、他の誰でもない。君たち、そしてキーレスト君。君にしかできないことだ……」
不意に指名されたキールは、驚きに目を見開き、自分自身を指さした。
「僕……ですか?」
「あぁ」
ジグルドは深く頷き、その眼差しに確かな信頼を込める。
「君のその佇まいや性格は、本当にカインの奴にそっくりだ。皮肉なものだが、20年の時を経て、まるで同じ状況だ。だからこそ、君は我々の『希望』なんだよ」
伝説の英雄の名を重ねられたキールは、言葉を失い、呆然と口を開いたまま固まってしまった。しかし、数秒の沈黙の後、彼は何かを噛み締めるように、ゆっくりと、だが力強く言葉を紡ぎ出す。
「……だとしたら、僕一人じゃなくて、みんなで『希望』ですね」
その言葉に、隣にいたバルドとニニィ、ヘイスとワイスが、顔を見合わせて晴れやかな笑顔を浮かべる。一方で、ジグルドとエノクの二人だけは、不思議そうに首をかしげた。
キールは仲間たちの笑顔を背負い、かつてないほど鋭く、決意に満ちた瞳で前を見据える。
「もうこれ以上、誰からも大切なものを奪わせない。そのために、みんなでモロスを止めましょう。そして――この世界を、救いましょう!」
少年の青臭くも純粋な宣言は、冷たい夜の空気をも熱く変えるほどの熱量を帯びていた。そして、彼の心で一番強く望んでいることが言葉に溢れてしまう。
「待っててね、リリアさん……」
こうして、かつてない脅威を前にした彼らの「決断」は、一本の線となって繋がった。守るべき者のため、失ったものを取り戻すため。運命に抗う戦いは、今、最終局面へと動き始める。




