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第71話『紫の兆し』



バルドはぽかんと口を開けたまま、キールの顔を見つめていた。



「レスト……言ってくれるのは嬉しいが、俺らはむしろこれからじゃ」



キールは眉を寄せる。



「合わせてくださいよ!!」



引き裂くようにゾディアの怒鳴り声が響いた。



「余裕を見せてんじゃねぇ!!」



ゾディアの身体から出た鎖は、もはや“生成”ではなく“放出”だった。

鉄と殺意が渦巻(うずま)くように空間を埋め尽くし、まるでこのフロアのすべてがゾディアの領域と化している。

キールは反射的に叫んだ。



「まずい……」



ゾディアはゾーン化により能力が大幅に強化されていた。

その瞬間、鎖は四方八方(しほうはっぽう)から(おそ)()ってくる。

キールは刀で鎖を断つが、その後ろから新たな鎖が(から)みついた。

さらに頭上、足元、死角、ありとあらゆる角度から鎖が生まれ、キールを襲う。



「っ……水の制限さえなかったら!!」



必死に間合いを取りながら防ぎ続けるも、キールの刀は(けず)られ、腕は(しび)れはじめていた。

影が床を走り、柱の裏、天井の隙間(すきま)()い、黒い筋のようにキールへ向かう。



「今助けるからな!! レスト!!」



だがその足元の影から出てきた瞬間に、鎖に捕まりそうになった。



「バルドさん!!」



バルドの視界の(はし)で、無数の鎖がまるで意志を持つ(へび)のように(きば)()いて迫る。

ゾディアの怒声が空気を裂いた。



「お前たちは黙って、俺に従えぇぇぇ!!」



殺意のこもった声が、鉄の音と混じり響く。

バルドは瞬時に回避(かいひ)では間に合わないと判断した。



「お前に俺を縛れる鎖なんて……この世にはない」



バルドとゾディアは影に沈み、位置が入れ替わる。

バルドのいた位置に――ゾディアが現れた。

バルドに放たれたはずの鎖の群れは、そのままゾディア自身へと(おそ)い掛かる。



「なっ……!!?」



“ガシャアアァァン!!!!”



ゾディアの身体は鎖に縛られ、その瞬間――すべての鎖がぴたりと動きを止め、鎖のすべてが一瞬で消えた。

キールは息を呑む。



「一体、何が……?」



バルドはひるむことなく言った。



「一気に叩き込むぞ!!」



ゾディアは尻もちをついた体勢のまま、憎悪(ぞうお)を込めて二人を(にら)み上げる。



「このままいい気になるなよ。全ては父上のためだ!!」



その叫びが合図になったかのように、ゾディアは身体を鎖で(おお)い始めた。

鎖はゾディアの体を包み込み、鎧になる。

ゾディアは自分の手で鎖を振り回していた。

バルドは影を広げながらキールに目を向ける。



「レスト、行くぞ!!」



キールは水の刃を握り直し、息を整えて前へ踏み出した。

バルドは影を駆使(くし)し、ゾディア・キール・自分――三者のポジションを瞬間的に入れ替えていく。


影が揺らいだ瞬間――後ろにいたはずのキールが、バルドの影移動によって 一瞬でゾディアの正面へ転移した。



「なっ――!?」



ゾディアが反応するより早く、キールは刀でゾディアの鎖の鎧を切る。



「ぐっ……!」



ゾディアは大きく後退し、体勢を崩し、すぐに鎖を生成し、怒りで声を震わせた。



「調子に乗るなあああ!!!」



キールの全身へ向けて鎖が迫る。

だが次の瞬間、影がふたつの位置を飲み込んだ。

ゾディアとバルドの位置が丸ごと入れ替わり、攻撃は無意味となる。

 


「クッソ!! 当たらない!!」



位置の入れ替わりで狙いが狂い続け、放たれた鎖は次々と空振(からぶ)っていた。

その混乱の(すき)をついて二人はゾディアに接近する。

バルドは影の手を伸ばし、鎖の群れを一本一本ねじ伏せていった。


影の手はまるで本当に意思を持った腕のように、(から)んでくる鎖の角度をひねり、曲げ、叩き落とす。

キールは水の刀をメリケンサックに変形させ、拳を握り込んだ。

そして、真正面から鎖の(よろい)に拳を叩き込む。



“ガアァァァン!!”



金属を(くだ)こうとする衝撃が空気を裂いた。

鎧の表面にひびが走るが、ゾディアは鎖を増やし続ける。



「俺を()めるなァァァァ!!」



鎖が地面から壁から天井から生まれ、二人の周囲を螺旋状(らせんじょう)に囲みはじめた。

バルドは影を伸ばそうとする。

キールは再びメリケンサックを振りかざした。



だが――次の瞬間。

二人の腕に触れた鎖が、(へび)が巻き付くようにぎゅうっと締め上げる。

そして、バルドの影が動かなくなり、キールの水も操れなくなっていた。



「……っ!?」



その異様な感覚に、二人とも一瞬理解が追いつかない。

ゾディアの(よろい)の中から、不気味な笑い声が()き上がった。



「俺を見くびるからいけないのだ!! 俺はハールメス家の長男……コープの次期社長なんだぞ!!」



首や体を締め上げる鎖がさらに強く()める。

(のど)に触れた鎖が皮膚を()り、呼吸を奪っていく。

キールもバルドも、力を込めても“能力が発動しない”。

ゾディアはその苦しみを愉快(ゆかい)そうに受け止めながら、勝ち誇った声で言った。



「能力が使えないんだろ……?」



二人は息を呑み、その言葉の意味を悟る。



「俺の能力はゾーン化した時に、鎖に“(しば)った部位”に触れていると、UMHの能力を“無効化”できるんだよ!!」



バルドの脳裏に思い出した。



(だからさっき、あいつ自身の鎖に触れた瞬間に自分の鎖の能力が解除されたのか)



「無力なUMHども!! 父上の“家族の愛”を邪魔する者は全て死ね!!」



キールの喉に巻き付いた鎖は、まるで生き物のように締め上げていた。

呼吸は奪われ、肺に空気が入っていかない。

視界は(にじ)み、耳鳴りが濁流(だくりゅう)のように押し寄せる。



(このままじゃ……本当に……死ぬ……)



体は宙に持ち上げられ、腕も脚も鎖に絡め取られたまま痙攣(けいれん)していた。

キールの肌は徐々に青ざめ、血の気が失われていく。



「がっ……!!」



隣でバルドも同じように()り上げられ、喉を押さえ、まともに声すら出せない。



「くっ……!!」



影を出そうとしても、触れている鎖が能力を完全に封じ込めていた。



キールの意識が深い闇に沈みかけた瞬間、脳裏にある声が落ちてきた。



――「気をつけてね、キール」



リリアが、あの日自分に向けて言ってくれた優しい声。



(僕は帰らないといけないんだ!! リリアさんのところに!!)



その想いが、意識の(ふち)のどこかで光を放つ。

次の瞬間、キールの右目が光るように色を変えた。

その色は――紫。

(あわ)く、しかし確かな輝きが瞳孔(どうこう)の奥から(にじ)み出し、きらめく。


ゾディアが驚きの声を上げた。



「な、んだ……その目は……!?」



鎖が、音もなく消える。

キールを(しば)っていた鉄の拘束(こうそく)も、ゾディア自身を包んでいた“鎧”も――まるで重力そのものが消えたかのように霧散(むさん)していった。



ゾディアは(あわ)てて能力を使おうと鎖を呼び出す。

しかし、何ひとつ反応しない。



「な、なんだ!? 何が起こったんだ!! 俺の鎖が出ない!?」



バルドが地に落ちながら、咳き込みつつゾディアを見つめた。



(力が消えた? いや、封じられている? レスト……お前、今何を……)



キールは自分でも理解できないまま、両手を前へ(かか)げる。

そこに――あり得ない“量”の水が集まり始めた。

さっきまでほとんど残っていなかったはずの水が一気に集約されていく。

バルドが戸惑いの声を漏らす。



「おい……水は残り少ないんじゃ。 なんだその量……」



キール自身でも何をしているのか完全に理解できていなかった。

キールは(てのひら)に集めた巨大な水の(かたまり)を圧縮し――そのまま放つ。

衝撃音が空間を裂き、ゾディアの身体に一直線に叩き込まれた。



「やめろォォォォ!!!!!」



次の瞬間、ゾディアの体は壁まで吹き飛ばされ、衝突(しょうとつ)で鎖の残骸(ざんがい)ごと床に崩れ落ちる。

ゾディアは白目をむき、痙攣(けいれん)もせず、そのまま意識を失った。

キールの紫の瞳は、その光景を静かに見届けていた。


しかし――その光は唐突(とうとつ)に揺らぎ、次の瞬間には元の色へと戻る。

ふっと糸が切れたように(ひざ)が落ち、キールはその場に手をついて息を荒げた。



「はぁ……はぁ……はぁ……っ……」



バルドが急いで駆け寄り、肩を支える。



「大丈夫か、レスト? 一体、今のは何だ?」



キールは息を整えながら、自分の(てのひら)を見つめた。

水滴(すいてき)が一滴、二滴と落ちていく。



「わかりません。ただ世界が、少し“開けた”ような感覚がして……」



自分でも説明のつかない“何か”。

ただ、それは恐れでも危険でもなく、むしろ胸の奥にひどく静かな風を吹かせるものだった。

キールは震える足で立ち上がり、視線を前へ向ける。



「残りは……」



バルドも、その視線の先を見た。



そこに――(おび)え、憎悪と狂気を混ぜた顔でこちらを(にら)む男。


オーリア・ハールメス。

ハールメス家の元凶。


この地下最深部で待ち受ける最後の敵にキールとバルドは、迷いなく歩き出した。



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