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第76話『崩壊する世界』



モロスは愉快(ゆかい)そうに口角をゆがめ、リリアへ視線を送った。



「この男、サイラスはすでに洗脳済みだ。あいつら相手にこれくらいは“許容範囲(きょようはんい)”だろう?」



その言葉に、リリアの眉がわずかに動き、冷ややかな声で返す。



「もしまたこんなことをしたら――」



「あぁはいはい。わかったわかった。そんな()みつくな」



モロスは片手を適当に振り、まるで子供の機嫌を取るような口調で言い捨てた。

キールは荒い呼吸を押し殺し、震える(ひざ)を押さえつけながら立ち上がる。

声はかすれ、それでも真っ直ぐだった。



「リリアさん……僕がついてます。そんな奴らの言いなりになっちゃダメだ……」



その必死な言葉に――モロスは鼻で笑う。

リリアの背後へ歩み寄り、肩に手を乗せた。



「勘違いするな。リリアは“自分の意思”でこっちへ来た。最初から、お前を裏切っていたんだよ」



「そんなわけ――!」



キールが叫ぼうとした瞬間、リリアが静かに前に踏み出す。

まるで“キールを切り捨てるための一歩”のように。

その瞬間、空気が低く震え周囲の巨大な瓦礫(がれき)が、音もなく宙へ浮き上がった。



「ッ――!」



キールが反応する前に、瓦礫(がれき)弾丸(だんがん)のように一直線に走る。



「う゛っ……!!」



胸を押し(つぶ)すような衝撃(しょうげき)

キールの身体は壁へ叩きつけられ、ずるりと崩れ落ちた。



「レスト!!」



バルドが叫んだ、その瞬間だった。

クロノスの気配が“消え”、次の瞬間――バルドの身体は透明な氷に(から)め取られていた。

冷気の気配さえ感じさせない異常な速度と目が(あわ)い黄色にぎらりと光っている。



(なんで……こいつの動きだけは見えないんだ)



(くず)れ落ちたキールは、胸を押さえて震える声を(しぼ)りだした。



「リリア……さん……なんで……」



キールの目の前で、リリアは無言のまま歩み寄ってくる。

ゆっくり、しゃがみ込む。その動きで、ショートパンツの(すそ)がわずかに上がり、白い太ももが光を受けて鋭く浮かび上がった。

リリアの顔は近く、声は氷のように平坦(へいたん)だった。



「言ったでしょ? 私は最初から裏切ってるの。あんたたちの動向をモロス様に流すために、一緒にいただけ」



キールは苦痛に顔をゆがめながらも、まっすぐ見返す。



「そんなの……嘘だ。リリアさんがそんなこと、するわけない……!」



リリアは深くため息をついた。



「はぁぁぁ。あんたが信じてる“リリア”なんていないの。目を覚ましなさいよゴミ。あんたは死んで当然の腐った道具なの、わかった?」



キールの目から、ぽろりと涙が落ちる。



「リリアさん……僕は、それでも……」



言葉を言い切る前にリリアは迷いなくキールの腹へ深く蹴りが叩き込んだ。



「ッ……!!」



呼吸が潰れ、キールは守るようにうずくまる。

しかしリリアは、その倒れた身体へ何度も足を振り下ろした。



「黙って!! あんたの声……聞くだけで……イラつくの……!! お願いだからやめて……!」



言葉は(とが)っているのに、声はどこか震えていた。

蹴るたびにリリアの表情は冷たく固まっていく。


やがてリリアは、ふいに動きを止めた。

何も言わず立ち上がり、キールに背を向ける。

その背中は、まるで誰にも触れられない遠い場所にいるように見えた。



「リリア……さん……」



(かす)れた声がもれ、涙が頬を伝う。



「必ず……助けますから……」



その言葉にも、リリアは振り返らなかった。

代わりに、深くフードをかぶり、表情を完全に闇へ隠すと迷いのない足取りでモロスのもとへ歩き出す。

モロスは口角をゆがめた。



「ここまで愛を育んでいたとはな。……リリアは罪な女だ」



リリアは何も答えなかった。

そのままモロスの隣へ歩いていき、影に隠れた横顔に、反射する光があった。



その後、クロノスがモロスに淡々(たんたん)と告げる。



「あと5分でここは完全になくなります」



モロスは興味すらなさそうに肩をすくめ、二人へ視線だけを投げた。



「せいぜい足掻(あが)けよ。死なない程度にな」



次の瞬間、冷気が走り、キールの身体は一気に凍りつく。

皮膚の上を冷たい刃が滑るような、逃げ場のない拘束(こうそく)



リリアは、氷の音に反応したようにふっと後ろを向きかけた。

だがその手首を、クロノスの冷たい指が(つか)む。



「《《約束》》は果たした。これ以上は、どうなるか分かっているな」



リリアの視線は、キールに届くより早く伏せられた。

モロスが空間に裂け目を開く。

(ゆが)んだ光が漏れ、世界の境界がずれ落ちるような裂け目だった。


リリアは(うつむ)いたまま、その裂け目へと歩く。

その背後を、感情の欠片もないサイラスが機械のように続いた。

キールの喉から、耐えきれず声がこぼれる。



「リリアさん!! 僕は……どんなことがあっても……リリアさんの、味方です!!!」



リリアの足が、ほんの一瞬だけ、止まったが振り返らない。

その代わりに、モロスだけがこちらを見る。

(ゆが)んだ笑みをひきずりながら、低く告げた。



「この二人は、私の側の“役者”だ。それに楽しみだよ……これから始まる――」



冷たい笑いが広がる。



「笑えるくらいに世界を燃やし尽くす、巨大な戦いがな」



裂け目が閉じると同時に、光が吸い込まれるように彼らの姿は消えた。

残されたのは、氷に()い付けられた二人だけ。

冷気で肺が痛むほど静かな空間に、キールの(かす)れた呼吸だけが残る。



警告アナウンスが鳴り響いた。



「完全爆発まで残り5分。(ただ)ちに退避(たいひ)してください」



次の瞬間、研究所全体が揺れ、どこかで激しい爆発音が(とどろ)く。

壁が(きし)み、天井の薄い配線がスパークを上げた。

バルドが必死に叫ぶ。



「レスト!! しっかりしろ!!」



キールの耳には、ほとんど届いていなかった。



「リリアさん……」



リリアの名を呼んだだけで、胸の奥で音を立てて何かが崩れ落ちる。


脳裏に、ひとつひとつの記憶が “痛み” となって(よみがえ)っていた。


出会いは最悪で、ぶつかってばかりだったが気づけば、いつも隣にいてくれた。


――「大丈夫だよ、キール」


そう言って傷ついた心を包み込んでくれた優しい心。


誰よりも自分の弱さを認め、受けとめてくれた姿。


“そばにいるよ” と優しく包み込んでくれるように言ってくれた、あの日の声。


花火の光に照らされた横顔は、息をのむほど綺麗(きれい)で――あれはきっと、人生で再び触れた幸福だった。


あの瞬間だけは、自分にも未来がある気がした。


けれど、その未来を照らしてくれた彼女は、もうそこにはいない。



「僕……リリアさんのこと……」



喉の奥から、確かめるように、(すが)るように声が漏れる。

今言わなければ何かが消えてしまう気がして――それでも、言葉は涙に溶けて消えていく。

無情なほど時間だけが進み、瓦礫(がれき)が落ちる音が、最後の希望を踏みにじるように響いた。



「完全爆発まで……4分」



アナウンスが冷たく響く。

爆発の振動が床下から突き上げ、鉄骨(てっこつ)(きし)む嫌な音を立てた。



「まずい!!」



キールは肩まで氷に(しば)りつけられたまま震え、バルドも影を伸ばそうと必死に力を込めるが、氷の屈折(くっせつ)(はば)まれ、まったく動かない。

冷たく硬い氷は、二人の焦りとは裏腹に微動(びどう)だにしなかった。



そのとき――



ドォォォン!!! 



爆音が最深部を揺らし、直後、天井からジェット噴射音(ふんしゃおん)(とどろ)く。



「お兄ちゃん!!」



その声に、キールの目が大きく開いた。



「ニニィ……? どうしてここに……」



現れたのは、飛行ユニットに焦げ跡を残し、胸部コアが赤く点滅しているニニィだった。

蒸気が機体の隙間(すきま)から立ち上り、ギリギリの無理をして来たのが一目でわかる。


だが――その瞳だけは、機械とは思えないほど大きく揺れていた。



「そんな……間に合わなかった……」



バルドが叫ぶ。



「頼む!! この氷を溶かしてくれッ!!」



ニニィはすぐに両腕のヒートラインを強く発光させる。



「うん!!」



次の瞬間――(てのひら)から展開された熱線が氷を(つらぬ)き、白い蒸気が一気に立ちこめた。

バルドを包んで氷が()ぜるように(くだ)け落ちる。

キールの氷へ熱線を向けながら、ニニィは震える声で(つぶや)いた。



「お兄ちゃん……ごめんなさい……。“守る”って、約束守れなかった……」



キールは弱々しく首を振る。



「ニニィのせいじゃないよ。ニニィが無事で本当によかった。でもリリアさんが……なんで……」



ニニィは悲しげに視線を落としたまま、最後の氷を溶かしきった。



その瞬間、バルドが叫ぶ。



「あと30秒でここも爆発する!! 話はここを出た後だ!!」



バルドの影が床に広がり、キールとニニィは迷わずその中へ飛び込んだ。

ニニィの金属の指がキールの腕をしっかりと(つか)む。

バルドは最後に、オーリアの遺体を抱き上げ――(すさ)まじい振動の中、影の中へ消えた。



次の瞬間、世界が白く染まった。

巨大な衝撃(しょうげき)閃光(せんこう)が最深部を呑み込み、炎と爆風が地下から地表へと()け上がるように弾け飛ぶ。



その爆音(ばくおん)はただの研究所の崩壊ではない――フルアとレアマシーの対立が臨界点(りんかいてん)を超え、世界中の緊張が一気に()ね上がった証だった。



世界は今、間違いなく――戦乱(せんらん)の世へ踏み込み始めていた。

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