第74話『宣言』
キールとバルドが同時に踏み出そうとした瞬間、足元から冷気が爆ぜた。
氷が生き物のように這い上がり、二人の身体を瞬時に包み込む。
肩、胸、腕――全てが凍りつき、息さえ白く閉じ込められた。
「……ッ!?」
橙色の髪をした青年のクロノスは冷気を体に纏わせていた。
薄い黄色に光った目が、無表情のままふたりを見下ろしている。
その動きは、認識するより速く、気配さえなかった。
「悪いが、今お前たちを殺す予定はない。少し、大人しくしてろ」
淡々とした声が、逆に冷酷さを際立たせる。
キールは歯を食いしばった。
(攻撃も、接近も……何も感じなかった。一体どんなスピードなんだ?)
クロノスは次の瞬間にはモロスの隣にいた。
残像すら残さない、一歩。
モロスはキールたちが凍りつくさまを眺めながら、嘲る。
「お前たちが頑張ったせいで、計画を少し早めざるをえなかったが安心しろ。世界は予定通り“終わり”に向かっている」
キールは叫びながら問い詰めた。
「あんたがエイダさんならどうしてアウローラを作る手伝いなんてしたんだ!」
モロスは声を立てて笑うでもなく、ただ“愉快な玩具を見るように”目を細める。
「理解できないか。まあ、低脳のお前らにわかりやすく教えてやる」
キールの奥底を逆撫でするような言い方だった。
「私はまず、この星の情報を得る必要があった。最も効率が良かったのが、世界一の企業のトップ“になり世界情勢を牛耳ること。殺して入れ替わるだけでいい」
キールは息を呑み、クロノスは氷を維持しながら何も言わない。
モロスはゆっくりと続けた。
「エイダとして動く前に“ある噂”を耳にした。能力を持つ者たちが現れ始めた、とな」
瞳に愉悦が滲む。
「そこで《《あの男》》の恋人であったイオラに目をつけた。能力者を保護したいなどと寝ぼけた理想を語り、金に苦しみ、何もかもが未熟だったが利用価値が最高だったよ」
モロスは薄ら笑いが止まらなかった。
「アウローラを作らせれば、能力者たちが集まってくる。保護施設の皮をかぶった“網”ができるわけだ」
その言葉の意味にキールの呼吸が詰まる。
「集まってきた者は全て記録され、監視され、必要なら殺せる。残った者は私の駒として使えるというなんと効率のいいことか」
バルドが歯を食いしばる。
「てめぇ……」
モロスは二人を煽るように言う。
「イオラは知らぬ間に私の計画を20年も加担していたのだ。騙されていることに気づきもせず、利用されて、最後には全部の罪をかぶってくれた都合のいいゴミだ」
キールの怒りは頂点を達した。
「イオラさんを馬鹿にするな!! あんたに踏みにじられるためにアウローラを作ったんじゃない!!!」
氷で拘束されているにも関わらず、その叫びは身体を引き千切るほどの怒りが込められていた。
モロスはその激昂すら心地よさそうに見つめる。
「そうだ! その反応が見たかったのだ! お前たちが絶望する姿は、美しい」
モロスは、キールを見下ろしたまま、表情ひとつ変えずに言った。
「だがお前を見ていると、どうしても《《あいつ》》を思い出す。胸が焼けるように苛立ち、吐き気がする。 本当なら今すぐ殺したいくらいだ」
言葉は淡々としていて、凍えるほどの殺意を帯びている。
「だが、《《約束》》だからな。今だけは生かしておく」
その瞬間、バルドの眼が鋭く睨んだ。
「さっきから約束だの、あいつだの…何を隠していやがる!! 俺たちをどうするつもりなんだ!!」
モロスはバルドへ視線を向け、冷たい嘲笑が顔に浮かぶ。
「知りたければ自分の目で世界を見ればいい。これから起こることそのものが答えになる」
バルドが体を動かそうとするが、氷の拘束は全く解けない。
モロスは興味を失ったようにクロノスへ視線を投げた。
「連れてこい。“あいつらの絶望する顔”が楽しみで仕方ない」
クロノスは無表情のまま、わずかに頷く。
そしてまた、存在そのものを掻き消すように自身の姿を消そうとした瞬間
「待て!!」
氷の中でキールが声を張り上げた。
「サイラスさんとフリムさんは……今どこにいる!?」
モロスの眉がわずかに動く。
「フリム?」
その名を聞いた瞬間、クロノスの足が止まる。
クロノスは振り返らずに短く告げた。
「……氷の串刺しにした。もう死んでいる」
キールの呼吸が止まり、胸が潰れるような静寂が落ちる。
「……っ!! 嘘だ……!!」
キールの声がひきつった悲鳴になり、バルドも息を呑んだ。
「サイラスはどうしたんだ……!!」
モロスは鼻で笑い、楽しそうにしている。
「《《彼女》》に礼を言うといい。お前たちの物語を、最高の形で“仕上げてくれた”のだから」
バルドは喰らいつくように叫んだ。
「一体何をした!!」
モロスはただ一言、呟く。
「今にわかるさ」
氷の中で、キールもバルドも、指一本動かせなかった。
影は氷に乱反射・屈折し、バルドの能力は完全に遮断されている。
そしてキールは、先ほどの覚醒が反動となり、呼吸を整えるだけで精一杯だった。
そのとき、背後の巨大モニターが突如として点滅した。
「なんだ……?」
モロスが振り返った瞬間、モニター全体が赤く染まり、緊急速報の文字が点滅する。
――緊急ニュース速報
アナウンサーの硬い声が、氷の静寂を破った。
「緊急ニュースです。本日、フルア国がレアマシーに対し――武力行使への移行および、事実上の独立宣言を発表しました」
キールが息を呑み、バルドは氷の中で体温が下がるのを感じた。
画面が切り替わり、フルアの元首が映る。
「先日の“基地消滅事件”について、我が国の科学部門からレアマシーによる人為的攻撃であるとの結論を受けた。これは明らかな条約違反、我々フルアを支配・占領する意思の表れだ」
サイラスがいた基地での爆発が捻じ曲げられるように報じられていた。
キールの心臓が、冷たい手で握りつぶされるように脈打つ。
元首はさらに続けた。
「この40年、我々は屈辱と圧政のもとに置かれてきた。だが、もう耐え難い。レアマシーは人間兵器を用いて我が国を攻撃したのだ。そして、レアマシー内部には人体実験の研究所が存在すると判明した」
キールの目が大きく揺れ、バルドも血の気が引いた。
「おい、待て」
「そんな……」
元首は、まるで世界に引き金を引くように、最後の一文を叩きつけた。
「そして、ここに宣言します。“UMHは確かに存在する”――と」
ニュースの音声が、まるで破滅を告げる鐘のように部屋中に響く。
この瞬間、世界の空気が変わった。
それは 全世界への宣戦布告 であり、長年隠されてきた真実が、最悪の形で曝露された瞬間だった。
モロスはただ静かに息を吐き、冷たい笑みを浮かべる。
「あぁ、ようやく始まったな」
その声は嬉しさでも興奮でもない、純粋な“終末への期待”の響きだった。
氷に閉じ込められたキールとバルドは、ただ目の前で“世界の終わり”を突きつけられる。
逃げることも、止めることも、声を上げることすらできないまま――
世界はゆっくりと、確実に、音もなく崩れ落ちていった。




